第33話

 いつから……いつから……


 逃げるように家を出て城門へと駆けながら、ヴェルニーナは頭の中で忘れようもない大事な、大切な黒髪の少年との記憶を、祈るようにたどっていた。


 長年の悲しい経験と厳しい師の指導により、鍛え抜かれたその目は、少年が表面上は笑顔をみせながら、自分に何かを隠していることを見抜いてしまった。ヴェルニーナは仮面のようなシンの笑顔に気がついて、かつて背中に気持ちを隠し、自分に笑いかけたあの善良なものたちを重ねてしまっていた。


 昨日も……その前も……じゃあ、いったいいつから……


 どうして気づかなかった、なぜ気づかなかった、ヴェルニーナは自分に罵声をあびせる。城門で用意されていた馬に乗り、体に染み付くほど反復された行動のみで、指示された合流地点へと馬をなんとか駆けさせ急ぐ。


 かつてヴェルニーナは、心の痛みを癒すため酒を呑みその結果しでかした経験で、正しい酔いかたを学んだ。しかし、黒髪の少年が与えてくれた幸せは、彼女はいままで誰からも与えられずに、ゆえに彼女は幸せの酔い方をしらず、泥のように酔い、大切なことを見逃してしまっていた。


 その結果、ここ何日かの、記憶に新しい少年の笑顔を思い出し、そのいくつかに同じような仮面をみつけ出し、つけを払うように今さらその事実に愕然とする。彼女は少年の顔を、なんどもなんども思い出そうとする。



 その前はどうだった?あの子はどう笑ってた?



 無条件に信じられると信じた少年の、この子はちがうと信じたその笑顔に混ざっていた仮面をみつけ……。



 いつから……いつから……



 どの顔がほんとうで仮面はどれなのか、信じられるものはどれなのか。



 ――――最初から?



 ヴェルニーナは、考えないようにしていたその考えを、おろかしくも考えてしまった。そして、両の手に持っていたはずの宝物が粉々に砕け散って、砂になり、指の間からさらさらと、抜けて落ちていくような錯覚を覚えた。


 ちがうちがう、ずっと見てた、ちゃんと見てた

 あの子はきっと違うはず、きっとわたしを――――


 必死に馬を駆けさせながら、必死になって彼女は否定する。


 ほんとに信じられるのかしら?だってあなた、見逃してたわ

 別にいいじゃない、いままで皆そうだったでしょう?

 それに……もう一度、自分の姿をごらんなさいな


 あの少年に出会ったあの日から、久しく眠っていたものが、じわりじわりと彼女のなかでおきだした。そして、身に染み付いた呪いのように呪いの言葉を吐き出して、彼女をゆっくり閉じ込め始めた。

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