ぱんつ泥棒と幼馴染
千歌と曜
第1話
夏。
夏真っ盛り。
人々は涼を求め、薄着になったり、冷たいものを食べたり、プールや海ではしゃいだり。
ここ、県立伊勢岡高等学校においても、プールの授業が行われていた。
「ひゃっほ~~~~~~っ」
ざばんっ!
「いえ~~~~~~っ!」
ざばんっ! ばしゃんっ!
教師による指導が終わり、自由時間となった今。
お調子者の男子達は、鎖を切った獣のように暴れまわっていた。
「ちょっと、男子っ。飛び込まないでよっ」
「危ないでしょっ!」
女子の注意も空しく、お調子者代表たる御手洗(みたらい)をはじめ、数人の男子がはしゃぐ。
「先生がいないのをいいことに……」
体育の先生である神山先生は、少し席を外している。そのため、注意する大人がいない。
「おりゃっ」
「きゃあっ、やめてよっ」
女子に水をかけ始める御手洗。それに続き、殿(との)重(しげ)や加山(かやま)達も水をかけ始める。
「っこ、の男子っ」
「ばかっ」
「くらえっ」
いつの間にか、女子VS男子で水の掛け合い合戦が始まった。
「ぐおっ」
思い切り顔にかけられる御手洗。
「ばーか」
「やろうっ」
御手洗に水をかけた女子・井上(いのうえ)美里(みさと)が御手洗に追いかけられる。
泳いで逃げる井上。それを追いかける御手洗。
それを見た殿重達が、御手洗に加勢する。
「ちょっとやだっ」
「ふはは、ここは通行止めだ」
「こっちもだ」
「観念しろ」
前方を加山、右を殿重、左を安藤にブロックされる井上。
そうして、後ろから御手洗が迫る。
「きゃーーっ」
悲鳴を上げる井上。
「喰らえっ」
四方を囲まれた井上は、御手洗達から水かけの集中砲火を受ける。
「このこのこのっ」
「このやろこのやろこのやろ」
「いえーーーーっ」
「「「「馬鹿男子っ」」」」
ガン! ……と、いや、その後も、ガンガンガンガンバン! と、頭をビートバンで叩かれまくる御手洗・加山・殿重・安藤。
いつの間にか別の女子達が集まり、御手洗達を囲っていた。
「ちょ、やめろっ、こらっ」
「うるさいっ」
「日頃の恨み、思いしれっ」
何人もの女子達が、御手洗の頭、腕、肩、腹、足などを掴み、持ち上げる。
「え? ……おいっ」
「「「「「せーのっ」」」」」
「うおあっ」
ばっ………しゃああああああんっ!
投げ飛ばされた御手洗は、見事にプールの中に沈む。
「いえーいっ」
「やったあっ」
「ざまあみろ、御手洗っ」
ハイタッチする女子達。
心の底から嬉しそうだった。
「こええ」
「女子つええ」
ビートバンで頭を叩かれただけで解放された加山達は、その光景に恐怖する。
「はははっ」
「御手洗、やっぱ、アホだわ」
遠くから、その様子を見ていた鈴木と後藤。
彼らは、御手洗の親友ではあるが、「ついていけない」と思った時は、悪ふざけに参加しないスタンスをとっていた。
「……くそう、女子ども」
浮かび上がってきた御手洗は、戦意を無くし、平泳ぎでその場を離脱する。
ダメだ。女子が強すぎて話にならねえ。
女子にちょっかい出すのをやめて、さて次はどうしようと考えたところで……。
「うっ」
あ、足つった……!
すぐさま、片足立ちになり、つった足を片手でマッサージする御手洗。
「ちっ、くしょ」
最悪だ。
そのまま、プールの岸まで行こうとして……
「大丈夫? 御手洗くん」
「え、……あ、淡」
淡(あわい)沙織(さおり)。
クラスの中でも目立たない真面目な女子で……以前、御手洗に告白した女子。
「肩、貸そうか?」
「あ、おう。ありがと。サンキュ」
淡が、御手洗に密着し、肩を貸す。
直に合わさる肌。
スク水越しに合わさる肌。
てか、淡って、胸でけえっ!
普段、制服越しだからわからなかったが、淡の胸はかなりの大きさだった。
いやいやいや、これ、やばくね?
