第14話 Daylight【デイライト】 その2
上星市及び、その近隣の町で暮らす人々の内、極わずかな人間だけが目覚める超能力である。
それぞれが違った形と個別の能力を持つ、精神の発露。
(この感覚は、何だ? 僕は今、どうなっているんだ?)
今、その力に目覚めた存少年は、自分に訪れた変化に戸惑うばかりだった。
自分の脳に、何か、新しい肉体的部位の神経が接続されたかのような、奇妙な感覚があったからだ。
それを感じた瞬間、存の輪郭線は鈍く光りを放ち始め、僅かなブレを生じさせる。
一方で、その存の変化に気づいた女は振り返り、今まさに紗亜那を殺そうとしていた殺意を鈍らせていた。
「お前……!」
女はすぐさま状況を理解し、紗亜那を蹴り飛ばすと、存から距離を取るために後方へ跳ぶ。
距離、3m……4m……蹴られた紗亜那が地面に顔面から落ちて、全く動かなくなった。
その間、女は自分の目を疑っていた。
離れていく中で、ハッキリと、少年の輪郭線にある光とブレの強さが増していくのを感じたからだ。
(裁だと? 使えないのでは無いのか……!)
だが、使っている。
使っているのならば、近くにいるのは危険である。
(殺すか? いや、今攻撃するのは逆に危険だ)
迷い。
裁の有効射程距離がどの程度かは知らないが、女が先ほど殺した玲央の裁――使っている本体との距離が近い時に真価を発揮するような『近距離パワータイプ』と同じだった場合、近くにいると手痛いダメージを受ける可能性がある。
それに、受けた攻撃をそのまま返してくるような特殊な能力の裁であったなら、死ぬのは攻撃した女の方なのだ。
やはり、距離を取るしかない。
……10m。
女は玲央の死体の横を通り抜け、顔の潰れた乃原の死体のすぐそばで、止まった。
(ブレイキングハイドの触手に力が入る距離。本当にギリギリの場所だ。だが、用心に越したことは無い)
ブレイキングハイドは先ほどの玲央の裁と同様、近距離パワータイプの裁ではあるが、触手は20m、30mと動かすことが可能であり、その先端にある発声器官から自分の声を出して、かく乱することを得意としている。
もちろん、近距離ならば触手も全力で動かすことが可能だが……ともかく、女はブレイキングハイドを有効射程距離すれすれの前方に配置し、警戒態勢を取らせて身構えさせた。
(大丈夫だ。圧倒的な優位性は揺らいではいない)
用心はするが、恐れる必要はない。
幸いにも触手は存少年の胴を拘束し、彼を宙に浮かせたままだ。
何かあれば、すぐにブレイキングハイドを接近させて剣を突き立てられるし、ブレイキングハイドが対応しきれないのなら、拳銃で弾丸を少年の脳天にぶち込んでも良い。恐らく、この距離でも正確に狙えるだろう。
(だが、何故だ? 何故、今になって、裁を発動させる? まさか、目覚めたばかりだとでも言うのか?)
この時、女は脳裏に浮かんだイメージを振り払うことが出来なかった。
裁が見えるようになったのも先ほどで、さらにはその日のうちに能力に目覚めたと言う、あり得るはずのない想像。
だが、実際には全くその通りのことが起きていた。
存少年にとって裁などと言う超能力など、つい数時間前まで存在すら知らなかったのだ。
(そんな、バカなことがあるか!)
