第6話 はじめてのおつかい
「うむうむ、とてもいいぞ。ここまで来たら最後の試練じゃな」
「最後って一体何をするんだ?」
教わった事を実践するのが楽しくなっていた俺は、この最後の試練と言う言葉にも胸を躍らせた。今ならきっとどんな難題でもこなせるんじゃないかと、そんな気持ちになっていたのだ。
ゼルフィスはそんな息子の姿を見て、嬉しそうに何度も軽くうなずく。
「人の姿になって、買い物をしてきて欲しいのじゃ」
「へ?」
「この世界で暮らすにしても人との交流は大事な事。どうじゃ、出来るかの?」
最後の試練は初めてのお使いだった。買い物なんて、人に変身すれば誰にも怪しまれる事なく簡単にこなせる初心者チュートリアルイベントだ。もっと難しいミッションを予想していた俺はちょっと拍子抜けしてしまう。
最初は少し肩透かしに思ったものの、俺は改めて胸を張った。
「最後の試練って言うからどんなものかと思えば……そんなの楽勝だよ」
「では、頼んだぞ」
こうして、俺はゼルフィスから資金と買い物メモを渡される。今回のお使いで買ってくるものは宝石だ。様々な儀式をする時に必要なものらしい。
そうして諸々の準備を済ませ、俺はゼルフィスと暮らしている、この龍の住処を後にした。
知の龍であるゼルフィスは人嫌いの龍の中でも割と人間に対して理解を持つ穏健派。それでも人里離れた秘境とも呼べるところに居を構えていた。そこから人の住む街に出かけるのだから、それだけでちょっとした旅になってしまう。
もし歩いて移動したなら、片道だけでも数週間はかかるに違いない。
けれど、龍の記憶を受け継いで経験を積んだ今の俺は飛行魔法が使える。なので、空を飛んで一気に目的地である地方都市シーガルへと向かった。空を飛び、険しい山脈を3つほど乗り超えたところで、前方に街らしきシルエットが見えてくる。
俺はそこで脳内記憶とのすり合わせをした。龍の記憶にあった街の姿と一致したため、その街の門前へと降りていく。
「ここで……合ってるよな?」
「少年、街に入るなら通行証の確認が必要だぞ」
「えっと、これでいいですか?」
「こ、これはゼルフィス様の……っ!」
街に入るには通行証が必要なようで、俺はすぐに事前に渡されていたそれを入口の門番に見せる。流石は龍の持つ身分証なだけあって、ほぼノーチェックで簡単に街に入る事が出来た。
俺は初めて入る異世界の街の様子をイメージして、胸を躍らせながら意気揚々とその大きな門をくぐる。
「おお、本当にゲームの中に入り込んだみたいだ……」
街に入ってすぐに目に飛び込んできた光景は、オープンワールドのファンタジーゲームでよく見るような街の景色。こんな景色が実在していたなんて。
俺は感動して当初の目的を忘れ、ただひたすらに街の様子を観察しまくった。石畳の道、中世ヨーロッパっぽい建物、それっぽいお店の看板、街を行き交う人々――。
「お、あれは……」
そこで見かけたのは楽しそうに道を歩く人々と、その人に連れられたり抱っこされたりしている召喚人形の姿。人形達はあちこちでペットのような扱われ方をされていて、それを見た俺は少し複雑な気持ちになる。
購入者がそう言う扱いをするのは理解出来るものの、人形自身も盲目的に購入者に従っているのだ。これが記憶消去の怖さなのかと、俺は記憶を消されなかった自分の境遇に感謝する。
「えっと、まずは宝石を買わないと……」
街の召喚人形の境遇に同情しつつ、俺はやっとここでの目的である買い物の事を思い出した。何か困る度に記憶のデータベースから検索する事によって、初めてのお使いは何の問題もなくスムーズに進む。商店街の中から宝石店を見つけて、メインの買い物である儀式用の宝石の購入を済ませた。
目的を達成したとは言え、そのまますぐに帰るのも何か勿体ないと思った俺は、ちょっと寄り道とばかりに観光気分で街のあちこちを見て回る。
シーガルと言うこの地方都市、割と発展しているだけあって、店も多ければ人も多く活気に溢れており、俺は異世界の雰囲気を存分に堪能する。
大道芸人にチップを弾んだり、屋台のお菓子に舌鼓を打ったりと、今まで召喚された龍の住処の事しか知らなかったのもあって、そのどれもが新鮮で驚きに満ちていた。
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