第10話
僕はどうやら彼女に買われたらしい、というのは理解できた。らしいと推測なのは、実際にお金を払っているらしきところは見ていないからだ。
だけど、それまでの扱いと、今いる建物の様子。腕輪を彼女がはめて、そのあと彼女に連れられている。いろいろまとめて考えると、やっぱり僕は買われたのだろうと思った。
あの迫力のある女が、濃い顔をこちらに向けて、じっと見て来て怖かった。彼女がずっと手を握っていてくれたのが心強かったが、女と目線をあわせるのは嫌だったので、さりげなく視線を下げてやりすごした。
外にでると、門のところに馬車のようなものが用意されていた。ここにくるまで乗せられていた檻のついたものではなくて、なんだか立派な装いの車だった。馬車のように思ったのは、繋がれている動物が馬に似ていたからだけど、額のところから捻じれた角が一本生えていた。この街に来るまでに見た馬には、ついていなかった記憶があるので、もしかして馬ではなく鹿だろうか。
じろじろと角付きの馬をみていると、彼女がくいくいと手を引いてきた。柔らかい手に力が入って、ぎゅっと握られる圧力にどきりとする。どうやら車に乗るようだと気が付いて、促されるままついていく。
こちらの世界――という表現があっているとは思うのだけど、とにかく、ここの人たちは大柄で、いままで出会った人たちは、西洋人のようにみんな体格がよかった。そのためだろうか、車に乗り込むためのステップは僕には少し高いところにつけられていた。
手すりのような棒がついていたので、手を使えば登れそう。だけど、そのためには今つないでいる手を離さないといけない。でも僕は、もっと彼女に触れていたくて、自分から離すのをためらって、そのままそこで立ち止まってしまった。
すると彼女はあっさりと手を離して、僕の両脇に後ろから手を差し込んできた。少しうつむき加減になっていたのか、彼女の銀色の髪が、はらりと動いて僕の顔にかかる。きれいな髪が触れてることに、とても緊張した。
だけどそれは一瞬のことで、彼女はそのまま軽々と僕をもちあげると、ステップを飛び越えて車の中に僕を立たせた。振り返ると、彼女はステップに片足をかけて右手で手すりをつかむようにしていた。
僕が奥に入るのを待っているのだと察したが、空いている彼女の左手に気が付いて、もう一度彼女と触れたくなって、そっと手を差し出してみた。お返しなので変ではないはず、という計算があった。
彼女は一瞬僕の手を見つめ、すぐに僕の手を取ってくれた。握りかえして、そっと手を引きながらあとずさって彼女の入る場所をあけた。手にかかる重みはなくて、これではお手伝いになっていなかったけれど手を繋げたので満足だった。
車の天井は僕の背よりはすこし低かったので身を屈めないといけなかった。後ろ向きで進んだせいか、それとも慣れない靴がいけなかったか。僕は踵を引っかけてバランスを崩した。
座席の長椅子に仰向けに倒れこんで、反射的に閉じてしまった目をあけると、彼女の顔が目の前にある。手をつないでいたせいで彼女を引っ張ることになり、僕の上に彼女が覆いかぶさるようになっていた。
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