女は憤慨し、存の、光り続ける肉体の輪郭線を見た。
強い光だった。
女が知っている誰のモノよりも、ずっと強い輝きだった。
だが、当の存は……自分自身に困惑していた。
彼自身、心の中から何かが外に飛びだしたと言う実感はあったものの、彼の周囲には何も出現していないのだ。
「……これ、は?」
先ほどまで何も持っていなかったはずの右手に、何かが出現していた。
恐る恐る確認した存は、それが液晶画面を持つ携帯用機械――一般的に普及している携帯端末の形状をしていることを知る。
(まさか、これが僕の裁……? でも、これは)
存の顔に汗が噴き出した。
目覚めたのならば、戦う力が欲しかったのだ。
危機を脱出し、恐るべき敵を倒すための力が。
だが、存の手に出現したのは、ちっぽけな携帯端末の機械だ。
玲央のように剣を持った甲冑の怪物が出現したわけでもない。
敵のブレイキングハイドのように、触手を持つ異形が出現したわけでもない。
端末それ自体は、紗亜那のすぐそばに現れていた物のような不可思議な存在感を放ってはいたが……実質、ただのそれだけだった。
「……?」
存は出現した携帯端末を見続けていたが、特に何も起きない。
時間にして十数秒。
その間、誰も動かず、何も、ひと言も言葉を発さなかった。
警戒態勢を取って、距離を取った女。
未だ動けない紗亜那。
端末を見続けている存。
そのまま沈黙だけが流れ続け、ついに女が口を開いた。
「……おい、少年。何だ、それは。その手にあるのがお前の裁か? それで何をするつもりだ?」
女は聞いたが、存自身にも分からない。
答えようがないのだ。
存は冷静を装いながらも焦り、端末を調べる。
だが、調べれば調べるほど絶望した。
存には、この携帯端末を使って攻撃出来ると言ったイメージがどうしても湧かなかったのだ。
やはり、ただの携帯端末のように見えた。
その質感は不可思議で、柔らかいプラスチックのようにも思えたし、固い金属のようにも思える。
機械のように思えたが、生き物に触れているような感触もした。
温かいようで冷たく、湿っているようで乾いている。
何よりも、まるで自分の皮膚に触れてたかのような不可思議な感覚があった。
だが……それだけだった。
少しも、何も動かない。
携帯端末にしては電源ボタンらしきものも見当たらない。
「随分、驚かせてくれたよ。だが、自分の裁の使い方もわからないようではな。念のため、ロリガキを殺す前に気絶でもしてもらおうか? その後、死体の横で拷問タイムだ。遊んでやるよ、少年」
女が言うと、ブレイキングハイドが笑った。
口。
先ほど見た限り、本来なら使い手である女をその中に入れて、一緒に透明化するといっただけの巨大な穴だったが、今、存が見たブレイキングハイドの口は、確かに口角を上げて笑ったかのように見えた。
(何か! ……何か、できないのか!)
存は焦り、端末の液晶画面に触れる。
だが、それでも、端末は少しも動かない。
そうこうしている内にブレイキングハイドの巨体が、ゆっくりと動き出した。
ふわりうわりと宙を浮き、見る見るうちに接近してきている。
同時に女も歩き出したらしい。
コツコツと言う足音が、ゆっくりと近づいて来ていた。
存は、もうダメだと思った。
自分の裁は何も出来ない不良品で、大切な人も守れずになぶり殺しにされるのだと。
もう、ブレイキングハイドの巨体は眼前にある。
その太い腕が、存の首めがけて伸びて――
その瞬間だった。
「……何?」
女が、自分の後ろに忽然として現れた気配を察知して、振り返った。
殺気である。
突然、何者かが出現して強烈な敵意を向けている事に気づいたのだ。
振り返った女は戦慄した。
そこにいたのは、人の形はしていたものの異形と言っても良いような凶悪なシルエットを持つ、怪物だったのだ。
長身で、腕が太い上に長く、左手の先は金具で補強した見るからに凶暴なナックルダスターがはめ込んであり、右手には鋭い刃のような、長い爪が生えていた。
全身に鈍く光を反射する、鎖によく似た黄金の装飾を巻きつけている。
呼吸はしていたが、無言のまま立ち尽くして、少しも動かない。
それは、ただ、ジッと女を睨みつけていた。
「な、何だ、こいつは」
ピクッと、女の叫びに呼応するかのように体を振るわせた人型の何かは、女を凝視したまま腕を広げ、叫んだ。
「GWAAAAAAAAA!」
一言で表すならばそれだった。
声によって空気が引き裂かれ、その場にある全ての物が委縮するような、そんな威嚇の声だった。
そして、その声を聞いた存は、自分の中から出て来た裁が携帯端末の形をした物だけでは無かったことを理解した。
怪物の声を聞いた瞬間、まるで自分の声を聞いたかのような錯覚に陥ったからだった。
「あれも、僕の中から出てきたのか」
理解と同時に頭に浮かんだのは、恐怖だ。
自分の中に、ここまでの攻撃性を持った怪物が潜んでいたなんて、思いもしなかったのだ。
そして、今も存の手にある携帯端末である。
液晶画面に変化が現れていた。
文字が表示されていたのである。
『
続けて『Attack』の文字が表示されると、点滅を開始した。
その意味は『攻撃』である。
存はそれに気づくと、思った。
(この、携帯端末は……あの怪物の状態を表している? いや、あの怪物に命令しているのか?)