「ひゅー、ひゅー」
「お熱いね、お二人さん」
周りのクラスメイトから冷やかしの声が飛んでくる。
「やかましいわっ」
内心どきどきしながら、プール岸に着いた御手洗は、淡からぱっと離れた。
「さんきゅ」
「うん。大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫。よっと」
無理して、プールから上がる御手洗。
「いって~~~」
まだつっているので、座り込んだまま痛がる。
淡もプールから上がって、御手洗を介抱し始めた。
「……」
その様子を、クラスメイトの殿重が見ていた。
「な~に見てんの?」
そこに、殿重の幼馴染の女子・加藤(かとう)園未(そのみ)がやってくる。
「いや、なんか羨ましいなって思って」
御手洗と淡を見ながら、そう言う殿重。
「淡さん、本気で御手洗のこと好きなんだね~。なんか、意外過ぎ」
淡が御手洗に告白したことも、御手洗がいまだにその気持ちに答えていないことも、クラスメイトはみんな知っている。
「ていうか、園未。さっきの、めっちゃ痛かったんだけど?」
先ほど、ビートバンで叩かれた頭を押さえながら抗議する。
「な~に言ってるの? 美里を男子数人で囲ってたんだから、当たり前でしょ」
「手加減してくれよ」
「するわけないじゃない」
「じゃ、淡さんみたいに、俺の介抱もしてくれよ」
「いいわよ。一分千円ね」
「たけえよっ、金とんのかよっ」
「はい、じゃ、マッサージ行きま~す。一(ひと)揉(も)み三千円で~す」
「ざけんなっ、触んなっ」
逃げる殿重。笑いながら追いかける園未。
他にも、泳げない女子に泳ぎを教えてあげている男子、鬼ごっこをしているクラスメイト、泳ぎの競争をしているクラスメイト……様々な青春の一ページが、そこにはあった。
「は~」
「泳いだ泳いだ」
「最高だったな」
プールの授業が終了し、更衣室へ歩いていく男子達。
女子も同様に、更衣室への移動を開始している。
「よう、御手洗。さっきは淡さんとラブラブだったな?」
「淡さんの肌の感触はどうだった? ん~?」
「せーよ、変態共っ。黙れ。つーか、鈴木、後藤、お前らも参加しろよ。井上を追い詰めていた時にっ」
「いや、あれは参加できないでしょ」
「女子を数人の男子で追いかけるとか、あほか」
くだらない会話をしながら、更衣室へ入ろうとして……
「きゃーーーーーっ」
悲鳴が聞こえる。
え、なんだ? なになに? 女子?
男子達は、悲鳴が聞こえた女子の更衣室へ向かった。
「なんだっ」
「何かあったのか、女子っ」
入るわけにはいかないので、外から声をかける男子達。
すると、水着姿のまま、女子の一人・江坂(えさか)小夜(さよ)が出てきた。
「盗まれたのっ」
「え?」
「何が?」
「舞のぱんつっ」
「「「「なにいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」」」」
この日、プールの授業において――ぱんつ盗難事件が発生した。
「大丈夫、舞?」
「平気だよ、すぐ見つかるよ」
教室。
プールの授業が終わった後の休み時間。
ぱんつを盗まれた女子・相原(あいはら)舞(まい)が泣いている。それを慰める女子達。
御手洗・鈴木・後藤・殿重・加山の仲良しメンバーは、たった今、教室へ戻ってきたばかり。
入って早々、泣いている女子の姿を見て、少なからずショックを受ける。
「しっかし、まさか女子のパンツが盗まれるなんてな」
「ああ。マジでこんなことが起こるなんて、思わなかった」
自分たちの席に着きながら、会話する面々。
プールの授業で使った荷物を自分の席に置いて、御手洗の席に集まる。
「ありえねーな、マジで」
「ああ、ありえねえ。御手洗、早く自首しろよ」
「相原さんに土下座で謝って、死んで詫びろ」
「俺じゃねえよっ! 俺なわけねえだろっ!」
やっていいおふざけとやっちゃいけないおふざけがあるので、御手洗は強めにキレた。
「……でもさ、マジで許せねえよな」
「……後藤」
御手洗が、後ろの席の殿重を見上げる。彼は真剣な顔をして――怒っていた。
「まあ、男子なら、女子に興味があるのはわかるけどさ……最低だろ、下着盗むとか、マジで。人として終わってるよ」
立ったまま、まだ自分の席にも着かないまま、そう言った。
その真剣さが伝わってきて、御手洗達は言葉を無くす。
殿重は、自分の水着などが入った手提げ袋を机の横に引っ掛け、机の上に出しっぱなしにしていた自分の鞄を開く。
ぱんつ。
じゃっ!(殿重が素早く鞄のチャックを閉める音)
「お、どした?」と、御手洗。
「ん、何が?」と、鈴木。
「いや、今、殿重が、いきなり勢いよく鞄のチャック閉めたからさ」
「そうなん? どうしたの、殿重」
「……い、いや、何も、うん」
「?」
「そうなん?」
やばいっ!
やばいやばいやばいっ!
殿重の頭の中は、その言葉でいっぱいになった。
走り抜ける焦燥感・危機感・恐怖。
なぜだ?
なぜ、俺の鞄にぱんつが入っているっっっ?
え、これ、相原さんの?
えー、なんで? えーーーっ?
談笑し始める御手洗達。
ちらっと視線を移すと、その先には、ぱんつを盗まれて泣いている相原さんの姿。
「……」
この時点で、殿重は、正常な判断力を失っていた。
だから、彼は、なぜかぱんつが入っていた自分の鞄を持って、教室を出ていこうとする。
「あれ、殿重、どこ行くんだ?」
「あっ、ちょーーとな、うん、ジュース買いに」
「……なんで鞄持ってんの?」
「いやー、うん、財布探すの面倒でさ、このまま持って行っちゃおっかなって」
「さすがに重くね?」
殿重が今抱えている鞄は、学校指定の手提げ式スポーツバッグ。開閉はチャックで行うやつ。
通学鞄とは違うが、便利なので、殿重はこの鞄に教科書やら体操服やらを入れて使っている。
めっちゃ重い。
「財布くらい探してけば?」
「いや、うん、な、はは、じゃ、行ってくるわっ」
怪しさ満載で、殿重は逃げるように教室を出ていく。鞄を抱えたまま。
その様子を、クラスのほぼ全員が見ていた。
空き教室。誰もいない空間。そこに、殿重はいた。
「……」
隅っこで、辺りを見回してから、鞄の中を改めて確かめる。
すると、そこには、ぱんつ。紛うことなき、女子のぱんつ。
見間違いではなく、たしかに、そこに、ぱんつがあった。
「……なんでだよ」
その現実が、殿重には理解できない。
「あーーーもーーーーなんでだよーーーーー勘弁してほしいわこれなにこれーーーーー?」
そのあまりの現実に、殿重は、壊れ気味に愚痴る。
「マジで勘弁してくれよ~なんなんだよこれ~マジでやばいよこれ~」
頭を抱えてうずくまる。それ以外、できることがない。
もちろん、自分は盗んでいない。それは、殿重自身がよくわかってる。
けれど、実際に、自分の鞄の中に女子のぱんつが入っていた。
ということは、誰かが自分に罪を着せるために入れたということに……。
だが、今はそんなことよりも、このぱんつをどうするか?
