第14話 泥棒勝負
私の体が私の意志とは関係なく動かされ、飛んだり跳ねたり、普段の自分では出来ないような動きをしながら前へと進んでいく。
「いや、ちょっと……! きゃあ!」
とんでもない高さまで一足で飛び上がり、何度目か分からない悲鳴を、意図せず喉が出す。
信じられないほどの速さで走りながら、敷地に植えられた大きな木を飛び越える。
着地と同時に体が動く。速度をほぼ落とさずに前へと進んでいく。
『へへ……。セイの野郎も馬鹿だぜ。こっちは泥棒の神だってのにまんまと勝負に乗ってくるたぁな。これで俺様の名前にも箔が付くってもんだ……』
重なる誰かの口が開き、私の口もそれに合わせて動いた。
不思議な感覚だ。
まるで自分の体を操られているような状況なのに、同時に自分がこの体を操っているような感覚もする。
セイ君がジョウと呼んでいたこの彼の考えが、私自身にも入り込んできているようであった。
『チッ……』
舌打ちを一つすると私達は足を止め、その場に素早く倒れ伏した。
倒れたと言っても体全体を地面につけたわけではない。
体を少し丸め、足先と手の指先を立てて体を浮かし、いつでも身動きが取れるような体勢を維持している。
少し先を大きな黒い狼が
大きい。遠目で見れば何かの建造物かと見間違うほどの大きさだろう。
赤い目が光り、辺りをねめつけながらその巨体が歩いている。
『へっ奴さん何を盗む気だぁ? こんな護衛がいるたぁよ。ま、この俺にかかりゃ楽勝だがな』
どうも場面がもう変わっているようだ。
どこかに忍び込んで、何かを盗み取ろうとしている。
その状況までこの『歴史』は進んでいるようであった。
「リアちゃんごめんね。ちょっと大変だけど、絶対大丈夫だから……」
私のすぐ横で誰かの声がする。聞き覚えのある声、セイ君の声だ。
私は驚いて辺りを見渡したが、彼の姿は見えない。
きょろきょろと辺りを見渡す私を無視して、彼の声が響いた。
『おーい! ここに泥棒がいるぞぉ! 警備の皆あつまれー!』
大声を聞いて巨体の狼がこちらを振り向く。その赤く光る目は間違えなく私を捉えていた。
「セ、セ、セイ君?! 『てめぇ、セイこの野郎! なんてことしやがるんだ!』」
ジョウさんと私が同時に声を出し、見えないところにいるであろうセイ君の名前を呼ぶ。
それに彼は言葉を返した。
「『これぐらいがいいハンデでしょ? そっちは泥棒の神なんだし』 ごめんねリアちゃん。でも捕まったりしないし、リアちゃんだってバレる事もないから安心して」
「そ、そうは言うけど……!」
「大丈夫大丈夫。ジョウもボクと同じ神様だよ。これぐらいなんてことないのさ。『それじゃあねぇ~。バイバーイ』」
セイ君の声が遠ざかる。それとは逆に警備の魔獣が前から迫ってきていた。
『糞ったれ!』
口ぎたない言葉が意図せず漏れる。
その言葉と共に、私の体は伏した状態から矢のような勢いで飛び出すと、巨体のその足元へと向かって突撃した。
魔獣が姿勢を降ろして私たちを捕らえようとしてくる。
『おっせえんだよ!』
捕まえようと動かされる魔獣の足の動きに対して、私達の体は完璧に対応した。
振り下ろされる前足の横をすり抜け、その体の下を潜り抜け、股の間を通り抜けると、勢いもそのままに魔獣を置き去りにしてまっすぐ突っ走る。
だが、行く手を遮るのはその魔獣だけではなかった。
空から白く輝く怪鳥が、私達の事を照らし出そうと光を放ちながら集まってくる。
また先ほどの狼型の使い魔と同じ種類と見える魔獣たちが姿を現し始めた。
一瞬、足を止めて辺りを見渡す。
四方八方を囲まれるような形になっていた。まるで連携して行われる狩りだ。
恐怖に身が縮こまる。普段であればそのはずであった。
だが、今日は違った。多分重なり合うジョウさんが、この危機的状況でも恐れを抱いていないからだ。
『へっ、この程度でこの俺様を捕まえられると思うんじゃねぇぞ! 俺のもう一つの権能の力! 見せてやるぜ!』
怪鳥が放つ光が私たちを照らし出そうとする。
放たれる光が照らすその一瞬前に、ジョウさんは口元の布を取り去ると、私たちは声を合わせて叫んだ!
