裏地球にログインしたときはよろしく

ちびまるフォイ

キャッチ&リリース&リターン

目を覚ましてカーテンを開けると誰もいなかった。


「あれ……? 寝過ごした?」


時間を見てもまだ通学時間。

なのに窓の外には人っ子一人いなかった。


「おーーい! 誰か! 誰かいないのかーー!」


外に出て呼んでみても誰も通りがからない。

平日にゴーストタウン化するなんて思えなかった。


「なにか避難訓練とかで出払っているのかな」


ネットは普通に使えるのでニュースを漁るがなにもない。


「いったいどうなってるんだ……」


じわじわと孤独感と恐怖に苛まれてくる。

助けを求めて走り回るとひとりの女が歩いていた。


「あの! 何が起きてるんだ!? なんで誰もいないんだ?」


女は驚いた顔をしていた。


「あなた……どうしてここにいるの」


「目がさめたらこんな状態だったんだよ」


「ここは裏地球。ごくまれに迷い込むこともある場所よ」


「ごくまれにって……」

「宝くじに偶然あたったみたいな感じね」


「全然うれしくないよ! どうすれば帰れるんだ!」


「安心して。普通は寝ればもとの表地球に戻れるわ」

「へ」


あれだけ慌てていたのに急に拍子抜けしてしまった。


「そ、そうなんだ……」


「今日1日が終われば、裏地球があなたという異物に気づいて表に送還されるから。

 たまに迷い込む人がいるの。十生に一度あるかくらいの確率だからラッキーね」


「戻れると聞いたらなんだか急にポジティブに思えてきた……」


「今日だけはあなたの貸し切りだから楽しんでみたら?」


「だな!」


女の意見もあり無人の地球を思う存分楽しむことにした。

といっても交通機関は使えないので近場で済ますことになる。


コンビニのレジに入って肉まんを食べても問題ない。

遊園地に行っても貸し切り、無人の教室で記念撮影。


「はぁ~~。楽しかった。たまにはこんな日もいいもんだな」


無人の地球には小うるさい先生も煩わしいルールもない。

自由に身勝手に自分の思うまま振る舞うことが出来る。最高だ。


あっという間に日は暮れて、自分の布団で今日一日を振り返って眠る。



翌日、目がさめてカーテンを開けるといつも通りの……。


「……あ、あれ!? 誰もいない!!」


外に出てふたたび裏地球だと悟った。

ふたたび走り回って女を探すと呼び止めた。


「はぁっ……はぁっ……やっと見つけた……!」


「どうしたのよ、そんなに汗だくて」


「あんた寝たら表の地球に戻れるって行ったよな!?