こんな危険なもの、どう処理すればいいんだ?
「もうすぐ授業始まるよ?」
「っ」
ばっと、殿重は後ろを振り向く。
すると、そこには――幼馴染の加藤園未の姿。
うわっ。
まずい。
殿重は、直感的にそう思った。
「こんなとこで何やってんの?」
空き教室の入り口をくぐり、どんどんこちらへ近づいてくる幼馴染。
とっさに、鞄の口を押え、中が見えないようにする。
「いや、何か、腹が痛くなっちゃって、少し休んでた」
「ふうん」とか言いながら、幼馴染は殿重が後ろ手に隠した鞄を覗き込もうとする。
え、ちょ、なんで?
なんで俺の鞄に視線を向けるの?
焦りまくり、冷や汗が出まくり、精神的にやばくなってる殿重は、もう限界。
「――ぱんつ、入ってるの? その中に」
「っっっっっっ」
あっさりと正解を指摘してくる幼馴染。
――終わった。
いや、まだだ。
まだ諦めるな、俺。
「はあ? 何言ってんの? そんなわけねーじゃん」
「そうなの?」
「そーそー、たりめーじゃん」
「じゃ、見せて」
「っっっ」
「その鞄の中、見せてよ」
「いや、汚ねーから、見ない方がいいよ」
「いいから、見せてよ」
近づいてくる幼馴染。
「……」
いや、もう無理だ。
長い付き合いでわかる。
この幼馴染は、もう全部わかってる。
それ以前に、俺がこいつに敵うはずがない。
全てを悟った殿重は、鞄を幼馴染の園未に差し出す。
園未は、チャックの閉められていない鞄を開いて、その中に入っているぱんつを見た。
「俺じゃねえんだっ!」
なぜか、土下座しながら弁明する殿重。
「俺じゃねえんだよ、本当にっ! 俺じゃねえっ。なんでか知んねーけど、プールの授業から戻ってきて、鞄の中見たら、入ってたんだよっ! 知らねえ内にっ!」
「……」
「本当に俺じゃねえんだっ、信じてくれっ、園未っ」
「わかった、信じるよ」
「俺はっ――……え?」
あっさりと。
信じるなんて言葉を貰えて――殿重は、土下座の恰好のまま、顔を上げた。
「……信じて、くれんの?」
「まあ、幼馴染だし、秋人(あきひと)がこういうことしないってことくらい、知ってる」
「……」
殿(との)重秋人(しげあきひと)は、信じられないものを見るような目で、幼馴染を見た。
「なによ」
「……いや、まさか信じてもらえるとは思わなくて。俺、人生終わったと思ってた」
「それより、このぱんつをどうするか考えないと。もうすぐ休み時間終わるし」
たしかに、その通り。
着替えとかの時間を考慮して、早めに授業が終わったとは言え、それでも、もうすぐ、休み時間は終わる。
女子のぱんつが無くなって。
挙動不審な男子が鞄を抱えたままいなくなって。
休み時間が終わっても戻ってこなかったら。
もう、怪しいどころの話じゃなくて、確実に犯人にされてしまう。
「ど、どうすれば、俺はどうすりゃいいんだっ」
「落ち着いて。……そう、ね。……うん、じゃあ、わたしがこのぱんつ、相原さんに返しておく」
「えっ」
「わたしが自分のぱんつと間違えて持ってたってことにする。……ううん、いつの間にかわたしの荷物に紛れてたってことにする。ほら、ウチの学校のプールの更衣室って、ロッカー式じゃなくて、本棚みたいなボックス式でしょ? ありえないことじゃない」
「……いい、のか?」
「いいって、何が?」
「本当に、いいのか? そんなことしてもらって?」
「そうするしかないじゃない。じゃ、わたしは先に行ってぱんつ返しておくから。少ししたら戻ってきなよ。お腹痛くてトイレにでも行ってたって言って」
「……お、おう。……ああ」
呆然とする殿重を残して、園未は空き教室を後にする。
「あ、それから」
と、思ったら、ひょこっと顔だけ戻す。
「いくらぱんつが入ってたからって、鞄ごと持っていくなんてやりすぎ。百パーセント疑われちゃうでしょ」
「あ、はい」
「次からは気をつけてよね」
「はい……」
そうして、園未は、今度こそ、この場を去った。
「……」
先ほどまでの、危機感・焦燥感・恐怖はいずこかへ去り――、
今の殿重の心の中には、何とも言えない戸惑いがあった。
次のプールの授業の時。
殿重は、自由時間であるにも関わらず、ただプールの中で突っ立って、ぼーっとしていた。
「……」
ぱんつ盗難事件は、結局、園未の荷物に相原さんのぱんつが紛れていたということで解決した。
だから、事件にもならず――殿重は、無事に、こうしてここにいる。
「……」
なんか、自分が今いるここは現実じゃないような、そんな気分になる。
――あの時、園未が助けてくれなかったら、自分はいったいどうなっていたんだろう?
