第19話・がり勉とアイドル
・颯斗は語る
数日前の終業式の帰り道に嵐斗が俺の中学のクラスメイトにアイドルになった女子生徒が言っていたのを思い出した俺は気づけば目に留まった中学の時の卒業アルバムを手に取っていた。
ページを捲って、クラスの生徒の一覧の写真を見た時、ひとつの名前が俺の忘れていたはずの記憶を呼び戻した。
写真に写っていた女子生徒は黒髪ポニーテールのとても愛嬌のある綺麗な顔立ちでその生徒の名前は「下藤(しもふじ) 芽理沙」……当時、勉強一筋で周りから敬遠されていた俺が唯一、休み時間に話をしていた生徒だった。
それからページを捲って運動会や修学旅行の時の写真にも俺と一緒に映っているのを見るにつれて当時の事を思い出してきた。
それは、颯斗が中学3年の頃の話……
修学旅行の帰りのバスでのこと、颯斗が暗記カードで英単語を勉強している最中、隣で他の生徒とババ抜きをしながら芽理沙が颯斗に話しかけた。
「あーあ、もう私たちも卒業か……颯斗君はどれぐらい勉強進んだの?」
芽理沙の質問に颯斗は「現在進行形で7割方進んでる」と答える。
「へえ、私は今度のオーディションの結果次第だけど、結構進んでるよ」
余裕ぶった様子で芽理沙はそう言うよ。ババ抜きをしていた女子が「え! 芽理沙ちゃんアイドルになるの!?」と驚きの声を上げる。
驚く女子に芽理沙は「まだ決まったわけじゃないけどね。でも、ライブとか出るようになったら来て欲しいかな?」と期待を抱かせる。
そんな芽理沙に颯斗は「アホらしい」と言ってこう言った。
「アイドルになれるかなれないかで志望校の受験の合否が変わるんだったら勉強の意味が無いんじゃないか? それにどっちかに専念しないとどっちつかずになるぞ?」
そう言った颯斗に対し、芽理沙は「モチベーションとかに関わるの!」とむくれる。
そんなことを思い出した颯斗はアルバムをしまって、ベットにボフッと倒れるように飛び込んだ。
(なんてザマだー! どっちかに専念しろだの受験の合否がどうだの言っていた俺が第1志望落ちてこの体たらくだというのに、アイツは今アイドルとして大活躍中だと!?)
枕を両腕で抱えてドタンバタンと悶えていると、急に暗転して「ドカッ! バキッ! ドゴッ!」と鈍い音が鳴り響き、いつの間に部屋に入って右手に長さ1m・幅5cm・厚さ3cmの角材の先端に金属板とM12・30mmの金属ボルト3本が打ち込まれたお手製の棍棒を右肩に乗せて左頬に返り血がついた依吹が、麻縄で天井に逆さ釣りにされて赤黒いモザイクがかかった颯斗に「お兄ちゃん五月蠅い! 原稿やるから集中させてって言ったよね?」とゴミを見るような目で言い放つ。
「違うんだ依吹ぃ、俺の話を聞いてくれええぇぇぇ!」
その状態で颯斗は依吹に話を聞くように言うが、原稿を描かなければならない依吹は額に青筋を立てながら罵倒した。
「うるせえ、こちとら夏祭りまでに原稿を終わらせなきゃいけないんだぞ? 次やったらお母さんの昔のバイト道具の鞭で引っ叩いてやるからな!」
ブチ切れて軽く男っぽい口調になっている依吹の発言に颯斗はいくつか驚く。
「ねえ、ちょっと待って! 今鞭って言った? 母さんどんなバイトしてたの!?」
まさかの母親がCa●l ●e qu●en説?
少し経って、嵐斗の部屋にて……ツナギ姿で机に座ってサバゲーで使ったエアガンを整備していると、部屋の扉がコンコンとノックされた。
「嵐斗、入るぞ?」
颯斗はそう言って部屋に入って扉を閉めると、嵐斗が作業を続けながら「兄さんなんか用?」と尋ねる。
颯斗は単刀直入に切り出した。
「前に話してた芽理沙ちゃんだけどさ。さっき卒業アルバムを見てようやく思い出した! 良く進路のこと話してたし修学旅行の時、同じ班だった」
それを聞いた嵐斗は「だから言っただろ? 兄さんの知り合いだって」と言って当の本人の現状を話した。
「芽理沙さんが中宮レコーディングと契約したのが中学卒業間近で、中学卒業後は隣町の高校に通いながらアイドル活動をやってる。GWや夏休み期間はライブツアーや動画サイトでの活動を多くやるって言ってたけど、多分会うことは無いんじゃないか? 明日やる俺が引き受けた仕事もあくまで撮影スタッフ兼護衛だし、部外者である兄さんが参加出来るような企画でも無いからな」
そう言って嵐斗は組み上げた拳銃の遊底をジャキンと引いてナイロン製のケースにしまってチャックを閉めた。
そう、芽理沙はアイドルで颯斗はただの高校生……
お互いもう住んでいる世界が違うのである。
「中学時代の思い出は勉強だけの兄さんが人との関わりを思い出すなんて珍しいんじゃないか?」
ふと、嵐斗はそう言うと颯斗も自分でも意外に思えた。
「まあ、確かに……少しは俺も変われたのかな?」
颯斗のその言葉に、嵐斗は「何から?」と尋ねる。
「勉強一筋のがり勉から普通の高校生に変われたかなって思っただけだよ」
颯斗はそう答えてからふとあることを思い出して嵐斗にこう言った。
「そうだ嵐斗、もし暇なら一緒に昨日やってたゲームやらないか?」
そう言われた嵐斗は椅子から腰を上げてガンケースをベットの下に片付けながら「へえ、兄さんから「ゲームやろう」って言い出すなんて珍しいね」と少し驚く。
「俺は趣味が無いからな。いっそのことゲームを趣味にしようと思ってる」
颯斗はそう言うと嵐斗は「へえ、いいんじゃない? 趣味は人生を豊かにするっていうしね」と言ってゲームパッドを取り出した。
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