第59夜 文字を読むと
じゃあ聞いてくださいよ、俺、本当にヤバいと思ってるんですから……。こないだ九州の小さい島に行ったときのことなんですけど、もしかお祓いとか、したほうがいいかなって思って。
そこへは彼女と行ったんですけど、着いてからあちこち見て回ったもんで、ホテルに戻ったらもう夕方だったんですよね。いやあ、いちどチェックインして荷物は置いて、ちょっと外に行ってみようかって軽い気持ちだったんだけど。
もう飯も食う気にならないくらい疲れちゃってて、足もパンパンだし、なんであんな歩き回ったか不思議なんですけど。
それでね、交替でシャワーを浴びてベッドに横になったら、すぐに寝ちゃったんですよ。
そこで夢を見て。やっぱり彼女と歩いてるんですよね。石畳の道を。
あんま勾配のきつくない坂をあがってって、上まで行ったら、両側は芝生が広がってて、公園みたいになってたんです。あちこちに、子供が遊ぶもんがあってね。
道は続いてて、しばらく歩いてったら、十字路にぶつかったんです。そこで、なぜか彼女が、怖いっていうんです。
何が怖いんだよって聞いても、ただ怖いとしかいわないし、まわりを見回してみても特に変わったところはないんです。
そこからたぶん、まっすぐ道なりに進んでったんですが、あんま憶えていません。
次の場面に切り替わったら、目の前に石碑が立ってて、俺たちはその前にいました。石碑には文字が二行になって彫られて、それを読もうとするんですけど、これもよく憶えていません。
夢の話はここまでです。
それから夜中に起きて、腹減ったから飯食ったくらいなんで中間は省略します。
話は飛んで次の日も、何だか疲れてるってことで、昼までホテルでだらだらしてしたんですよね。
でも、せっかく旅行にきたんだしって、ちょっとまだ疲れてたけど外に出ようってなった。
前の日のくりかえしなんですけどね。あてもなく歩き回って、土産物屋をひやかしてみたり、昼飯何を食おうかって何軒も探したりね。
そのうち、だらだらした坂に出たんですよ。はい。夢と同じです。石畳だったし。
何か嫌な感じがしてきたけど、そのまま歩いてったら急に視界が開けて、道の両側が芝生になりました。
やっぱりそこは公園で……もう、嫌だな。本当に嫌だ。
十字路まできたら彼女が怖いっていうんですけど、夢とは違ってそう感じるのは当り前だったんです。
そこから先は、墓場だったんです。
俺はもう、ほんとに今、後悔してるんですけど、そこで石碑のことを思い出しちゃったんですよ。
いや、石碑じゃなくて、現実では墓なんだろうなって、予想はついたんです。それでも何という字が彫られるのか、確かめたくてたまらなくなったんです。
彼女をなだめながら道なりに進んだんですから、結局夢と同じになっちゃってるんですよね。
墓地の敷地の向こうは海でね。木立のあいまにコバルトブルーの海が見えてて、つきあたったところの石碑が……いや、やっぱり墓だったんですけど、よけいに引き立つような印象でした。
そこに彫られていた字は何かといいますとね、俺の名前だったんです。
うん。全く、同姓同名でした。
彼女も気づいて泣きだしちゃうし、俺は背筋が寒くなって。それからもう、当り前だけど楽しい気分にはなれませんでした。
帰ってからもずっとね。何だか気分が落ち込むんです。ふと何かの拍子に、ああ俺は今、こんなに落ち込んでるんだ、って気づくんです。もう、ほんと楽しくない。
やっぱり、お祓いしてもらった方がいいですよね。彼女とはまだ何とか続いてるけど、そのうちダメになりそうですし。
こんなの、偶然にしたってほどがあるでしょう……。
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