『世界よ! 俺の歌を聞きやがれ! 神威発現! 眠り子忘却の唄!』
緊迫した状況にも関わらず、場違いな間延びした歌声がその場に響いた。
『ね~むれ~ ね~むれ~ お~さな~ごよ~ すべてをわすれ~ねむりつけ~♪』
ジョウさんの声と私の声が二重奏になって響き、宵闇が覆う世界を満たす。
その声を聞いてか、近づいてきていた魔獣たちはその動きを緩やかにさせ、その場に倒れ伏していった。
飛んでいた怪鳥も放っていた光を止め、地面に落ち寝息を立て始める。
「す、すごい……」
歌声が止まり辺り一面すっかり静かになったのを見て、思わずそうつぶやいてしまう。
この魔獣たちだけではない。
先ほどまで聞こえていた虫の鳴き声や、生き物たちの生活音もすっかり消えてしまっていた。
うっすらと深い呼吸音だけが聞こえる。辺り一面全ての生物が眠りについてしまったのだ。
驚きポカンと口を開けてしまう。
ジョウさんはそんな私に構わず、口元をもう一度覆い隠すと姿勢を低くして走り始めた。
私の体もそれについていく。
『セイの野郎。思い通りにはさせねぇぞ!』
私達の体は目的地へ、教員棟へ向かって進んでいった。
ーーーーーー
「ここだ……」
力の反応を頼りに姿を完全に消したセイが、一つの部屋の前にたどり着く。見覚えのある部屋であった。
昼にやってきたバングの部屋だ。
セイが扉を開けようとする。何の抵抗もなく扉は開いた。カギが付いているようだがかかってはいない。
セイはそれを当然のように受け入れると部屋の中へと入って行った。これもまた過去の記述の通りだったからだ。
散らかった部屋の中を足早に進むと、机の上に魔法陣と一緒に灰色の棒のようなものが置かれているのが見えた。
セイにとってもどこか見覚えのある物だ。
少し考えた後、それが何か思い出す。
自身が召喚された時に、魔法陣の中に置かれていた物と同一の物だ。
羊皮紙に描かれた魔法陣を読む。
対象の力を目覚めさせ、それを増幅させる力がこもった陣の様であった。
同時にその力を魔法陣へと移し替える呪文も書かれている。
今はまだ、その段階までは至っていないようで、棒の中に残った力を目覚めさせているところのようだ。
セイはその陣の中に手を伸ばすと棒を手に取った。
表面を撫でそれを確認すると一柱の神が眉をひそめさせる。
その筆には間違いなく自分の神としての力が閉じ込められていた。
だが同時に別の神の力も感じたのだ。
「これ……こっちの世界の神の遺物じゃん……。棒……いや先がなくなってるだけで筆か何かか……。なるほどねぇ……」
謎が一つ解けた。
神である自分が、つい最近魔法を使えるようになったばかりのリアに召喚された事を不思議に思っていたが、この棒が原因らしい。
神の遺物の力によって増大された力が自分を召喚したのだ。
しかもこの神遺物は筆だ。
記述の神である自分を呼び出すのにうってつけではないか。
思考を巡らせると、セイはそう結論付けた。
不満げにセイが口を尖らせると独り言をつぶやく。
「もう……こっちの神はいい加減だなぁ。こんなもの残しちゃ人間の生活によくない影響がでちゃうよ……。それともわざと……? うーん。魔法とか召喚とか何考えてんだが……」
思惑にふける神は暗い部屋の中で、別の人影が頭上から降りてくることに気が付かなかった。
『あっ……』
突然、持っていた棒が天井側から伸ばされた手によって奪い去られる。
セイが見上げてみると、覆面の下で笑顔を浮かべたジョウ達が、天井から垂らされた糸につかまり、逆さまになってこっちを見ていた。
「セ、セイ君! そこにいるの……?! ごめん、こっち見ないで……!」
リアが必死な口調でそう告げる。
少女は制服姿のままなのだ。
長いスカートがめくり上がり、肌着が見えてしまいそうになっていた。
いや、前に立つセイからは見えなかったが、角度によっては完全に見えていただろう。
「ご、ご、ご、ごめん……!」
一柱の神が慌てて、目を逸らす。そんなセイにジョウが話しかけてきた。
『俺の勝ちだな? セイよぉ?』
顔を赤く染めながらも、ジョウの声に対してセイが姿を現す。
黒い闇が浮かび上がり、空気に溶けるようにして消えていくと、闇の中から着物姿のセイがそこに現れた。
ジョウの声にセイが答える。
『勝ちぃ? どうかな? それはまだ分からないよ?』
『へっ! 強がりもそこまでにしとくんだな! あばよ! てめぇじゃこの俺には勝てねぇんだよ!』
ジョウそう言うとひらりと床に降り立ち、入るときに開けた窓から外に向かって飛び出していく。
その手に遺物の棒を持ったまま彼らは闇夜に消えていった。
それを目で追いながらセイが独り言を言う。
『ジョウ……。はじめっからこの勝負ボクの勝ちで決まってたんだよ。ボクが何を盗むか君には直前まで分からないって時点でね』
セイがそう言うと開いた手の先から闇があふれ出し、そこにジョウが盗んでいったものと同じ灰色の棒が現れた。
セイはジョウを騙すことに成功していたのだ。
セイが『夜』の神として持つ権能のうちの一つ『幻惑する闇』の力を使い、彼にただの木の棒を握らせて逃がしたのであった。
遠くで誰かの怒った声が聞こえたような気がした。
『ふふーん。まぁボクの方がほんの少しだけ先に産まれた分、経験勝ちってとこかな?』
そう得意げに言った後、大きく息を吸いそれを吐くと、セイはやるせなさそうな表情を取った。
ぼんやりとした表情で窓の外の闇を見ながら、セイがぽつりと漏らす。
「結構楽しかったんだなぁ……。今思うとだけど……」
当時は面倒な弟の相手をして、うんざりしたような気持ちになったことを覚えている。
今にして思うと、以外と楽しかった。
数千年後に独りぼっちで寂しい思いをすることが分かっていれば、もう少しちゃんと相手をしてやればよかったと、そうも思う。
「あ、やば。さっさとリアちゃんを追いかけてこの歴史の想起を終わらせないと……」
ハッとしてセイがそうつぶやく。
この後は忍び込んだことがばれたセイが、建物の主であり姉である『太陽と陽気』を司る女神にこっぴどく叱られる記述が残っていた。
それが始まる前に想起の力を止めてしまわなければならない。
セイもまた窓から飛び出してリアの後を追いかけていった。
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