第4話 知識の継承

「本当なら名も儂が新たにつけたかったのじゃがの」

「いいよ、ゼルさんがそうしたいなら俺は」

「いや、名は大切なものじゃ。お主が記憶が失わなかったのも、その名をこの世界に活かすためじゃったのかも知れぬしの」


 ゼルフィスはそう言うと、意味ありげにうんうんと何度もうなずいた。


「それに龍の輝きと言うのがいいではないか、龍輝、お主の名前、儂はとても気に入ったぞ!」


 偶然にも名前が龍に関係していたのもあって、ゼルフィスは機嫌よく豪快に笑う。どうやら俺は今まで通り龍輝と名乗っていいらしい。

 今から新しい名前をつけられても違和感バリバリだったから、この決定にほっと胸をなでおろす。


「それでじゃ、龍輝よ。お主、儂の息子として生きてはくれぬか? 決して悪いようにはせんぞ」

「そのための力が俺にはあるんだよな? じゃあそうするよ。ゼルさんの全てを教えてくれ」

「ああ、任せておけ!」


 こうして俺は龍の息子となる事を受け入れる。望みの叶ったゼルフィスは目から文字通りの滝のような涙を流して号泣する。嬉し泣きする龍の姿を見て、俺は何故だか照れくさくなってしまった。


 話が終わると、今日が息子の誕生記念だと盛大なおもてなしをされる。召喚人形は基本食事をしなくても大気中の魔力をエネルギーにして動く仕組み。基本的に食事の必要はないらしい。

 ただ、食事をする事も可能で、だからゼルフィスの用意した山のようなごちそうを俺は遠慮なく目一杯腹に収める。どの料理もとても美味しく、このおもてなしに俺は満足して自然に笑顔になった。


 それから俺は元の世界の事を話し、ゼルフィスはこの世界の事を話してくれた。この日はそうして楽しく夢のように過ぎていったのだった。


 龍の息子になると言う事は、親の能力を全て引き継ぐと言う事。これから力の継承のために厳しい特訓が始まると言う事を、その頃の俺はまだ知る由もなかった。



「起きるのじゃ、龍輝よ」

「おっ、ゼルさんおはよ」


 俺は専用に作られたベッドから目覚める。召喚人形は体が人形なので、食事も睡眠も本来は必要ないものらしい。ただ、食事をすれば美味しいと感じるし、睡眠を取るとスッキリするので、そう言う意味でする意味もあるのだとかなんとか。

 これってスナック菓子は栄養はないけど食べると美味しい、みたいなものなのだろうか?

 それと、寝る事で魔力はフルチャージされるのだとか。まだその感覚はよく分からないけど、今後魔法を使うようになれば分かるようになるのかも知れない。


 取り敢えず、育ての親に起こされた俺は顔を洗う。睡眠が必要ないだけあって、たった一回の洗顔でぱっちりと目が覚めた。人間の頃では考えられなかったなこれ。

 特訓と言っても何をするのかよく分からなかった俺は、寝間着のままゼルフィスのもとに向かう。そこではやる気満タンの龍が仁王立ちでどーんと待ち構えていた。


「それでは、今から儂の全てをお前に叩き込むぞ、覚悟せよ」

「お、お手柔らかに……」


 特訓と言うと何かすごい修行のようなものを思い浮かべるけれど、ゼルフィスの言うそれはそんなに肉体的、精神的なハードなものではなかった。


 まず、知識の伝授だけど、この世界の基礎知識を伝えてきたのと同じ記憶魔法でのダウンロード。脳に情報を直接刻みつけると言うアレ。

 これによって予習復習の手間もなく、スムーズに龍から人へと記憶の共有がなされていく。あ、人じゃないや、人形だ。


 元々の召喚人形にはそこまでの容量はない。ゼルフィスが自分の能力を引き継がせるために作った特別な人形だからこそ、俺はその記憶を全て引き継ぐ事が出来た。

 けれど、魔法がきちんと発動して全ての記憶を受け継いでも、それを使いこなせるかどうかは別問題。学習する前に記憶するので、その力を引き出そうとする場合、最初は思い出しながら確認すると言う工程を経なければならない。


 そう、特訓と言うのはこの思い出しながら確認すると言う行為がメインなのだ。


「よし、移し終えたぞ。これで知識の譲渡は終わった」

「うっ、まさか情報に重さを感じる日が来るとは思わなかった」

「儂らの一族が1万年の長きに渡り、学び、試し、確信し、溜めに溜めた情報じゃ、軽くはないわ」

「うお、それなら仕方ない」


 ゼルフィスは全ての記憶を魔法で移し終えると、優しい眼差しで俺を見守る。これから俺は龍の知識を思い出しながら、その力を使いこなさなければいけない。

 与えられた知識はあまりにも膨大で、頭の中に宇宙がひとつすっぽりと収まってしまうかのようだった。

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