第3話

「このたびはご足労ありがとうございます、騎士さま」


 奴隷商の主人はそういってヴェルニーナを出迎えた。


 応接間に通されたヴェルニーナは、案内の男が出て行くと深くかぶっていたフードを下ろした。女はそれを見ても眉一つ動かさずに椅子を勧める。


 女の名はリズリー。この街を中心に数箇所の街に拠点をもつ腕利きである。近年、頭角をあらわしてきており、いずれは大商人の仲間入りを果たすであろう、という評判にたがわない態度であった。


「さっそくだけど、詳しい話を聞かせてほしい」


 あいさつもそこそこに、ヴェルニーナはリズリーに急かすように話を振る。


「ふふ。もちろんでございます。ですがまだ商品のほうは準備中でございまして。その間に説明させていだだきますわ」


 リズリーは唇をぎゅっとあげ、太い眉を山形に動かしながら優雅に席を促す。さぞ男受けするだろう妖艶なその仕草に、チクリと劣等感を感じながらもヴェルニーナは席につく。


「つまりは借りを返したいのでございます」


 リズリーは、前回の奴隷が逃亡した件を気に病んでいた、という。実際に気に病んでいたかどうかは別にして、ヴェルニーナが払った金額は相場からはだいぶ大きかった。特殊な条件をつけたわけで、リズリーとしても条件にあう商品を探すのにそれなりに苦労もして、また自信もあったのだった。


 にもかかわらず、結果は最悪といっていいものだった。官吏の調査でも、また商館の調査でもヴェルニーナに落ち度はなく、ただただ奴隷の責任であった。もちろん売り手のリズリーにも責任はないわけではあるが、しかしながら評判というものがある。


 ヴェルニーナは大口の顧客であり、また、それなりに譲歩もしていたし、奴隷を見繕ってきたのはリズリーである。ヴェルニーナの容姿のせい、などと心ない対応をする商人も多いだろうが、彼女のプライドはそれをよしとしない。またそのような商人であったなら、彼女がこれほど早く頭角をあらわすこともなかっただろう。


 リズリーはあれからヴェルニーナへの補填として、彼女のパートナー足りえる商品を継続して探していたのである。さすがだな、とヴェルニーナは驚き、感謝した。


「それでやっと可能性のある者を見つけまして」

「本当か」


 微笑みながら言うリズリーにヴェルニーナは率直な疑問を投げる。あれからそれなりに時間はたっているが、果たしてそのようなものがいるのだろうか。ヴェルニーナとしても、わざわざ訪問しているのであるから、まったく望んでいないわけでもなく、むしろ望んでいるのだが、それでもやはり信じきれない話である。


「顔合わせをしてみないとわかりませんが、有望と思います」

「なぜ」

「かなり特殊な商品でして」


 リズリーの話によると、今回の奴隷は育ちに問題があるらしい。素行の話ではなく、端的に言うと知恵遅れ、という話である。つまり、問題物件であるのだが、それゆえヴェルニーナに対しての反応も普通ではない可能性があるという。


「いや、でも、あまり変わらない気がするのだが」


 ヴェルニーナの疑問は当然で、問題のひとつは本能的な恐怖にあるのだから、あまり知恵がどうとかは関係ないように思われる。


「今回の商品はでございます」

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