『
自問自答のはずだった質問に答えるかのように表示された文字は、存が意味を理解すると消え、その後のディスプレイには画像が映し出された。
線と色。袋小路の通路。味方、敵。
新しい文字。
『
なるほど、と存は思う。
その文字を信じるならば、画像はこの場所を上から見下ろした図を現す、簡易的な地図のようだった。
点滅している丸い印は、人間と裁の位置だろう。
色は存の青。白色は紗亜那と、玲央の死体だ。
そして、赤色の丸は、女とブレイキングハイド。
敵の背後に出現した緑色の丸は、あの怪物だ。
『私は、アナタ。アナタは、私』
文字が、まるで存に語りかけるかのようにディスプレイに表示された。
『私の名前は
その宣言通り、地図上にある第四の色、緑色に点滅した丸印が移動を開始した。
位置的には、女の背後に出現した怪物である。
怪物は女に向けて、全身の鎖をジャラジャラと鳴らしながら突撃していた。
「も、戻れ、ブレイキングハイド!」
女は、自分の判断を呪った。
存の裁が近距離パワータイプだった場合を想定して離れたのが、裏目に出たのだ。
怪物は素早く、呼んでいるブレイキングハイドは間に合わない。
「GRUAAAAAAAAAA!」
怪物の咆哮。そして攻撃。
女は身を
パッと血の飛沫が飛ぶ。
「くっ……! こ、こいつ」
怪物の攻撃は右手の爪と、左拳の連続攻撃である。
左手の拳はかわしたものの、右手の爪は女の左二の腕をかすめて、傷を負ってしまった。
(こいつのスピード! パワー! まるで近距離パワータイプの裁だ! だが、あの少年との距離が遠いと言うのに、パワーが減衰してる感じは無い。なら、こいつは……! こいつの能力は……!)
考えている暇は無い。
第二撃の攻撃も全てかわし切れず、女の着ていたゴシックロリータのスカート部分が裂けていた。
もはや女には全ての攻撃を避け切れる自信はない。
だが、反撃する余裕も無いのだ。
怪物は、女に休む暇も与えない。
一方で存は、自分の手の中に在る携帯端末の形をした裁、マインズクラフターを持つ手が自然と震えていたことを自覚していた。
今、目の前で起きているのは、自分の持つ力によってもたらされている暴力である。
拳を振るったわけでもないのに、存には、実感として自分がそれを使っているのだと分かった。
そして、それが恐ろしかった。
自分の中に在った、攻撃性。
「これが、僕の裁……! マインズクラフター……!」
怖かった。
自分が強大な力を使えると言う事に。
誰かを傷つけると言う事に。
命を奪うと言う事に。
だが、やるしかない。
ここでやらなければ、紗亜那を守れない。
紗亜那は今まで地面に突っ伏していたものの、震えながら顔を上げて存を見ている。
それを見れば、自然と右手に力も入ったが、しかし、それでも存は自分が暴力を振るうと言うことに
(神様。どうか。僕に、路時さんを守るための勇気を。人を傷つけられるだけの勇気をください! 人を殺すための、勇気を)
しかし、それは勇気と呼べるのだろうか。
今の状況に在って、少女を助けるためならば限りなく正解に近い答えではあるが……
存は、今まで自分が晒されていた他人の攻撃を思い出し、それを振るった人間たちの顔を思い浮かべ、自分が奪われて行った物を想う。
そして、それらの最後に、フッと、幼き日の記憶がよみがえった。
『存君が本当は優しい子だってこと、私にはわかるからね』
瑠香の優しい声と、顔だ。
そして、決断する。
存は、マインズクラフターの液晶画面をタップし、念じた。
今の存には、そうするしかなかった。
「僕に、勇気があるのならば。それは……!」
そして、すでに命令を受けたままの怪物の攻撃はチェックメイトの段階に入っている。
「ひっ……!」
女が、恐怖に短い悲鳴を上げた。
