第29話

 ニーナは珍しく、夜に出かけて行った。

 一人分の夕飯を見せながら、心配そうに話しかけてくれたので、僕は彼女が出かけるのだろうと思って心配しないように、はいと言った。すると彼女は安心したようにうなずいてくれた。


 彼女と一緒の夕飯は、一番楽しい時間なので少しがっかりした、

 けれど、その前の日に僕はおかえりをいえて、彼女はすごく喜んで笑ってくれていたのを思い出いした。僕はもう一度あの笑顔が見せてもらいたくて、彼女の帰りを楽しみに待っていたので、一人でも寂しくはなかった。


 門の開く音がしたので、いつものように玄関で待っていると、ニーナと一緒に男の人が入ってきた。ニーナとその男の人とのやりとりが、なんだか僕が知ってる彼女と違うようで、でも仲が悪そうにみえなかった。その人が出ていくときにニーナが手を引っ張っていて、それは僕から引き離すような感じだったけれど、それより僕は、彼女の手がその人に触れているのがとても嫌で………。


 ニーナはお酒を飲んでいたみたいで、ベッドで手をつないで横になると、先に寝てしまっていた。ニーナが僕より先に眠るのは初めてで寝顔をみていたかったけれど、すぐにあの人のことが気になってしょうがなかった。


 あの男の人は誰ですか。

 あのとき話していたことは何ですか。


 それを聞きたくて、知りたくて、教えて欲しくて仕方がなかった。けど僕にはまだそれができなくて、胸がいやな感じで苦しくなった。


 ある僕が、ゆっくり教えてもらえばいいじゃないかと言っていて。

 別の僕は、そんな時間があるのと聞いてきて。

 ニーナは大人で僕はまだ子供で、今日見た外の世界のニーナは、僕が知ってる彼女とちがってて……。そして僕は一人で外にも出られない。


 わけがからなくて眠ってしまおうと目を閉じても、今度は頭の中にニーナと僕が浮かんでくる。


 暗闇で浮かんだ僕とニーナの間には、白い線が引かれている。

 線を越えて、彼女は手を握ってくれるけれど、立ってる場所は線のこちらと向こうでちがってる。


 その線を越えてはだめだという声がする。大人しくこちらで待ってれば、彼女が手を伸ばしてくれて、ずっとつないでいてくれるから。でも僕はそうじゃなくて同じところにいきたくて……。

 なら越えていけばいいだけじゃないかという声がする。だけどその線はほんとは越えてはいけないかもしれなくて、越えた瞬間彼女が手を放してしまうような気もして……。


 なら結局どうしたいんだと二人に聞かれて、僕は答えに詰まってしまう。

 僕の体の奥から嫌なものが湧き出てきてとまらない。


 ああ、だめだ。頭の中がぐちゃぐちゃだ。


 本当はやりたいことは決まってて、ただしく線を越える方法もしっている。でも僕は、こちらでのその言葉をまだ持ってなくて…………。


 じゃあ、その言葉を知ってたら、お前にできるのか。

 どうしてさっき答えなかったんだ。


 いやな声が追いかけてきたけれど、僕はいろんなことを考えすぎて、考えることにつかれてしまって、何も聞こえないふりをした。そしてニーナの手を両手で握って、彼女の熱をわけてもらって、なんとか無理やり眠ることができた。


 次の日、僕は寝坊してしまったようで彼女はもうでかけていた。僕は彼女と出会ってから初めて、彼女がいないことにほっとした。帰ってきたニーナにおかえりをいうと、彼女が笑ってくれたので、僕は上手に笑うことができた。

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