第15話 変わらない私は②
一日の講義を終えて、リアは自室まで戻ってきた。
扉を後ろ手に閉め、カバンを置く。
するとすぐさま少女の横にセイが現れ、リアへ話しかけた。
「リアちゃん! 大丈夫?! あの金髪の人間、女の子を殴るなんて! 信じられないよ!」
一柱の神の声に、少女は何も答えない。
俯いたままリアは部屋の中央へと進んでいく。
セイは少女のその様子を首を傾げて見た。
考えてみれば今日一日、リアの行動はどこか変であった。
普段であれば、講義の時間以外は一人になろうとする傾向があったのだが、今日に限ってはそれをしようとはしなかった。
まるでセイと出会うことを避けるように、リアは人のいる場所に居続けた。
誰かがいる場所では、決して出てこようとはしないセイを避けるかのように。
少女が振り向かずに一柱の神へと問いかける。
「ねぇ……セイ君は、私のことどう思ってるの?」
突然の言葉に面食らったセイが驚く。
それを気にもとめず、続けてリアが問いかけた。声は何かをこらえるように震えている。
「ねぇ、教えてよ……。セイ君はどう思ってるの……?」
重ねて聞いてくる声に、一柱の神は戸惑いながらも言葉を返した。
「どうって……その」
その声を遮って、リアが口を開いた。
「ただ自分を召喚しただけの女……? 命を危険にさらした危険人物……? ご機嫌取りの難しい小娘……?!」
「ち、違うよ! そんなこと思ってない!」
「じゃあなんで!!」
リアがセイへと振り返る。
瞳一杯に涙をためて、少女が一柱の神を見た。
少女は胸の辺りを握りしめると、セイへと告げる!
「なんであの時、助けてくれなかったの!!」
セイが息を飲んで、少女を見た。
「私が苦しんでるのを、何でただ見てるだけだったの?! それともあの時そこにいなかったの?! 私の側にいてくれるってそう言ってたのに! なんで、なんで助けてくれなかったの!!」
「そ、それは……」
「痛みにうずくまってるときも、その後も! なんで何も言ってくれなかったの?! なんで何もしてくれなかったの?! なんで、なんで!!」
「そうしようとするのを、ワタシがお止めしました」
二の句を告げられなくなったセイの代わりに、式神のハコが現れると少女に説明した。
「失くした力を見つけ出したとはいえ、それを取り戻すことが出来ていない以上、必要以上に体を晒すのは避けるべきと、そう私が止めたのです。セイ様は貴方を助けようと、何度も顕現しようとしていました」
「何とでも!」
そう大きな声でハコに言い返した後、少女はうつむき再び続ける。
「何とでも言えるよ……。私には二人の事見えないもん。二人が私がいないところでどんなこと話してるかとか、何をしてるかなんて、私には分からないもん……」
「被害妄想です。我々は、少なくともワタシは、貴方にそこまで興味を持っていません。貴方を害そうなどと、考えたこともございません。第一、自分を虐める人間は放っておけと、そう言ったのは貴方ではありませんか?」
「だから私が何されたって気にしないって?!」
「ワタシはそう思っています。まぁ、ワタシの主は違うようですが。いい加減そのような被害者ぶった言い回しはムギュ!」
「ハコさん! そこまで! 言い過ぎだよ!」
少女の突然の剣幕に思考を止めてしまっていたセイが、ようやく意識を取り戻すと、ハコを自分の胸に抱きこんでその言葉を止めた。
「リアちゃん。ごめん……! でも君の事を嫌ってるとか、憎んでるとか。恨んでるとかそんなことはないよ! これは本当!」
一柱の神が真摯な表情でリアの事を見るとそう告げる。
そのいっそ必死とさえ見える様子に、少女は流石に気勢をそがれたようであった。
だが、それでも首を振りながら、セイへとリアが言い放つ。
「知らない。そんなの知らない! 出てって! 出てってよ!」
そう言いながら一柱の神を手で押すと、扉を開けてセイとハコを部屋の外へと締め出してしまった。
その後扉を勢いよく閉じると、リアはその場に崩れ落ちるようにして座り込んでしまう。
そして一言、ぽつりとこぼすようにして言葉が漏れる。
「何やってるんだろ……私……」
小さな水滴がいくつも落ちて、床の色を黒く変えた。
――――――
「ハコさんどうしよう! 一大事だよ、これ! どうしよう?!」
「確かに。あの遺物を小娘に握られたままというこの状況は、非常にまずいと言っていいでしょう」
「そっちじゃないよ! リアちゃんに嫌われちゃったって事の方!」
締め出されたセイ達が、人目を避けるために体を消してから言い争い始めた。
ハコに描かれた鳥がこれ見よがしにため息を吐くと、主に向かって言う。
「セイ様、優先順位をはき違えてはなりません。あの小娘の事などより、まずは御身≪おんみ≫の事を第一に考えて下さい。今、思案すべきはいかにしてあの遺物からセイ様の御力を取り出し、それを取り戻すかということでございます」
「そんな昨日、今日といくら考えても分からなかった事を、今更考えてもしょうがないじゃん!」
主従二人は何とかして遺物から力を取り戻そうと、昨日からずっと思案していたが、有効な方法は考えつけていないようであった。
バングの部屋にあった魔法陣を利用して力を取り戻せないか、とも考えたが無理であろうという結論に達していた。
セイの力は神の力だ。
人間が使う魔法陣などで制御しきれるような物ではない。
遺物から直接吸い上げるような形で取り戻さなければ、意志を持たない神の力がこの世界にどのような悪影響を及ぼすか想像もつかなかった。
下手すれば暴走してしまう可能性だってある。
そうなってしまった場合、力のほとんどを失っているセイでは事態の収拾をつけることなど不可能だ。
うかつな行動は逆効果にさえなりかねない。
それに加えて今朝の事件だ。
朝、少女に起こった出来事以来、心配でセイは考え事など出来ない状態になってしまっていた。
朝からずっと悶々としながら、リアが一人になるのを待っていたのだ。
そしてようやく一人になったと思い、姿を現してみればこのざまだ。
一柱の神は頭を抱えて扉に寄りかかるようにして座り込んでしまった。
「ああ、どうしよう、どうしよう……。こういう時ってどうすればいいんだろう……」
「はぁ……小娘の事など放っておけと言っていますのに……」
「そういう訳にもいかないよ! ……あ、そうだ! 仲直りにいい歴史が『神々の歴史書』にあるよ! あれを使って――」
「馬鹿を言うのはやめてください。セイ様、『想起する歴史』の権能を使ってはなりませんよ? 分かっているでしょう? 使ってしまえば、力を使い果たして貴方の存在自体が消えてしまうということぐらい……。愚かな言動は慎んでください」
「けどぉ……だってぇ……」
「事ここに至っては、ただ待つのが至上の策ではないでしょうか。時は我らの敵ですが、今の状況にとっては味方です。あの小娘も一晩たてば頭が冷えるでしょう。話すのはそれからでも遅くないのでは?」
「じゃ、このまま朝までじっとしてろっていうの? こんな半端な気持ちのまま一晩も?!」
「千年の孤独にくらぶれば一晩など一瞬ではないでしょうか?」
「それは、そうだけどさぁ……」
セイが天井を見上げた後うつむいてため息をつく。
「ただ待つだけ、ってつらいよ……」
セイは膝を寄せて三角座りをすると、体を丸めて顔を隠してしまった。
そのまま、眠ることも出来ない一柱の神の長い夜が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます