サザやんのこと・完結編
ふむーっ、一週間ごしにサザやんと向き合ってるわけだが、こうしてまた、水槽酒場にいる。
酒場の大将によると、サザやんはふたつに分かれた吸盤の部分を交互に動かして、歩みを進めるように這っていくらしい。
そしてその奥に隠れたおチョボ口で、コケなんかをもぐもぐするんだと。
料理人は、生物をまな板の上でいじくり倒すうちに、科学者の観察眼を獲得するわけだ。
カウンターのこちらの目は「鑑賞眼」ってことになろうが、さらにサザやんを細かく見ていくと、おチョボ口のサイドに、カタツムリみたいな触覚を見つけることができる。
サザやんとカタツムリ、この容貌の似たふたりは、異母きょうだいなんだろうか?
一方は大海原へと冒険の旅に出、もう一方はあじさいの葉の上に安寧の居所を見出したわけだ。
ひとそれぞれだなあ。
だけどその風体を比較すると、荒波の道を選んだサザやんがどれだけ苦労してきたか、一目瞭然だ。
トゲトゲのいかつさは、敵の攻撃に対してなんらの策も打てない彼女の、「あたいに近づくとケガするわよ」というせめてもの虚勢といえる。
実質、なんの役にも立っていなそうなその容姿は、しかしむしろ彼女の美意識の「表現」として昇華してるんだった。
とんがりながら、ツンツンしながら、しかし彼女は実は、静かに、穏やかに、海底で閉じこもって、芸術表現だけに集中してつつましく過ごしたかったんじゃないかな。
まことにいじらしい。
・・・そんな彼女の想いを汲み取ることもなく、酒場の大将は水槽の中に手を伸ばす。
「ツボ焼き」の注文が入ったのだ。
ついにサザやんが選ばれ、仲間たちとのサヨナラの時間を与えられることもなく、水面から引き出される。
まな板の上で、サザやんは固く閉じこもるが、もはやどうすることもできない。
まったく、悪夢のような災厄なのだ、彼女らにとって、人間の存在とは。
おしまい
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