「こらっ」
ばしゃっ。
突然、顔に水がかけられる。
そんなひどいことをした相手を見ると――幼馴染で恩人の、園未だった。
「な~に辛気臭い顔してんの?」
「……」
「大人しいと逆に不気味だよ? いつもみたいに御手洗達と騒がないの?」
「……いや、うん。そう、だな」
元気がない殿重。
心配そうに見つめる園未。
「せんせ~い」
「はい、なあに?」
「御手洗くんがまた足つりました~」
「あらあら、気をつけて、プールから上がって」
今日は、監督役の先生がちゃんといる。
男子の体育教師と女子の体育教師が交代で監督することになっているのだが、今回は、女子の体育教師・秋山美穂子先生の番だった。
「ちゃんと準備運動しなきゃダメよ?」
「いや、してるんスけど。てか、プールの授業が始まる前にみんなでしてるんスけどてええ」
痛がる御手洗。
そんな御手洗を見ても、殿重のテンションは上がらない。
「ね」
幼馴染の、声。
「泳ごうよ、一緒に」
「……」
「競争しようよ、あっちまで」
「あ、おう」
「負けた方が、勝った方の言うことなんでも聞くんだよ?」
「じゃ、負けられないな」
「うん、じゃ、行くよ~。よーい、どんっ」
殿重は、泳ぎがけっこう得意だ。
男子と女子の体力の違いもあるし、本当は、勝てた勝負だったけれど。
殿重は、負けた。
「幾星さん、どうかしたの?」
「ん~、ぱんつがないかも。はは」
プールの授業の後の、女子更衣室。
みんなが着替えている中、幾(いく)星(ほし)スバルと橘莉乃(たちばなりの)は、そんな会話をしていた。
何か様子のおかしい幾星に気付いて、橘が声をかけたのだ。
「……本当に、ないの?」
「う~ん……うん、ないね。おかしいな、穿き忘れてきたのかな、わたし」
「先生に言いに行こう」
「えと、でも、盗まれたって決まったわけじゃないし。相原さんの時みたいに、誰かの荷物に紛れ込んでるのかも……」
「幾星さん……」
強がっているものの、かろうじて泣くのをこらえているように見える。
橘は、みんなに聞いた。
「ねえ、みんな。幾星さんの下着、誰かの荷物に紛れてないかな?」
「?」
「下着?」
「え、また?」
騒がしくなる更衣室。
みんな、自分の荷物を確認し始める。
園未は、その様子を見ながら、いやな予感を覚えていた。
「はあ~」
「今日も泳いだわ~」
「なんかさ~、泳いだ後って、教室に戻る時身体がふわふわするよな」
「な~」
思いっきり泳ぎ終わり、着替えも済ませて教室へ戻ってきた御手洗達。
席について、駄弁り始める。
まだテンションが戻らない殿重は、自分の席の横に水着などが入った袋を引っ掛け、机の上にある鞄からミニタオルを取り出そうとして――。
ぱんつ。
じゃっっっ! (殿重が勢いよく鞄のチャックを閉める音)
「うお、なに?」と、御手洗。
「え、何が?」と後藤。
「いや、また殿重が勢いよく鞄のチャック閉めたからさ」
「そうなん?」
「なに? その閉め方、流行ってるん?」
「あー、うん、おう。そう、こうやって、じゃっ! とね」
「意味わかんね~」
「……もしかして、鞄の中にぱんつでも入ってた?」
「っ! はは、んなわけねーだろ」
「はは……て、どこに行くんだよ、殿重」
「え、なんで鞄持ってくん?」
「……っっっ」
殿重は、鞄を抱えたまま、御手洗達の問いに答えることなく、教室を逃げ出した。
その途中、プールから戻ってきた女子達とすれ違う。
その中には、園未もいた。
「ねえ、ちょっと、男子」
女子の一人・矢沢美玖(やざわみく)が怖い声で尋ねる。
教室にいる男子達は、その雰囲気に、戸惑う。
「スバルの下着が無くなったんだけど、何か知らない?」
騒然となる教室。
え、またかよ。
え、マジで。
自首しろよ、御手洗。
だから、俺じゃねーよっ!
