サザやんのこと・5

ハマグリなどの二枚貝は、背中側とおなか側の殻を均等に発達させてきた。

丁寧に等角らせんをつくりつづけさえすれば、どれだけ成長しても、合わせ目はぴったりフィットする、って計算だ。

敵に「つけ入るスキ」を与えないですむし、さびしくなったら貝柱に力を入れてすき間をあんぐりと開けば、外界を180度(・・・いや、もう少しワイドか?)見渡せる。

一方、サザやんは、背中側の殻のみを発達させてきた。

「おなか側の殻はどうした?」と訊けば、「ここに持ってるよ」と、例のコインのようなフタを見せてくれるだろう。

彼女は、背中側をバベルの塔のようにかっこよく天に突き上げてつくり込んだが、一方でおなか側は、いちじるしい手抜きのやっつけ仕事で、鍋ぶたのように退化させたんだった(だけどこのフタもまた、正確な成長らせんを刻んでるのだよ)。

文豪・開高健は、「凶暴な刀や矢の前で、背中も胸も強度としては大して変わらないのに、つい背中側に信頼を置いてしまうのはなんでだろう?」と、防御時にうずくまる本能を不思議がってるが、サザやんもまた試行錯誤しつつ、背中の硬さを信頼してきたんだろう。

そうして、背中側を殻に守らせ、おなか側は地球に守らせる、という結論に至った。

鉄壁のディフェンスだ。

ところがこのプランは、トラブルが発生して上下ひっくり返っちゃったときなんかには、絶望的な悲劇となる。

カウンターで酒を飲むオレの目の前の水槽で、サザやんが、今まさにそんな状況に落ち入ってる。

ガラス面と、少々のコケむした石ころ、そして水底を埋める三角すいの仲間たちの山脈・・・それが、水槽内の環境一切だ。

その仲間たちの上に、ひとりきり、仰向けになったサザやん。

多くのとんがりでできたくぼみにカッチリと逆立ちの形ではさまってしまい、もがいてももがいても、助かる見込みなし。

波も立たず、浮遊物もなく、下の仲間たちも動いてくださる気配がない。

サザやんはついに抵抗をやめ、やがて腹蓋をぴたりと閉じて、諦念の境地に引きこもるんだった。

こんなことの繰り返しなんだろうな、サザやんの一生・・・

なおもつづく。

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