第3話 そうして修行が始まった

 それから数日が経ち、特製召喚人形に宿った龍輝は目を覚ます。その頃には頭の中も整理されて、自分がどうなってしまったのかすっかり理解出来るようになっていた。


「どうじゃ、落ち着いたか?」

「……つまり、俺はあんたの息子代わりって事かよ」

「そう言う事じゃ。まさか前の記憶が残っていたとはのう」

「ざけんな! 元の世界に戻せ!」


 龍輝は威厳のある佇まいのゼルフィスに向かって平然と抗議する。全長30センチの人形が100倍以上の大きさの龍に怒りをぶつける、何と無謀なのだろう。

 けれど、息子として扱おうと決めていた彼はそんな龍輝の態度を優しく見守るばかりだった。


「お前の気持ちも分かるがのう。一度召喚したらもう戻す事は出来ないのじゃよ」

「マジで?」

「その代わり、お前には儂の全てを与えようぞ。悪くないと思うがのう」


 困り顔のゼルフィスの顔を見つめながら、自分の頭の中にダウンロードされたこの世界の常識を龍輝は反芻はんすうする。龍の持つ知識はあまりにも膨大で、小さな人形の頭ではすぐに全てを理解する事は難しかった。

 ただし、流石に龍の後継者にするために作られた人形なだけはあって、落ち着いて考え始めると、どんどん新しい知識が溢れてきて、ゆっくりとこの世界の仕組みを理解していく事が出来ていく。


 この世界の成り立ち、龍の役割、この世界での人の存在――理解が深まるにつれ、龍輝は自分の置かれた状況を受け入れるしかない事を実感していった。


「分かったよ。と、とう……ゼルさん」

「何じゃ、父とは呼んでくれぬか……」

「と、当然だろ!」



 こうして、召喚人形に宿った龍輝とその人形の作り主のゼルフィスとの生活が始まった。

 龍は自分の息子として人形を作ったため、それはもう大切に、過保護と言わんばかりに龍輝を大切にする。彼もまた自分のいた世界の事をゼルフィスに話し、お互いに情報を共有していった。


 龍からの指導はと言うのは主に記憶魔法の伝授で、これは龍同士が情報を伝達する時にも使う方法らしい。魔法で一気に間違いなく情報を記憶に刻み込むために、その学習効果は殊の外高かった。

 龍輝がこの世界に召喚されて一ヶ月ほどでゼルフィスの使える魔法や、知識のほとんどを彼はマスターしてしまう。この結果に一番喜んでいたのは息子を欲しがっていたゼルフィス自身だった。

 こうして龍輝は知識、実力共に龍の息子となっていく。


「これから人と交わるにおいて、変身魔法は必須の技術じゃ」

「それならマスターしてるよ、ほら」


 ゼルフィスからの問いかけに龍輝は無詠唱で人形から人の姿に変身する。そのイメージは当人のイメージに依存するらしく、人に変化した龍輝は元の世界にいた頃の男子高校生の姿をとっていた。


「ふむ、まあいいじゃろう。では次は剣術の特訓じゃ!」


 人間体になった彼の姿に満足したゼルフィスは、自身も魔法で人間の姿となる。その姿は身長2メートルのムキムキマッチョマン。人間体の龍輝とは体格差がありすぎた。

 ただ、パワーはいくらでも魔法でフォロー出来ると言う事で、龍輝は大男を前にしてもちっともビビりはしていない。そうして、その状態からの特訓は始まった。


「では、行くぞ!」

「望むところだ!」


 こうして人間体になってからの体の使い方を彼はみっちりとレクチャーされる。元が人形なだけに人間のようにすぐに疲れると言う事もなく、魔法で作られた体はすぐに素早い動きや繊細な動作を可能にしていく。

 考えた事が正確に反映されるのが楽しくて、龍輝はこの特訓にも夢中になったのだった。


 一週間も鍛錬したところで剣術も体術もすっかりマスターしてしまい、その成果にゼルフィスも満面の笑みを浮かべる。


「うむうむ、とてもいいぞ。ここまで来たら最後の試練じゃな」

「今度は一体何をするんだ?」


 彼から教わった事を実践するのが楽しくなっていた龍輝は、この最後の試練と言う言葉にも胸を躍らせる。今の彼はどんな難題でもこなせると言う自信に満ち溢れていた。

 ゼルフィスはそんな息子の姿を見て嬉しそうにうなずく。


「人の姿になって、買い物をしてきて欲しいのじゃ」


 そうして、龍輝の手にこの世界のお金がたっぷり入った袋が渡される。そう、父親からの最後の試練は初めてのお使いだった。

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