男子達の間にも、様々な言葉が飛び交う。
……。
「はあ」
なんで、こんなことに……。
前回と同じ空き教室の隅っこで。
殿重は途方に暮れていた。
「うわ~~~~~~、マジ、勘弁してくれ~~~~~~~~~」
頭を抱える。うずくまったまま。
前回から、何も進歩していない。殿重には、何もできない。
「……」
気配。
なぜか、それだけで、幼馴染の園未だとわかる。
「また、入ってたの?」
「…………おう」
「貸して。私が返してくる」
「いや、いいよ。さすがにまずいだろ、それ。二回連続で園未が返すとかっ」
「でも、それしかない」
「いや、やべーって。最悪、園未が疑われる」
それは、申し訳なさすぎる。
自分を助けてくれた幼馴染が、自分の代わりに犯人扱いされるとか、最悪だ。
「それなら、犯人を見つけよう」
園未の、声。
殿重は、顔を上げた。
「犯人見つけて、みんなの前に突き出そう。秋人にも、謝ってもらわないと」
「……園未」
そこで、気づく。
幼馴染は――園未は、泣きそうになっている。
くやしさと、怒りと、悲しみで……。
幼馴染のそんな顔を見て、殿重は、ようやく気付く。
そうだ。
それしか、ねえ。
こうなったら、もう。それしか。
「わかった。そうしよう」
殿重は、立ち上がる。
その瞳には、初めて、強い意志が宿っていた。
「でも、とりあえず、そのぱんつは、わたしが幾星さんに返す」
「いや、だから、それは……」
「このままだと、可哀そうだよ幾星さん。自分の下着が見つからないままだったら、いやだよ」
「……園未」
「疑われてもいいよ。でも、その代わり、必ず犯人は見つけ出す」
殿重からぱんつを受け取り、園未は宣言する。
「秋人も、気合入れてよね」
喝。
幼馴染に、喝を入れられて――、
「おう」
ようやく、殿重に笑顔が戻った。
「遅いな、園未」
再び、プールの授業。
だが、その日、殿重はプールにはいなかった。
お腹が痛いと偽り、保健室に行くふりをして……教室の外から、中を窺っていた。
殿重のクラス・一年一組は、一階のはじっこ。そのため、外側からこうして中を見張ることができる。
予定では、園未も合流し、一緒に教室を見張る手はずだった。二人いっぺんに保健室に行くと怪しまれるかもしれないので、園未は授業の途中で抜け出してくる計画。
しかし、打ち合わせよりも、来るのが遅い気がす
「ごめん、お待たせ」
「え、おう……うおっ」
突然、後ろから声をかけられて振り向いたら……そこには、幼馴染の姿。
スクール水着姿の幼馴染の姿。
「……」
「……なに?」
「いや、なんで?」
「?」
「なんで、水着のまま?」
「しょうがないでしょ。トイレに行くって言って、こっそり抜け出してきたんだから。着替える暇ないし」
「……あ、いや、そりゃ、そうか」
「それより、犯人来た?」
「いや、まだだ」
「そ」
座り込んで教室を見張っていた殿重の隣に、同じように座り込む園未。
教室には、いまだ、変化がない。
「あの、さ」
「なに?」
「これ、見られたら、やばいんじゃね?」
教室の外で、制服姿の男子とスク水姿の女子が並んで座り込んでいる。
確かに、見られたら「何してんの?」と問われる状況。
「大丈夫。見られないように移動してきたし。ほら、生垣があるから、こうして屈んでればグラウンドからも見えないし」
「……そう、だな」
「でしょ。それより、ほら。ちゃんと見張らないと」
教室の中に視線を向ける園未。
いつ、下着泥棒がぱんつを置きに来るかもしれない状況。
「……」
しかし、殿重は、まったく集中できていなかった。
いや、集中というのなら、隣の幼馴染にすごく集中していた。
スク水で、さっきまで泳いでいたため、濡れたままの幼馴染。
しかも、距離が近い。
しかも、ここはプールではなく教室の外。
普通なら、スク水女子がいるはずのない場所。
そんな非日常な状況に、殿重は頭がくらくらしていた。
「……」
そっと、横目で、幼馴染を盗み見る。
うおお、エロい。太ももが、エロい。
て、あほか俺っ。ここまで協力してくれている幼馴染をなんつー目で見てんだっ!
これじゃ、下着ドロと変わんねえだろっ!
かぶりを振って、気を紛らわせるために、話しかける。
「なあ、園未」
「なに?」
「犯人、来るかな? さすがに、三度目はないんじゃね?」
一度目。相原舞の下着が盗まれ、騒ぎになる。園未の荷物に紛れていたことにして、解決。
二度目。幾星スバルの下着が盗まれる。地面に落ちていたのを拾ったということで、園未が返す。疑われるかと思ったが、幾星は園未に感謝して、解決した。
「……さあ、どうかな? でも、二度あることは三度あるとも言うし。犯人が愉快犯なら、調子に乗って、また来てもおかしくない」
「そう、だな」
「一応、みんな、わたしのこと信じてくれたみたい。不安はあるみたいだけど、プールの更衣室の窓も、教室の窓も、こうして開けてくれてるし」
「……そう、か」
みんなが園未を信用せず、犯人は別にいると考えていたなら、教室と更衣室の窓には、鍵がかけられていたはず。
「閉めたがる女子もいたけど、換気の問題とかで開けてくれたみたい」
夏に締め切りにすると、暑さで中が大変なことになる。
「あのさ、思ったんだけど」
「うん」
「女子の更衣室ってさ、鍵かけねーの? 男子は開けっ放しだけどさ」
「わかんない。先生が鍵かけたような気もするけど、わたしがここに来る時は開いてた」
「そっか……」
伊勢岡高校のプールは、校舎の隣にあり、プールと更衣室が併設されている。
構造上、プールの敷地から外へ出るには、シャワーのある場所を通り、更衣室に入り、その更衣室の扉から外へ出なければならない。
「犯人は、女子更衣室から下着を盗んで、それを教室まで運び、秋人の鞄の中に入れた……」
「なんつーか、面倒なことをする犯人だな。てか、俺に恨みでもあるのか?」
「秋人も悪いよ。なんでいつもチャック全開の鞄を机の上に置いとくの?」
「いや、だって、ほら。プールのある日はさ、水着の入ったプール袋を持ってこなくちゃいけないじゃん? でも別々に持つの面倒だから、いつもの鞄に入れちゃうんだよ。で、プールに行く前は、いつもの鞄を机の上に置いて、プール袋をチャック開けて取り出して、そのままプールに行くんだよ」
「そうしたら、チャックを閉めて鞄を机の横にかければいいじゃない」
「いや、メンドーだからさ」
「そんなこと言ってるから、犯人にいいようにされちゃうのよ」
「う……まあ、それはそうだが」
「でも、今回は、いつもと同じようにしたわよね?」
「ああ、もちろん。見ての通り、チャック全開で机の上に置いてある」
「そ」
……。
「園未、さ」
「ん」
「ありがとな」
「……」
「その、俺のこと信じてくれて、ここまで協力してくれて……ホント、感謝の言葉しかないっつーか」
「別に、幼馴染だもん。このくらい当たり前でしょ」
そうだろうか。
たとえ、幼馴染でも、あんなにも簡単に信じてくれて、ここまで協力してくれないと思う。
「……」
昔から、そうだったけど。
園未は、本当にいい奴だ。
「……俺、園未が幼馴染でよかったよ」
「あ、そ」
……。
真夏の太陽。
その光は、容赦なく地上を照らし……当然、教室の外にいる殿重と園未をも照らす。
「……」
「……」
汗をかく二人。
この季節。
外で直射日光を浴び続けるのは、かなりきつい。
「園未。大丈夫か?」
「平気よ、このくらい」
「無理するなよ」
「別に。ああ、でも、今プールに飛び込んだら、最高に気持ちよさそう」
「俺もプール入りてーよ」
……。
くそ、犯人、早く来い。
さすがに、もうまずいと思ってこないか?
