第35話
激しいなわばり争いは、ヴェルニーナの決死ともいえる特攻が竜の注意を引き受けつづけた。周囲から攻撃を浴びせられ続けた若い竜は、騎士たちにより、己の傲慢のつけをとらされ打ち倒された。
だが、彼が最後に一太刀とばかり浴びせた攻撃は、ヴェルニーナの手足に深い傷を負わせ、彼女は騎士専用の医療施設にあわてて運びこまれたのだった。命に別状はなかったが、左の手足に重症を負い、治療を施された彼女は、安静を言い渡されて今はベッドに横たわり、手ぬぐいをかけて顔を隠している。
ヴェル………
ディーネは、ヴェルニーナのあの柔らかな雰囲気が消えうせて、かつての身を守るような刺々しい拒絶感に変わっているのをひしひしと感じていた。そして、今日のヴェルニーナの無謀な戦いぶりとあわせて、彼女の変化の原因たる人物を察してもいた。しかしディーネは、自分と彼女との信頼関係を過信しておらず、さりとて、部屋を出て行くこともできず、ただひたすらにさす様な沈黙に耐えていた。
しかし、そろそろ日も暮れる時刻であり、最終的にはヴェルニーナの同居人を話題に出さざるを得ないのはわかっていた。ディーネは何とかきっかけの言葉を探そうとはしたが、結局見つけられずに、途方にくれていた。
ディーネの精神力もそろそろ限界を迎えようとするころ、唐突に勢いよく扉が開いた。その勢いで風が部屋を一周すると、穏やかで低い女性の声が部屋に響いた。
「ずいぶん手ひどくやられたそうじゃないか、えぇ?ヴェルニーナ」
とまっていた時計が動きだしたかのように、室内の空気が一変する。
ヴェルニーナは、いたずらが見つかった子供のようにびくりと体を一瞬震わせるが、声も発さず、動こうともしない。金縛りのごとき沈黙から解放されたディーネは、いま自分がもっとも望む人物に、すがるような目を向け、名前をよんだ。
「サーリア!」
白髪混じりの長い茶色の髪をした、体格のよい初老の女性が、堂々とした足取りで部屋に入ってきて、その大樹のような体でもって扉の前をふさぐように立つ。それだけで、先ほどまで室内の空気に潜んでいた嫌なものが、まるで浄化されて消えうせ、薄暗い部屋が明るくなったようにさえ、ディーネは感じた。
開いている扉から、軽口もたたかずさっさと廊下に逃げ出していたジェイクが、ひょっこり顔を覗かせた。そして立てた指を二度振って、ディーネに部屋からでるよう促した。
ディーネはそれにうなずいて、壁に設置されていた照明の石に指をあてる。薄暗かった部屋が明るくなると、師の視線の先で横たわる妹弟子を、心配げに一度みる。そしてサーリアの力強く頼もしい目と視線を合わせ、無言であとを託して、静かに部屋を出て行った。
サーリアは、となりの都市からの要請で、こちらも強大な獣を退治する援軍として出かけていた。ディーネは最初にヴェルニーナがシンを買った話を聞いたあとに、すぐに念のためにサーリア連絡をいれたのだった。そして、サーリアはその話が気になってので、討伐が終わるや否や、馬を飛ばしてテオの街に帰ってきて、今日―――というか先ほど到着したばかりであった。
サーリアは、太い眉のしたの、思慮深い目でもって、横たわるヴェルニーナのすべてを見通すかのようにじっとみる。
………これはまた、案の定、重症だねぇ
触れもせず、顔もみず、言葉もかわさずサーリアは、身体的なものなのか、あるいは別のものなのか、とにかくヴェルニーナの様子を、内心ため息をつきながら、そう診てとった。そして、ゆっくりと力強い足取りで歩を進めてベッドの脇に立ち、横たわるヴェルニーナを見下ろす。
さてこの愚か者をどうしてくれようか
彼女はその目にたたえる光のとおり、己の弟子のため、深い思慮をめぐらせるのだった。
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