第58夜 ハイヒールの音

 残業で遅くなった日の夜のことです。


 帰宅しようと地下鉄に乗りましてね、いちど乗り換えるんですが、連絡が悪くて結構歩くんです。


 同じ駅で降りる人もあまりいなかったくらいで、連絡通路に出たときには、あたりには誰もいませんでした。


 早く帰りたかったので、急ぎ足で歩いていると、誰かの足音がこちらへ向かってきているのに気づきました。


 カツン、カツン、カツン……と。


 ハイヒールのようでした。


 私の進む道は、つきあたってから左手へと曲がるものですから、当然、角を曲がったときには女の人が歩いているのを予想しました。


 向こうも足早に歩いているようです。


 遠ざかっているのか、近づいているのかは、よくわかりません。ですが、足音の様子から、何となく二十代かなと思いました。


 その間にも、ハイヒールの踵や爪先が立てる音が、続いていました。


 カツン、カツン、カツン……。


 だんだん音が大きくなってきました。


 こっちにくるのかと思いつつ角を曲がっても、予想していた女の人の姿はありませんでした。


 しかし、なおも音がしています。


 カツン、カツン、カツン……と。


 私は思わず、立ち止まりました。


 ヒールの音はそのまま私と行き違って、それからしだいに遠くなっていきました。

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