第34話
彼はしばらく前に親元を旅立って、自分の居場所を探し求めていた。
いくつか気に入りそうな場所があったが、いずれもすでに先客が居座っており、そのどれもが若い彼が挑むのをためらうような力の持ち主であった。無謀な戦いは彼の望むところでもなかったので、敬意を表して戦いを避けてきた。
さまようようにふらふらと偶然この地を通りかかると、彼は何度目かの同族の気配を察知した。他の獣と比べれば大きい気配ではあったが、同族として考えれば、彼がいままで避けてきたような強者たちよりはずいぶん小さく、彼がその気になれば戦いを避けるほどの気配ではなかった。
とはいえ、気配が漏れてくる方向は、彼がどうしても欲しいと思うような場所でもなさそうだったので、彼は見逃してやるつもりであった。だが彼が、さてどこへ向かおうかと思案している最中に、その気配は威嚇するように急に気配を強めはじめた。
その程度の力で何をいきがるか。日ごとに増す挑発に機嫌をそこね続けた彼は、それまで弱者の立場に甘んじたうっ憤がたまっていたのか、それとも若さゆえか、ならば相手してやろうとばかりにとうとう誘いに乗って、テオの街に向かって舵をきったのだった。
―――――途中で馬がおびえた声で鳴き、そこから一歩も動かなくなった。ヴェルニーナは馬を下りて、漂ってくる強力な獣の気配にひるむことなく、駆けていく。
倒さなきゃ……守らなきゃ……
余計なことは考えまいと、荒れる心はむしろ力だといわんばかりに気を高めつつ合流を果たし、指揮をとるジェイクに視線をとばす。ジェイクがやっときたかと安堵した。これ以上街に近づかせるわけにはいかなかった。即座に許可を出すと、彼女は目前まで迫っていた強大な獣に、糸がひくかのごとく迷わずまっすぐに、剣を手に突撃を敢行する。
若い竜は、自分の相手を確認しその小ささをみくびって、なんだこいつはと鼻で笑う。だが、安易に振り下ろしたその腕は、風になびく木の葉のようにひらりとかわされ、無防備な顔面を手痛く切りつけられた。彼は初めて知るその痛みに怒り狂い、生意気な小物を追いかけ回す。
「よーし、くいついたな」
ジェイクは、竜の注意がヴェルニーナにひきつけられたことを確認し、細かく分かれて包囲していた各隊に手際よく指示を飛ばす。即座に、竜の前に立つことを許された猛者たちから大きな声が帰ってくる。
その声が、魔力がはじけあう大きな音にかき消された。
「やべえ、こっちの竜もなんか知らんがお怒りだぞ!近づきすぎんな、ぶっ飛ばされるぞ!」
ヴェルニーナの竜と一騎打ちのごとき荒々しい戦いぶりに、ジェイクは無茶苦茶だと心配しつつも、彼女を援護すべく大声で指示を飛ばし始める。何本もの矢が飛び竜の背に突き立ち一瞬注意を引き付ける。彼らの作戦は、端的に言えばヴェルニーナを獣にぶつけて相手をさせ、その間にみんなで囲んでやっつける、であった。囮役のヴェルニーナに簡単にやられてもらっては大変にまずかったのだ。
ヴェル、何かあったのね
一方、すこしはなれた森の中から、ディーネはヴェルニーナの変化を感じ取り危機感を募らせる。ヴェルニーナの強引で幼い、力技のような戦いぶりは、まだ周囲に対して必死で抗っていた彼女に戻ったかのようだった。それは、捨て身で細い糸の上に立つような戦い方に見えた。
「用意!」
ディーネの指示で彼女のもつ特殊な杖に魔力が集められる。彼女はタイミングを見計らい、それを解放し、達人の技でもって正確にヴェルニーナにぶつけ魔力を補給する。ヴェルニーナの力は強大であったが、人の身で巨大な獣を引き受けるには周りのサポートが不可欠であった。
守らなきゃ……守るんだ……
ヴェルニーナは、教え込まれ磨き上げた技と生まれ持ち高めた魔力でもって、巨大な竜に対峙し無謀にすらみえる突撃を繰り返した。
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