怪物が、左手で女の胸元を掴むと、持ち上げ、右手の爪をその胸を刺し貫こうと振り上げている。
「……く、くそったれが! この私がただで
女は吠えるように、叫ぶ。
同時にブレイキングハイドの触手が躍動した。
「ただ逃げていたと思うなよ! すでに、触手が全力を出せる距離に入った! 私と、ブレイキングハイドをなめるな!」
存の近くにいたブレイキングハイドは女に向けて移動しており、女は、避けながら後退し、存のいた方向へ逃げていたのだ。
力を取り戻したブレイキングハイドの触手は、一気に怪物の四肢に伸びると巻き付いて、女への攻撃を止めさせようと、ギリギリと縛り上げる。
そして。
「っ……ぐ!」
存が呻いた。
ブレイキングハイドは、怪物への攻撃とほぼ同時に、存少年を拘束している触手に力を込めていたのだ。
強烈な締め上げだった。
そして、さらなる新手の触手が存を襲う。
鞭のようにしなった触手は、唸りを上げて携帯端末を持っていた存の右手を打ち、その手に持っていた携帯端末を地面に落とした。
存は落ちた端末を拾うことが出来ない。
もちろん、宙に浮かされ胴を締められている状態ではそもそも不可能だったが、追加で伸びた触手が存の四肢に巻き付いて、今度は少しも、何も動けない状態にされていたのだ。
存が携帯端末を落として数秒。
女の胸ぐらを掴んでいた怪物の手は止まっていた。
(あ、危なかった。だが、勝ったのは、私だ)
掴まれていた女は、呼吸を落ち着かせながら、自分を見た。
服の胸元は破れ、ボタンは弾け飛び、喉に触れていた怪物の爪の先は女の肌に血の玉を浮かせている。
あと少し、怪物の動きを止めるのが遅れていたのなら女は死んでいたかもしれない。
(……いや、違うな。パワーだけなら、この怪物はブレイキングハイド以上だと感じた。ブレイキングハイドの触手で止められたという実感はない。むしろ、こいつが勝手に止まったのか?)
怪物の手を振り払い、着地した女は、今も束縛に苦しむ存の目の前まで歩くと、落ちていた携帯端末を拾い上げる。
「地図……情報の提示と、それから……これは話に聞いたことがある『自動操縦タイプ』の裁か。命令を与えれば自動で敵を攻撃するタイプ。精密な動作は不得意だが、それ自体が意志を持つかのように振舞い、距離によるパワーの減衰も無い。この端末はあの怪物への指令装置だな。なら、奪ってしまえば、もう」
動かないままの怪物を一瞥し、女は思った。
(しかし、こいつの裁が自動操縦タイプなら、攻撃が止まるはずがない。このタイプは、一度命令さえしておけば、勝手に動くからな。まさか、私が生きているのはあの少年に甘えがあったからか?)
女は、携帯端末をジッと注視すると、声を上げて笑った。
「やはりか! バカバカしい話だぞ、これは!」
その画面の隅に、
「愚かな判断をしたな、少年。お前が人を殺すことになんの躊躇もなければ、私は負けていたよ。この命令が意識的にか無意識的にかは知らないが、ともかくな」
「……バカなことをしたと言うのは、僕だってわかってる」
「フン。意図的だったか。土壇場で自分の手が汚れるのを恐れたか? すぐに後悔させてやるぞ」
存は沈黙し、女は勝利を確信した。
もはや負ける要素など何一つとしてない。
だが……
この時、女は気づいていなかった。
不確定要素は、未だ生まれ続けていると言う事を。
気絶寸前で起き上がれない紗亜那も同様に気づかない。
今、追い詰められた存と言う少年。その中に眠っていた裁とは違う、もう一つの才能が、形を持って現れつつあったと言うことに。
そしてさらに女の背後。
頭を撃ち抜かれ、死んだはずの玲央の死体――その指が、ピクリと動いた。
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