園未が熱中症になったらまずいし、
てか、あんまり時間かけると、先生が心配して園未を探しに来るんじゃ……。
にゃあ。
「……」
「……」
猫。
猫の声。
あ、猫だ――そう思って、後ろを振り向いて……殿重と園未は固まった。
その視線が、猫に――というよりは、猫の口元に集中する。
ぱんつ。
猫が、ぱんつをくわえていた。
にゃあ。
猫は、ぴょんと飛び上がり、窓枠に器用に飛び乗ると、窓の隙間からするりと教室の中へ入り込んだ。
そうして、たったったっと、机の上を飛び越えて、殿重の机の上にあるチャック全開の鞄にホールインワン。
すっぽりと鞄の中に収まって、ごそごそ動いていたかと思うと、ぴょこっと顔を出した。
その様子が可愛らしい。
猫は、殿重の鞄から抜け出して、教室をうろうろしたかと思うと、突然、たっと駆けて、入ってきた時と同じように、窓の隙間からするりと外へ出てきた。
にゃあ。
もう一回鳴くと、猫はどこかへ走り去っていった。
「……」
「……」
からからから……。
窓と同じ構造になっている引き戸を開けて、教室の中へ入る。
殿重の鞄を改めると、そこには、ぱんつがあった。
「ぷ」
「……」
「あはは、あはははははっ」
園未は、ツボに嵌ったらしく、大笑いしている。
殿重は、呆然とした後、笑いがこみあげる。
「なんだこれ、なんだこれっ」
「あははははっ」
「こんなことがありうるのかっ? なんだあのエロ猫っ!」
「あははっ、で、でも、よかった……犯人が、猫で――あはは」
笑う。
安堵する。
犯人は、猫だった。
これなら、笑い話で済む。
殿重と園未は、本当に、心の底から安堵した。
「――で、いつまでぱんつ持ってるの?」
「――え、……うおっ」
意識せず、ぱんつを持っていた自分に驚く。
女子のぱんつに触っちまった!
殿重は、慌ててぱんつを離す。
「ごめっ、え、てか、これ誰のっ?」
頭の中に、クラスの女子の姿が浮かぶ。
すげえ申し訳ない気持ちが溢れた。
「平気だよ。これ、わたしのぱんつだもん」
「えっ」
「盗まれやすいように置いといたの。犯人はまんまと盗んでくれた。猫だったけど」
またウケる園未。
え、いや、俺、園未のぱんつ触っちまったのか?
「わ、悪い」
「ん、何が?」
「いや、ぱんつ、触っちまって」
「別にいいよ。……欲しいなら、あげようか?」
「っ、あほか、いらねえよっ」
「あはは、うっそー。これ、盗まれてもいいように買った新品のぱんつだから、まだ一度も穿いていないよ」
「……っ」
「それでもいいならあげようか?」
「いらねえよ、どんな変態だ俺はっ」
「あははっ」
こうして、ぱんつ泥棒事件は幕を閉じた。
その一週間後。
殿重は、委員会があったため、御手洗達と一緒に帰ることができず、委員会終了後、一人で帰ろうとしていた。
靴に履き替えるため、下駄箱の扉を開けると――
ラブレター。
「……」
ラブレター。
「……」
え? ラブレター?