 なのにまだ俺は裏の地球にいるじゃないか! どうなってる!」


女は「ああ」と納得したように答えた。


「あのさ、今なにかなくしてない?」


「なくしたってなにを……?」


ポケットをまさぐっていると感触で気がついた。


「あ! スマホどこかに落とした!!」


昨日、無人教室の教卓の上で寝そべりながら記念撮影をした。

その後で教室にスマホを置いてきてしまったんだ。


「表地球のモノを裏地球で落とすと、回収用にもう一度こっちへ来られるの。

 私はそうして裏地球に入り続けている」


「じゃ、俺が落としたスマホを回収したら戻れるのか?」


「もうスマホはないわよ」

「はぁ!?」


「回収するのは裏地球側。あなたはつじつま合わせで呼ばれているだけ」


「まったく意味がわからない……」

「納得できる説明が可能な場所じゃないでしょ」


「じゃ、今度はなにも落とさずに1日が終われば……」


「今度こそ、表地球に戻れるわ」


「そ、そうか」


安心したついでに今度は女の方に興味が映った。


「あんたはずっと裏地球にいるのか?」

「まあね」

「暇だな」

「うるさい」


「この辺りに住んでるの?」


「いや別に。1週間おきに移動しながら生活してるの。気分でね」


「遊牧民族かよ」


「誰かの家に勝手にあがりこんで生活するのは表の地球でできないし」


「……それちょっと楽しそう。俺もついていっていい?」

「住む家は別にしてよ」


俺と女との無人の地球旅がはじまった。

家からたくさんの私物を持ってきて、1日の終わりに紛失させる。


そうして来る日も来る日も裏地球での日々を過ごし続けた。


「なぁ、俺がもし表の地球に戻ったらどうする?」


「静かになるでしょ」


「とかいって、後で寂しくなって俺に連絡するだろ」


「表地球にこっちから連絡できないよ」


表地球での情報は日々入ってくる。

俺の捜索願の情報などは入っていない。

こちらから電話やメッセージを送ることはできない。


「心配……してるかな」


「あんたがそう思うってことは、帰りたいって思い始めてるんでしょ」


「お前は帰りたくないのかよ」


「今さら戻ってもね」


女には話していなかったがすでに私物の底がつき始めていた。

ヘンゼルとグレーテルのパンの目印のように毎日置いてきた私物もなくなれば強制的に表地球へと戻される。


せめて、ちゃんとしたお別れをしたかった。


「……寝ずに起きていたら、私物を失うことなく、裏地球にとどまれるのかな」


その日、初めて私物を落とさないまま夜が過ぎた。


「おはよーー」

「おはよ。ひどい顔」


「いやぁ、昨日は徹夜しちゃって」


俺の言葉に女の顔が豹変した。


「徹夜!? 徹夜したの!?」


「ど、どうしたんだよ急に……」


「徹夜のこと、私話してなかった!?

 自分のモノを失わずに1日をすぎると裏地球から消えるって!」


「はぁ!? なんで!?」

「知らないわよ!」


思えばこれまで失った紛失物は翌日に同じ場所にはない。

世界に飲み込まれてしまったのか。


表地球と裏地球のズレは毎日リセットされる。


食べ散らかしたコンビニの弁当も。

起きてそのままになっている布団も。


なぜか翌日になれば表地球と同じ状況に更新される。


「ど、どうしよう……俺……俺消えるのか……!?」


「……自分の家に戻りましょう」


「戻ってどうするんだよ!」

「いいから早く!!」


女は俺の手を引いて最初の俺の家の前へと戻る。

家の前に見覚えのある人影が見えた。


「父さん……? どうしてここに!?」


「ここはいったい……」


父親もなにがなんだかわからない顔をしていた。

最初に裏地球に来た頃の俺と同じ顔。


「行って。表地球に戻る方法は1つだけ残ってる。

 表の人間と一緒に戻ればいいのよ」


「一緒にって……」

「最後に蜘蛛の糸がつかめてよかったわね」


「ごめんな……父さんが間違っていた」

「?」


俺は女の方へ顔をあげた。


「それじゃ、君も戻れるんじゃないか?

 というかそもそも俺が来たときにも戻れたんじゃないか」


「そうね。でも私はここにもう馴染んじゃってるから」


「でも……」

「いいの。人には人の生きる場所があるから」


俺は女と別れて現実へと戻る道を選んだ。

父親は終始謝ってばかりだった。

現実への戻り方を説明して一緒に表の世界へと戻っていった。


「お前とこうして寝ることなんて小さい時依頼だな」


「……父さん、加齢臭がすごいんだけど」

「我慢しろ。現実に戻るため」


目を覚ましカーテンを開けると、新聞配達やゴミ出しの人が歩いていた。


「戻ってきたんだ。よかった……」


現実への帰還はできたが同時に女との別れに寂しさも感じた。

面影でも追うように裏地球での道をたどりながら女のことを調べた。



「ああ、その女の子は知っていているわ。その親と知り合いだもの。

 たしか……生活に苦しくなったから親が捨てたんじゃなかったっけ。

 今は子供にしばられないって旅行に行ってるからいないわよ」


「捨てたって……ど、どこに!?」



「どこって? 裏地球よ、知らないの?

 あそこに捨てれば迎えに行かない限り戻らないから都合いいのよ」

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