第11話
リズリーといくつか確認をすませると、ついに帰宅することになった。来るときは一人徒歩だったが、リズリーがあいかわらずの手際のよさで馬車を用意してくれていた。少年の手を引いて家まで帰るのは少しためらわれたので、ありがたくヴェルニーナは申し出を受けた。
用意された馬車は、あえて小さめの車が手配されていた。リズリーの細やかな気配りであったが、そういったことに疎い彼女は気づかなかった。
ヴェルニーナは少年が拒否しないのをいいことに、さりげなく――いや、わりと露骨ではあったが、少年の手を握り続けていた。されるがままの少年に、気を大きくしたヴェルニーナは少年を抱え上げて車に乗せた。それすらも嫌がらず、さらには手を差し伸べてくる少年の手に気をよくし、彼女にしては珍しく素直な反応で握り返した。
この短い間の経験で少しばかり成長したのだろうか。妙な余裕の出てきた彼女は、ささやかなスキンシップを楽しみながら、いそいそと車に乗り込んだ。
――――狭い車内で少年がつまづいた。
不意をつかれた彼女は、とっさに支えようとしたけれど間に合わなかった。前のめりのまま、なんとか右手をついて小柄な体をおしつぶさないようにする。結果、少年と間近に顔を合わせることになった。
至近距離で少年の幼さを残した美しい顔を見る。
調子に乗りはじめていたヴェルニーナは、一瞬で文字通り粉砕された。
きれいな目。早くどかなければ。ほっぺたやわらかそう。やっぱり嫌がってない。どうして……
今日何度目だろうか。オーバーヒートした彼女は、またもや不出来な人形のように動かなくなる。
見送りに来ていたリズリーは、妙な状況にも動揺もなく、二人とも怪我はなさそうなことを確認する。どうすべきか考えたのは一瞬で、まあ問題なかろうと即断したのはさすがと言えよう。今日必要な手続きはすでにすませており、荷物は馬車に積み込み済みだった。
リズリーは扉のそばに控えていた年配の御者に目配せし、太い眉を大きく動かしながら軽くうなずく。男はうやうやしく頭を下げて、リズリーの意図を察したことを伝える。よく教育された彼は、余計な声などかけたりはしなかった。手馴れた様子で静かに音もなく扉を閉めて、ゆっくりと丁寧に馬を走らせ始めたのだった。
とはいうものの、熟練の御者の気遣いも慣性を消し去ることはできなかったので、ヴェルニーナは馬車が進み始めたのに気がついた。きっかけを与えられた彼女の脳は、なんとか働きを取り戻し始める。
ヴェルニーナはいくぶんぎこちない動きで身を起こし、いまだに繋がれていた手を引っ張って少年を座らせた。少年は素直に起き上がると、黒い目でそのままじっと見つめ続けてきた。手は離さない。
リズリーの、小さいながらも自慢の高級馬車は、その値段にたがわず乗り心地がとてもよかった。カタカタと車輪から伝わる小さな音だけ車内に響く。
ヴェルニーナの頭はいまだ火照っていたけれど、まるで空気中に熱が逃げていくように、少しずつ冷静さを取り戻していた。手をつないだまま無言で見つめあう。少年はまだ目をそらさない。
なんだか気まずいような沈黙だった。
でもそれは、少しも嫌じゃなくて不思議な感じの気まずさで。
ヴェルニーナはそれをどう表現したらいいのか分からなかった。
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