殿重は、信じられない物を見た時の顔になって……。
え、ホントにラブレター? いや、違うだろ? え、でも、ピンクの便せんでハートのシールで可愛らしい文字で殿重くんへって……。
信じられない気持ちで、そのラブレターを手に取った。
「それ、ラブレターじゃん」
「うおおっ」
突然、後ろから声をかけられて、しかもそれが園未であるとわかって、二重に驚く。
「あははっ、驚きすぎっ」
ウケる園未。
どうやら彼女も委員会が終わったところらしい。
「いや、つーか、これ、ホントにラブレターか?」
「ラブレターでしょ、どう見ても」
「そうなのか……」
「そうだよ。よかったじゃん。人生初のラブレター、おめでと」
「いや~、ありがと~。え、でも、え~」
戸惑う殿重。
どうすればいいのかわからないらしい。
「じゃね。ちゃんと読んで返事してあげなよ」
「え、一緒に帰らねえの?」
帰ろうとする園未に声をかける。
せっかく、たまたま同じ時間に会ったのに。
「え、別に帰ってもいいけど……じゃ、帰る?」
「おう」
慌てて靴と上履きを交換する殿重。
園未と一緒に学校を出る。
下校路。
夕日が町を照らしている。
「……」
人生初のラブレターを貰った殿重は、なんとなく、会話ができずにいた。
嬉しさと戸惑いと……けれど、なんか、それだけじゃないようなもやもやが――。
「気になる?」
「え」
「そのラブレター」
「え、ああ、おう」
ポケットに閉まってあるラブレター。
「そこの公園で読んでけば?」
園未が、ちょうど通りがかった公園を指さす。
子供達が数人遊んでいるだけで、静かなものだった。
夕暮れに染まる公園でラブレターを読む……なんか、一度やってみたいかもしれない。
殿重はそんなことを思った。
「――そう、だな。うん、そうするわ」
「うん。じゃ、わたしはここで。またね」
「え、おい、行っちゃうのかよ?」
「え、行くでしょ? なんで?」
「……読み終わるまで一緒にいてくれね?」
「夜中怖くて一人でトイレに行けない小学生かっ」
園未はツッコんだ。
「頼むっ、なんか、恥ずいっつーか、怖いっつーか、頼む。あそこのベンチで読むから、隣に座ってるだけでいいから」
「それはないでしょ~。ラブレターくれた人に失礼でしょ」
「う……」
「……」
「……」
「はあ、わかった。じゃ、隣にいるだけね」
「っ、おう、ありがとう」
そんな感じで、話が決まって、殿重と園未は夕暮れに染まる公園のベンチに座った。
そういえば、小さい頃、夜中に一人でトイレに行くのが怖くて、マジで園未についてきてもらったことがあったな。……あの頃は、園未がよく家に泊まりに来てたっけ。
殿重は、そんなことを思いだしながら、ラブレターを開封した。
そして、読む。
拝啓、殿重くん――。
手紙は、そんな出だしで始まっていた。
相手は、委員会の先輩だった。二年上の、三年生。三つ編みで、真面目で、優しい先輩。
ついさっきまで、一緒に委員会活動をしていた人。
「……」
もしかして、委員会に来る前に、このラブレターを俺の下駄箱に入れたのか?
そういえば、いつもは早く来る先輩が、今日が遅れてきたな……。
殿重は、続きを読み進める。
手紙には、真面目な先輩らしい言葉で――自分への気持ちが綴られていた。
委員会で助けてもらったことだとか、積極的に意見をくれたことだとか……そんな、殿重自身は忘れているようなことを、まるで、宝物を明かすみたいに、書いている先輩。
わたしは、あなたのことが好きです。
その言葉に、殿重は衝撃を受ける。
今の今まで、自分への気持ちを読んでいたのだから、先輩が自分のことを好きなのは、もうわかってる。
なのに、どうしてか、このたった一行の文字に――殿重は、計り知れない衝撃を受けた。
「……」
読み終えた殿重は、そのラブレターを便せんに仕舞って、丁寧に封を閉じた。
「読み終わった?」
「おう」
「……どうだった?」
「……」
殿重は、よく考えてから、
「すげー、嬉しかった」
そう、言葉にした。
「そっか」
園未は、ベンチから立ち上がる。
「じゃ、わたしは行くね」
「……いや、別に一緒に帰っても」
「この後、綾乃と約束してたの。だから、ここでお別れ」
「そ……か」
「うん、じゃね」
園未は、笑顔で手を振って、行ってしまう。
「あれ?」
なんだ?
なんだか、胸が痛い。
……なんでだ?
殿重は、それがなんだかわからないまま――しばらくの間、ベンチに座っていた。
「ごめんなさい」
次の日。校舎の屋上で、殿重は、先輩に頭を下げていた。
「……」
霞ゆかり。伊勢岡高校の三年生。美化委員所属。真面目で、優しくて、素敵な先輩。
そんな先輩の愛の告白を――殿重は、断った。
「ありがとう」
ゆかり先輩が、そう口にする。
「手紙、読んでくれて――こうして、返事もくれて……わたしは、それだけで満足だよ」
「……先輩」
殿重は、下げていた頭を上げて、ゆかり先輩の顔を見る。
目を見張る。
ゆかり先輩の目には涙があって、今にも、泣き出しそうだった。
「……」
震えている先輩を見て、殿重は何を言ったらいいのかわからなくなった。
「その、図々しいかもしれないけど……これからも、同じ委員会の仲間として、仲良くしてください」
頭を下げる、ゆかり先輩。
「――はい、もちろんですっ」
はっきりと返事をする。
ゆかり先輩は、泣きながら笑ってくれた。
「断ったんだ」
公園。
殿重がラブレターを読んだ公園。
その時と同じように、公園は夕暮れ色に染まっている。
その時と同じように、殿重は園未と一緒に下校して、
その時と同じように、一緒にベンチに座っている。
「もったいないなあ、つき合えばよかったのに」
