第八話

箱の中身 上

 僕の趣味ですか? 


 そうですね……ああ、あれかな、ネットの動画サイトなんかに違法にアップされてるバラエティ番組。あれのね、1コーナーをひたすら探して視聴するんですよ。

 ほら、あれですよ、箱の中に手を突っ込んで中身を当てるやつ!

 僕はあれが子供の頃から好きでねぇ……。

 しかし、刑事さんも物好きですね。僕はもう死刑確定なんでしょう? 精神鑑定なんていりませんよ。やったことがどういう事かは理解しているつもりですから。調書も大量に取られたし、嘘も言ってないでしょう?

 ……はあ? 趣味ですか?

 成程――趣味で僕の話を聞きに来ただけですか。ふうん、まあいいですよ。僕は既に行きつくところまで行きましたからね、何を話したって現状は変わらないでしょうしね。

 ああ、そうそう、さっきの僕の趣味ね、これ今回の事件に関係あるって言えばありますかね……。


 ふふ、でも刑事さんも調書を呼んで『そこら辺は全部知っていて、確認しに来た』だけなんでしょう?



 じゃあ、好きに話してくれって事なので大学入学の辺りから行きますか。

 僕は――まあ、世間知らずのイキリ野郎でしたね。何をするにしたって自分が一番だと考えていましてね、今は若干謙虚になりましたかね、はは!

 いや、勿論全面的には本気じゃないですよ? ネタが半分ってところです。だから、友人は多かったですね。広く浅くってやつですけどもね。

 まあ、自分じゃない他人を全面的に信用するなんて、今のご時世じゃ自殺行為ですし、SNSみてりゃ大体の人間は心の奥では僕みたいなものだと思ってるんですが、それもやはり傲慢な見方って奴ですかね? むしろ表に出して人にいじってもらおうとする僕の方がまともに思えたりして――はは、脱線ですね。


 ま、ともかく順調に大学生活を過ごしてましたがね、そこでお約束の退屈に襲われるんです。刺激――肉体的じゃなくて精神的な刺激がほしいわけですよ。

 で、まあ――本を読んだり映画を観たりから始めて、違法動画やグロ動画、実際の犯罪現場、麻薬の取引現場に出くわしたこともあるんですが、なんというか今一なんですよね。微妙に面白くない。

 スリルとかサスペンスとか、そういう事じゃなくて精神にガツンと来る『何かが』欲しくなる。

 とはいえ、そんな事は其処らに転がってるわけも無く、僕は結果終始イライラしていたわけです。

 そんな時にね、大学内で勧誘を受けたんですよ。

 そう、僕が事件を起こしたあの教団の勧誘ですよ。

 まあ、僕に声をかけてきて、あっさり入信を許したって時点で、連中が奇跡の力なんて持ってないインチキ教団であることは確定なわけだったんですよね。


 ええっと何だったかな、『教祖は神の声を聞く事ができる』だったかな? 勧誘を受けてファミレスで説明を受けた時いきなりそう言われたんですよね。

 もう大爆笑ですよ! いや、心の中でですよ? 顔には出しませんよ? 僕はそういうのが上手いですからね。誰もあの夜まで僕の事を馬鹿な大学生だって思ってたんじゃないですかね? だって、あの教祖様――名前は吉田さんだったかな、あの人、かりんとうかなんかを齧って僕の事をぽかんと見てましたからね。あそこまで危機感が無い詐欺師ってのも珍しいんじゃないんでしょうかね?

 ああ、また脱線しましたね。

 まあ、ともかくその説明を聞いて僕は、こりゃいい暇潰しが来たぞって思ったわけです。所謂カルト教団なら、精神にクル経験ができるかもしれない。詐欺集団なら、前から宗教をやってる人間を理論でねじ伏せたいって考えてたんで好都合! 

 え? いやいや勧誘してきた奴なんてどうでもいいですよ。信者の前で教祖とかを言い負かすのが良いんじゃないですか!

 だから、僕は結構わくわくして入信したんですね。

 とはいえいきなりレスバ――論争をしても『教義とかに逃げられる』と面白くないですからね。そこら辺もしっかり学んだうえで、『徹底的にぶっ潰してやろう』と考えたわけですよ!


 初めて教団の施設に行ったのは六月の始めの週の金曜でした。ちょっと離れた山の中にあって、しかも百人ぐらい住み込んでいる。雰囲気はバッチリでしたね。いいぞいいぞと僕は心の中で笑ってました。

 教団は――すいません不勉強で専門用語は判らないんですけど、教祖様と幹部が信者から金を巻き上げる、『典型的な』詐欺宗教でしたね。

『神のお告げ』が『御神体』を通じて教祖の頭に舞い降りてですね、それを信者が有難がってへこへこするわけです。

 いや、感心するところもあるんですよ?

 信者も教祖も、『薄々』というか『口には出さないが』自分達が何をやっているか完全に理解しているんですよ。

 つまり誰も何も信じてないわけですね。フリですね、フリ。ははは! で、そのフリが『どういう役目』をしているかを完全に判ってるわけです。

 信者は『現実から逃避する理由』とか『そこからくる安心』を、教祖の『嘘』から得ているわけです。で、見返りに『財産の一部』を出しているわけです。winwinなわけですよ。

 で、逆に僕は一週間も経たないうちに退屈しちゃったわけですね。だって、熱心な人は誰もいないんです。精神にクル経験も、言い負かす相手もいないわけでして……でも、釣り用として10万円をお布施しちゃってるわけでね、僕としてはこれで終わられちゃ困るわけです。


 僕が『修行』を申し出たのはそういう経緯だったわけです。いや、『もったいない精神』だけじゃないですよ。実は――『この宗教のっとってやろうか』って考え始めたんですよ。

 だって教義自体は一時間もあれば暗記できるし、中身は仏教やらキリスト教やらの良いとこ取りですからね? で、それっぽい用語を神道やら修験道から拝借しているパッチワーク宗教――つまりファミレスのメニューみたいな宗教なわけですよ。つまりメニューを覚えれば僕にだって教祖ができるんですよ。

 でもそれには『箔』が必要なわけです。残念な事に、海外に修行に行ったとか、幼少より滝にうたれて大悟しまくったなんて過去は入信の時に言ってないんでね、箔は今から付けるしかないわけですよ。


 というわけで僕は、あの地下に連れていかれました。

 勿論、僕の他には修行をしている人なんていません。

 幹部の人は嬉しそうにこれが終われば君も幹部だなんて言ってましたね。いや、僕もそれとなく幹部候補に入れてくれって仄めかしてましたからね。そうやって取り入って、切り崩してどれだけ自分の味方に付けられるかなんて値踏みもしてましたね。ふふ、ゲームみたいで楽しかったですよ?


 地下には階段を下って行くんですがね、その時に初めて僕は妙だぞって感じたんです。

 地下はちゃんとしてるんですが、妙に古いんです。

 で、それとなく幹部の人に聞いてみると、なんとこの施設――ふふ、刑事さんにこんな事を言うのもアレですよね? え? 何も知らない体で話してくれ?

 ああ、録音してるんですか。成程、この録音から始めて僕の話にも触れる人がいるかもしれないって事ですか。成程。

 ええっと、その施設なんですが、某カルト教団の跡地を買い取った物なんですね。つまり宗教施設の居抜きですね。まあ、山奥に一から水道だ電気だ宿泊施設だとか作ってたら大変ですからね。宗教ってのはそこら辺の算盤勘定も必要ってわけですよ、ははは!


 地下には修行部屋がたくさんありましたね。方形でドアの覗き窓以外はない一畳くらいのものでして、そこに入って瞑想するわけです。まあ、僕の予想ではここ、元は仕置き部屋だったんじゃないかな、と。だって壁紙をちょっとめくってみたら壁は爪で引っ掻いた跡だらけでしたからね。

 ほら、前のカルト教団――暗黒のなんちゃらを信奉してる連中は、信者を拷問して何人も殺してるんでしょう?

 僕はそれに気がついて、やっと面白くなってきたと喜んだものですよ。

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