箱の中身 下

 さて『修行』は、その部屋に入って、『教祖様のありがたい説法』を延々とヘッドホンで聞かされながら瞑想にふけるってものでした。

 いや、これがね、最悪でした。ともかく酷く緩い。

 まずバッテリーがよく切れる。古かったんでしょうね。酷い時は10分も経ったらノイズが入って、音声がぐちゃぐちゃになることもありました。

 次に照明が切れる。これも施設が古いからなんでしょうが、バチバチと明滅するのが鬱陶しいんですよ。瞑想なんだから切ればいいじゃないかと思うかもしれませんが、切っていると勝手に点くんです。どうしようもないですね、ははは!

 そして最後に部屋のドアが施錠されないという点です。

 安全を考えて、なんて幹部の人は言ってましたがね、うーん、安全な修行って何だろうって話ですよ。

 しかも最悪な事に、しょっちゅう誰かが入って来るんです。こっちは目を瞑って無視してるんですけど、それで調子に乗りやがる。

 部屋をばたばた走り回るんですね。足音が凄く遠ざかっていったり、物凄く近くまできて、床が振動していたりする。

 さっきも言ったように一畳くらいの狭い部屋なんですよ? だから遠くまで走って行くフリの為に、コントみたいに足音を大きくしたり小さくしたりしているわけです。しかもそれを大勢でやるんです。一度、薄目を開けたら、裸足の足がたくさん見えましたよ。子供から大人まで勢ぞろいです。


 ここで、僕ははたと気づいたわけです。

 こいつら僕の妨害をしている。つまりは――僕の目的がばれているのではないか?

 まあ最初は暇潰しに教団を潰してやろう、そして今は乗っ取りを考えてるわけですから、どっちみち僕の態度は傍から見ると、アレな感じに見えてしまっていたのかもしれません。

 さて困った。

 出て行くべきか――でも10万払って、嫌がらせで追い払われるってのは、色々と負けたみたいで悔しいじゃないですか? 

 だから僕は幹部の人に言って、ドアに鍵をかけてもらったんです。トイレや食事、出たくなったら携帯から連絡して開けてもらうわけです。

 緩いですよね。

 しかし合鍵か、もしくはその幹部も協力してるんでしょうが、やっぱり大勢が部屋に入って来るんですよ。


 瞑想ですか? 

 そうですね……教祖は宇宙と一体になれ、とかそれっぽい事を言ってましたが、結局は個人的な体験ですよ。目を瞑って集中してるんです。色々と周囲の事象に敏感になるわけですし、そうしていると闇の中に自分の輪郭が溶けて広がっていくような錯覚にも陥りますね。

 で、そういう時に限ってくだらない考えが深まったりするわけです。

 僕の場合は、ほら、趣味のね、箱の中身ですよ。あれについてつらつら考え続けましたね。


 箱の中身を当てるやつ、まあヤラセとかどうか置いておいて、あれはもしかしたら人生を象徴しているんじゃないか? とかね。

 自分の人生って、多分傍から見ればよく判るものなんでしょう。でも自分ではすぐ近くにあるのに、全く判らない。手探りで、恐る恐る表面を撫でて形を知ろうとする。判ったような気がするが答えは決して生きているうち、つまり箱に手を入れているうちには判らないんです。死んだ時に、人生という名の箱から離れる時に、初めて何が入っていたかが判る……。くだらない物が入っている時もあれば、どうして触れたのかと呆れる位に危険な物が入っている時だってある……。

 そう考えているうちに、いや、待てよ、と。

 今、僕が入っているのも箱じゃないか。

 僕こそが箱の中身になっているじゃないか。

 でもそれって、誰に対する箱の中身なんだろう?

 僕か?

 いや、違う……今この瞬間、箱の中身を当てようとしている奴にとっての中身なのだ。

 では、それは誰か――

 神?

 なんてね、ははは!


 そのくっだらない結論まで行くのにどれくらい時間が経ったのかよく判らないんですがね、真っ暗な中で目を開けたんです。泣いてたんですかね? ともかく目やにが酷かったんで瞼がばりって音を立てましたね。

 ドアの覗き窓から入ってくる光が部屋の中を仄かに照らしてるんです。

 で、大勢の人が見えたんですよ。

 ええ、勿論幻覚ですね。だって狭い部屋ですからね、長時間の瞑想、もしくは実は眠り込んでいたのが原因ってことでしょうか。

 ともかく狭い部屋なのに、物凄く奥まで延々と人がぎっちり立っている。

 僕は立ちあがりました。関節がぽきっと音を立てましたね。そうしたら人ごみが割れ始めました。え? 奥行? うーん……百メートルくらいはありましたかね? ともかくずっと人がいて、一番奥に何かがある。

 真っ黒で、大きな椅子――という第一印象を抱きましたね。

 え? どうして部屋から出るんですか? そんなものが見えたのなら、普通は歩いて確認しに行きますよね? 


 なんでそんな目で僕を見るんですか?


 ……まあ、いいや。とにかく僕はそこに向かって歩いていきました。

 時間? んー、一瞬ではなかったですが短かったですよ。まあ当たり前ですよ。だって部屋は狭いんですから。あっという間に僕の伸ばした手の先に壁紙の感触がありましたよ。

 椅子ですか? 消えてましたね。勿論大勢の人もですよ。いや、だからさっきから幻覚だって言ってるじゃないですか? ああいうものは脳内にあるだけですから、どこからか現実の情報を入れてやれば消えるんですってば。

 ん? それから?

 ああ……僕は壁紙をめくったんです。いや、壁紙の下に何かあるだろうって思ったんですよ。はは、勿論ありましたよ。椅子の絵です。真っ黒な――いやあれは血で描かれて変色して黒くなってたのかな――まあ、ともかく椅子の絵ですよ。


 仕置き部屋に閉じ込められたカルト教団の信者が、どういう思いでこの椅子を描いたんだろうって僕は考えました。

 指を噛み千切って、血で描いた椅子。誰が座るんだろうか?

 僕は壁を撫でて――結構長い時間撫でてましたね――それから爪を立てました。ほら、今でも爪が無いでしょう。ともかく素手で掘りおこさなきゃって思ったんですよ。

 真っ黒い椅子に座った何かが、箱を撫でている。

 その箱に入っている物がこの壁の奥にある、そう考えながら掘りましたね。


 さて……ここからは刑事さんや弁護士を始め、お医者さんにも信じてもらえなかったんで、あまり話したくない部分なんですけど、これの所為で再度精神鑑定なんてなりませんよね? ね?

 ……そうですか。はは、安心しました。


 最初ね、崩れた壁の奥に死体があったんです。

 布にくるまれた、干からびた死体です。

 顔は――僕でしたね。

 勿論、壁から出しましたよ。幻覚、もしくは見間違いだって思いましたので、明るい所で確認してやろうって思いましたから。

 ドアを開けて――そう、鍵がかかって無かったんですよ! まったくいい加減な話ですよ!――そのでかい布にくるまれた物を廊下に出しました。

 ごとって音がして、よく見ると金属なんです。

 布を取ってみると、はい、機関銃やら拳銃やら……。

 で、そこで、前のカルト教団、最後に集団自殺をやらかしたあのアホ集団、あれの生き残りが、教団が大規模なテロを画策していたと供述――なんてネット記事を読んだのを思い出しましてね、ああ本当だったんだと感心したものです。


 で、まあ――銃があったら撃つでしょう?


 理由ですか?

 うーん、これも何度も言ってますが、特にないんですよ。銃があったから撃っただけなんです。

 安全装置を外して、出会った人たちを撃っていったんです。教祖はかりんとうを食べている最中でしたね。幹部たちは部屋でお酒を飲んでいる最中でした。

 みんな何も理解はしてなかったと思いますよ。誰も逃げませんでしたしね。


 うん? その黒い椅子に座っている奴ですか?


 ああ、僕がそいつに操られて――そうかー、そういう考え方もできるのかあ。

 でも、あれはそういう神様的なものというよりは――こう、壁の染みみたいな物じゃないかと思うんですよ。怨みとか狂気とかが壁に染み付いたものですよ。

 だから気持ち悪いとは思ったんですけど、影響は……でも最終的には受けたのかな? 僕が入っていた箱を撫でていたのは、そいつだったかもしれませんしね。

 はは、よく判りませんね。


 僕の気が狂ってる、っていうのは僕には判らないですからね。


 とはいえ、こういう事件には『中身』が必要なんでしょう? そうすれば、関わった人や世間が安心するんでしょう?

 だから、そういうことでも良いですよ。

 え? 良心の呵責? また聞きますか……うーん、あれかな? あの教団って子供だけ一か所にまとめて寝せてたんですよ。幹部の人が集団性の教練とか言ってましたが、両親が夜中によろしくやる方便だったんじゃないですかね?

 ま、ともかく、僕その部屋にも銃を撃ちこんだんですよ。でも――そう、流石に気が咎めてドアをちょっとだけ開けて、そこから手を突っ込んで中に乱射したんです。

 あれは――うん、ちょっとだけ心が痛むかな……。


 あ、もうよろしいんですか?

 はい、また聞きたくなったらいつでもどうぞ。判決が出るのはまだ先ですけど、78人殺しましたしね、死刑以外はないでしょう。


 ん?

 …………は!?

 ほ、本当ですか、それ! 初めて聞きましたよ! 

 子供、一人も死んでないんですか? あの乱射で誰も怪我すらしてない! 本当に!?


 はは!

 ははははははははははははははははははははははははは!!!


 いやあ、驚いた……これぞ、神の思し召しというやつですかね!?

 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る