殿重の横で、そんなことを言う園未。
「なんつーか、その……あれだ」
うまく言葉にできない殿重。
しかし、それは、言い訳が思いつかないからではなく、
この後にやろうと思っていることに、躊躇いをおぼえているからだ。
「……」
まだ、結論は出していない。
ちゃんと、わかってもいない。
それでも、昨日、この公園でラブレターを読んで、園未が立ち去って……その後に、考えたこと。
「あのさ、園未」
「なに?」
「……その」
~♪ ~♬
「あ、ごめん」
園未は、ポケットからスマホを取り出す。
「……ごめん。綾乃達に呼ばれた。わたし、行くね」
「えっ」
「じゃ」
昨日と同じように、園未は手を振って、行ってしまう。
「……」
殿重は、ポケットから、小さな袋を取り出した。
花柄の、可愛い感じの袋。
その中には、アクセサリーが入っている。
「……」
昨日。
この公園で。
色んなことを考えた殿重は、とりあえず、園未にお礼がしたくなった。
先輩のこともいっぱい考えたけれど、先輩とは付き合えないと、そう思った。
それは、殿重が先輩を嫌いだからでもなく、自分が先輩に不釣合いだと思ったからでもない。
もっと、別の理由。
けれど、殿重には、それがどのような理由なのか、明確にわかっていない。
だから、これは、その理由を確かめる儀式のようなものでもあった。
昨日、あれから、家に帰り、こづかいをかき集めて、ちょっと……いや、殿重の基準からすれば、かなり高い贈り物を買った。
自分を信じてくれて、自分を助けてくれた、幼馴染へのプレゼント。
これを渡せば、何かわかるかもしれない。
ちゃんと、お礼もできる。
そう、思っていた。
「けど、無理か」
なんだろう。
いくら幼馴染が相手でも、プレゼントでお礼をするとか気恥ずかしい。
そもそもなんだ、俺は。
こんな高いプレゼントを無理して買って、気合入れすぎだろ。
あほか。
にゃあ。
「あ」
猫。
猫だ。
猫がいつの間にか、殿重の隣に座っている。
「――てか、お前、下着ドロの猫じゃね?」
あの日。
教室を騒がせたぱんつ泥棒の犯人。
どうすれば猫がぱんつを盗みに来なくなるか考えたが、何も思いつかず、困っていたのだが――あの日、殿重と園未が猫を見つけて以来、ぱんつは盗まれなくなっていた。
「この公園は学校から割と近いけどさ――お前、こんなとこまでくんのかよ」
てっきり、学校に住み着いていると思っていたのに。
けっこう、行動力がある猫だな。……いや、猫ならこれが普通なのか?
にゃあ。
「はは、あの時は驚いたけど、こうして見ると可愛いな、お前」
殿重は、猫を撫でようと手を伸ばす。
たっ。
俊敏。
まさに、その言葉通り、猫は素早く移動し、殿重が右手に持っていたアクセサリーの袋をくわえ、奪っていった。
「……おおいっっっ」
ショックのあまり、叫ぶ殿重。
なんなんだ、あのミラクル猫。
どういう猫なんだっ。
奪われたプレゼントを取り返すため、殿重は全力で走り出す。
勘弁してくれ。
渡せないだけならまだしも。
猫に盗まれるとかたまったもんじゃない。
こづかいほとんど使ったんだぞっ。
返してくれっ。
「え、わ」
綾乃達と合流するため、道を歩いていた園未は、突然足元に現れた猫に驚く。
「……あれ、この猫」
見覚えのある猫。ぱんつ盗難事件の犯人。
「よ~し、よし」
とりあえず、可愛いので、頭を撫でようとして……、
「何くわえてるの?」
猫に質問する。
猫は、くわえていたものを園未に差し出すようにして、地面に置いた。
可愛い花柄の袋。
「……」
とりあえず、拾う園未。
感触から、たぶん中にはアクセサリーの類が入っている。
「……はあっ、……はあ、お~いっ」
「……秋人」
息せき切ってやってきたのは、幼馴染の殿重秋人。
園未の前で立ち止まって、膝に手をついて荒い呼吸を繰り返す。
「猫早すぎ。冗談じゃねえ……はあ、はあ」
「……はい」
「……」
顔を上げる殿重。
園未は、袋を差し出す。
「これ、秋人のなんでしょ」
「……」
「もしかして、この猫ちゃんにとられたの?」
「……」
「ミラクルすぎ」
園未は、笑う。
その手に持つ袋は、殿重に差し出されたまま。
殿重は、その袋に手を伸ばして――その手を止めた。
「やる」
「? ん?」
「やるよ、それ」
「……わたしに、くれるの?」
「最初から、そのつもりだったから、それ」
「……」
園未は、袋を開けて、中のものを取り出す。
それは、クリスタルが輝きを放つ、綺麗なアクセサリーだった。
「……なんか、高そう」
「いや、そんなに高くない」
本当は、めっちゃ高い。
殿重が今まで貯めていたおこづかいの三分の二以上。
「これ、ホントにもらっていいの?」
「……おうっ」
「い~らない」
「なんでだよっ」
「う・そ」
園未は、笑顔を浮かべて、
「しゃーない、もらってやるか」
――。
その時、殿重は、理解した。
幼馴染の、
彼女の、
笑顔を見て。
どうして、自分が先輩の告白を断ったのか、
どうして、幼馴染に、プレゼントなんかあげようと思ったのか――。
「ね。これからどっか行かない?」
「……え、武藤達とどっか行くんじゃないねえの?」
「断る。いつも遊んでるし」
「……」
「たまには、幼馴染二人だけで遊ぶのも、悪くないっしょ」
「……お、おう――え」
手を、取られる。
繋がれる、手と手。
「じゃ、どこ行こっか」
「……」
「わたし今、どこでもいい気分♪」
「お、おう……」
幼馴染に、手を引かれながら……
――殿重秋人は、夕暮れに染まる町を走る。
ぱんつ泥棒と幼馴染 千歌と曜 @chikayou
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