第28話
ヴェルニーナが集合場所の酒場についたのは、約束の時刻とほぼ同時であった。
彼女がなるだけシンと離れるのを遅らせた結果である。
ジェイクから聞いていた酒場の個室に入ると、二人はすでに腰を落ち着けてヴェルニーナを待っていた。
その部屋は扉がついていて、ヴェルニーナがいることに加え、今日のあつまりの目的だとそのほうがよいだろうと、ジェイクが手際よく予約を入れておさえた部屋だった。いい加減なように見えて、妙に気が利くジェイクにヴェルニーナは感謝した。
「遅れてすまない」
「おう、早かったじゃねーか」
「私たちもさっき来たところよ、まあ座って」
挨拶をすませ、すすめられるまま席に着くと、ヴェルニーナはついてきた店員に注文を頼んだ。そして、かぶっていたフードをはずしてコートを脱ぐ。
もとよりヴェルニーナは、それなりに付き合いの長い二人には比較的警戒が薄かった。とはいえ、フードをとるためらいのなさと、そのこと自体に無頓着な様子に、目ざとい二人は何かを察知して、すばやく視線を交換し合う。
「久しぶりね、ヴェル。調子よさそうじゃない」
「そうだな。ディーも元気そうだ」
ヴェルニーナとディーネは、かつて共に学んだころの呼び方のまま、気安く言葉を交わし始める。続いていくつか他愛もないやり取りを終えると、彼女はヴェルニーナの変化を確認し終え、驚いていた。
ずいぶん雰囲気がかわって……
ディーネがはじめてヴェルニーナに出会ったころ、彼女はまだ少女であって話しぶりもそれにふさわしいものであった。しかし、まるで人里に迷い込んだ竜のように拒絶され、きずつき続けた彼女は、やがて身を守るように口調も態度もかえ、人との無駄な交わりを絶つようになってしまった。
そのころから彼女を知っているディーネは、いま目の前で、口調こそそのままに、柔らかな雰囲気をまとっているヴェルニーナに、なんとも言えないやさしい気持ちになった。
「ねえヴェル……いい人なのね」
グラスを手で揺らし、少し掲げるようにしながら、唐突に脈絡もなくディーネがいう。一瞬きょとんとしたヴェルニーナであったが、すぐに目を伏せてああ、と答えた。
その口調に似合わない恥らう乙女のような仕草に、ディーネは明るい声で続ける。
「サーリアが帰ってきたらあわせてあげるといいわ。きっとよろこぶわよ」
そのつもりだとヴェルニーナが答えると、野次馬根性丸出しでなりゆきをうかがっていたジェイクが、頃合いとばかりに会話にまざり始めた。どんな男だ、いくらしたんだ、などとジェイクが聞き、あまりな言い方にヴェルニーナがあきれて苦笑し、ディーネがいさめる。
そうして、その日の確認は無事おわり、三人は残りの時間でささやかな宴を楽しんだ。
――――短いながら、久しぶりにシン以外と楽しいと言える時間をすごしたヴェルニーナは、予定よりやや早く帰宅した。
「あいかわらず一人で住むにはでかい家だな」
おまけのようにジェイクがくっついて来ているのは、途中でよし見に行こうといい始め、一度は拒否した彼女だったが、なんやかんやと理屈をつけて食い下がられて、根負けした結果であった。
「ちょっとだけだぞ。見たらすぐ帰れ」
「わかってるって。あ、今は二人用か」
ディーネは、ジェイクの見張りについていくか迷ったが、事情をいくつか聞かされて、女の自分が会いに行った場合の不都合が生じるのを心配して、遠慮した。彼女はヴェルニーナの繊細さをしっており、かつて不用意に彼女の領域に踏み込んで、お互いに傷ついた経験があり、慎重になっていたのだった。
ヴェルニーナもその気遣いを受け入れて、ジェイクには、家に上がるな一目みたらすぐ帰れと条件をつけて、めんどくさそうに応対した。
玄関をあけるとシンがいつものように待っていた。
「ちょ、おま、これは犯罪じゃねーか!」
「だから子供っていっただろ!なにもしてない!」
見るなり無遠慮にシンを指差し、さわぎたてるジェイクに、ヴェルニーナはあわてて手を振り全力で否定する。
「ほんとかよー。はー、しっかし、かわいい顔してんじゃねーの」
「もういいだろ、早く帰れ」
ジェイクはあごに手を当てて、じろじろと値踏みするように近寄ってシンを見た。ヴェルニーナはあわててジェイクの腕を引っ張って引き剥がし、玄関どころか門までひきずっていって放りだして、やっぱり連れてくるんじゃなかったと嘆いた。
ジェイクへの対応に必死で、その間シンの相手はできなかったヴェルニーナは、戻ってきてようやくシンの顔をみた。そして、ジェイクのせいだろう不安げな表情の少年を、酔いもまかせて抱きしめて慰めるのだった。
ディーネが、男のジェイクをつれていったときの問題点に気がつき、やっぱりやめさせたほうがよかったかと不安をつのらせたのは、残念ながら彼女が帰宅してからであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます