第13話 想起される歴史
リアと一緒に寮へと戻った後、セイは半透明な姿のまま、少女の部屋の中を頭を抱えて歩き回っていた。
窓の外には月が赤く輝いている。
夜だ。陽が沈んでから随分と経ちすっかり暗くなってしまっている。
狭い部屋の中をランプの弱い光だけが照らしていた。
リアは椅子に座り、バングに言われた課題に早速取り掛かっている。
その少女の後ろを一柱の神はうなりながら行き来していた。
「あ~あ~。どうしよ~」
ハコがうろつく主の独り言に答える。
「どうするもこうするもございません。さっさと回収しに向かうべきでしょう」
「それは分かってるよ! 悩んでるのは別の事なの!」
「悩むことなど何もないでしょう。こうなってしまった以上、この小娘にさっさと事情を話して、権能のある場所までついてこさせましょう」
セイ達の体は、力を失ったこともあって、現在不安定な状態にあった。
そしてそれは召喚者であるリアから離れれば離れるほど、酷くなる傾向があった。
ある程度は神の力を全身に巡らせることで対応できるが、そうした場合力の消費が通常とは比べ物にならない。
権能の反応がある教員棟は、今セイ達がいる学生寮から授業棟を挟んだ向こう側にあった。
かなり遠い場所だ。少女から離れて取りに行くのは現実的ではない。
そうである以上、少女に協力をあおぎ権能探しに付き合ってもらうのは必須条件であった。
セイがハコに向かって口を尖らせると言い放つ。
「だってさぁ! ボクとこの子の関係、今結構いい感じに進展してるじゃん!」
「はぁ……。まぁ、悪くはないでしょうね」
「ここでボクから何かお願い事するのって駄目じゃない?! お願いを聞いてもらうためだけに仲良くしてきたんじゃないかって、そう思われない?! それって怖くない?!」
「思われるも何も、もとよりそれが狙いではございませんか」
「そうだけど! そうじゃないんだよ! もっとスマートで賢い方法があると思うんだ。友情を裏切った、みたいなこと思われないようなさ!」
「…………心底どうでもよろしいかと」
ハコはそういったが、セイの耳には入らなかったようだ。
一柱の神が唸りながら頭を抱えて部屋の中の行き来を再開する。
ふとリアが顔を上げると背後を見て、小首を傾げた。
いつもであれば、ルーンを書いていればセイが後ろに現れて、色々と教えてくれたものだが、今日に限ってそれがなかったからだ。
少女が口を開くと、セイの事を呼ぶ。
「セイ君? いるの?」
少女の問いかけにセイは頭を抱えながらも姿を現すことで答える。
その何やら苦しんでいるような様子を見て、リアは重ねて問いかけた。
「どうしたの? 何かあった?」
セイはそれに答える事が出来ない。
両人差し指を突き合わせてうじうじとしていると、見かねたハコが姿を現し少女の問いに答えた。
「実はと言うと我々はこの世界に召喚されてからずっと、窮地にあったのでございます。ぶしつけではございますが、是非ともあなたに助けていただきたく思います」
「ちょちょっとハコさん!」
「セイ様は少し黙っていてください。今のその調子では話が一向に進みません」
リアは常ならぬ様子のセイ達を見て、首を傾げるとハコにまた聞く。
「窮地って?」
「はい。我々、実は今まさに消滅の危機に瀕しているのでございます」
「消滅?!」
不穏な言葉を聞いてリアが驚き声を上げる。
ハコはかいつまんで自分たちの現状を少女に語った。
召喚を無理やり拒否しようとした結果、持っていた権能を失ってしまったこと。
今の状況ではそう長くは体を維持することが出来ないという事。
そう言った諸々の事情を包み隠さずハコは少女に語った。
初めは驚き言葉を失っていた少女であったが、その話を聞き終わるころには、苦しそうに表情を変えてうつむいてしまった。
リアが謝罪の言葉を告げる。
「ごめんなさい。私のせいだよね……。私が召喚なんかしたから……」
「その通りでございます。深く反省してください」
「ちょ、違うって! ボクが無理に召喚を破ろうとしたのが問題なんだって!」
リアが泣きそうになる目を手で拭うと、首を振ってセイの言葉を否定した。
「ううん。セイ君ごめん。私自分の事で一杯一杯で、セイ君がそんな大変なことになってるなんて気づきもしなった……。こんなんじゃ、こんなんじゃ駄目だよね……」
リアが前を向くとセイの事をまっすぐに見た。
その後普段の少女にはない力強さで告げる。
「セイ君、今まで気づかなくてごめん! でも、私に出来ることならなんでもやるよ! だから一緒にその力を探そう!」
ハコに描かれた鳥が胸を張って自慢げな格好を取る。少女を協力させることに成功したことを誇っているらしい。
逆にセイはどこか不安げな様子で少女の事を見た。
「本当にいいの? 無理してない? 嫌だったら嫌だって言わなきゃダメなんだからね?」
再度首を振ってリアが答える。
「いいの。だって、私、セイ君に本当によくしてもらったから。貰ってばっかりだったから。だから今度は私の番だよ。セイ君のために私が何かをしたいの」
今度はセイが泣きそうになる番であった。
心配は杞憂であった。リアは本当に素直で純朴な少女で、セイが心配していたように人の二面性を疑うような素振りさえ見せなかった。
まさか自分が他者とこんなにいい関係性を持つことが出来るなんて……。
一柱の神はそうひとしきり感動に浸った後、改めてリアへと向き直ると問いかけた。
「ごめんね、リアちゃん。それじゃ、その……手伝ってもらってもいいかな?」
リアが笑顔で答える。
「うん! もちろんだよ!」
そう答えられたセイは顔に笑みを浮かべ一つ頷くと、早速権能の奪還のためどうするべきか考え始めた。
ーーーーーー
席に座る少女が机の上に広げたノートに、学校の簡単な地図を書いていく。
学生寮、授業棟、教員棟、三つの施設を横に並べて書いて、リアは教員棟に丸を一つつけた。
それを隣に立つセイが覗き込む。
「セイ君の力があるって言うのはこの教員棟なんだよね?」
「うん。方向と位置的にそこだと思う」
今までは何も感じなかったが、夕方ごろからその力をうすぼんやりと感じ始め、今ではその感覚がはっきりとしたものになっている。
まず間違いなく教員棟にあるだろう。
「でも、もう夜だし、今すぐ取りに行くのは難しいよ……。夜はね、学校の警備のために先生たちの使い魔がそこら中に放たれてるの。見つかりでもしたらひどい目に合うって話で……」
実際に夜遊びをしようと寮を飛び出した生徒が、黒く大きな狼に咥えられて寮の前に朝まで吊るされるという事件が起こっていた。
現実的に考えて敷地を横断して教員棟に入るのは無理だ。
翌朝まで待って侵入する手段を探した方がいい、言外に少女がそう告げる。
だがセイにも翌日まで待っていられない理由があった。
「だからって待っていられないよ。さっきからボクの力どんどん大きくなってる。ほったらかしにしてたらどうなるか、全く予想もつかないよ……」
今の今まで感じる事さえ出来なかったというのに、今になってその力が膨れ上がっているのをセイは感じていた。
欠片とはいえ神の力だ。このまま大きくなるとこの世界に対してどのような悪影響を及ぼすか分からない。
「でも……どうすればいいか……」
「そうだねぇ……」
セイが考え込むようにして眉間にシワを寄せる。
そしてふと何かを閃いたかのように目を見開くと、興奮しながらリアに話しかけた。
「そうだよ! リアちゃん! 君が手伝ってくれるんだったら、この状況何とかできるかも!」
「えっ、私?」
その言葉を聞き、少女がセイの事を見る。
一柱の神は自信ありげな顔をすると、人差し指をたててリアへと語った。
「ふふ~んこう見えてもボクは神様だよ? こういう一見無理そうに見える状況だって何とかできちゃうのが神様の凄い所さ」
「ほんと……?」
リアが疑問ありげにセイへと問い返す。
少女からしてみれば、セイはただ姿を消したり表したり出来る、字を書くのが上手い少年にしか見えない。
そのセイが今のこの状況をどうにかできるとは、にわかには信じられなかった。
一柱の神は自信ありげに片眉を吊り上げるとリアへと言い返す。
「ほんとさぁ! 今こそアメノセイ君の、たった一つだけ残った権能の出番ってわけ! さぁ出でよ! 我が『神々の歴史書』よ!」
セイが胸の前で両手を強く打ち鳴らすと、合わせた手の前に一巻の巻物が姿を現した。
「な、なに? え?」
「お静かに。ただの人間が神威の発現を間近で見れるとは幸運なことですよ?」
戸惑うリアをハコがたしなめる。
巻物がひとりでに開き左から右へと巻き取られていく。セイの望んだ歴史を探して、神々の歴史書が動く。
「こういう時のために良い歴史があるよぉ。まぁあんまり褒められたもんじゃないけどね」
巻物の動きが止まる。二つの人影が巨大な建物から逃げ出している絵とその上に十数行の文字が書かれていた。セイが探している記述が書かれた箇所だ。
「よし! いっちょやりますか! いっくよぉ!」
セイが一声そう言い気合を込めると、体に神の力を巡らせて言葉を発した。
「さぁ世界よ! 想起せよ! 創世の暦より2321年! ゴザエモンジョウとアメノセイの歴史! 『秘宝盗人一晩勝負』の記録よ! 今、ここにあれ!」
セイの体から輝く神の力が放たれ、巻物が発光すると歴史の想起を始めた。
セイの姿が変わっていく、青いタイツに黒い服といった出で立ちから、セイが元いた世界で着ていた黒く輝く着物姿へと変わっていく。
それを見ながら、リアが戸惑いながらも声をかけてきた。
「あの、セイ君? これは一体……」
「あ、大丈夫大丈夫。ちゃんと説明するよ。これはボクの力のうちの一つでね。『想起する歴史』の権能って言うんだけど……。う~んなんて言えばいいかな。過去にあった出来事を世界にもう一度思い起こさせる力なんだ。結構色んな使い方が出来るんだけどね。今回は……しいて言うなら『ごっこ遊び』かな?」
「セイ様……もう少し神らしい言い回しをしてください……」
ハコが横から注文をつける。セイがそれに唇を尖らせながら答えた。
「だって上手い言い方思いつかないんだもん。まぁそんな感じなわけさ。一つの物語をこれからボク達二人で演じるんだ。天上界で喧嘩した二柱の神がどっちの方が凄いか決める泥棒対決の物語をね」
「演じるって言われても……」
そういうリアの体に重なって、全く別人の姿がうっすらと浮かび上がり始めた。
全身黒一色の衣装で身を包んだ小男の姿だ。
目以外の場所を体にフィットした黒の衣装で完全に隠してしまっている。
うすぼんやりと少女に重なるようにして現れた彼こそが、アメノセイの世界における『泥棒と歌』を司る神ゴザエモンジョウであった。
その神が少女の体を包むようにして姿を現す。
ジョウが口を開いた。同時に少女の口も開く。
「『やい! セイ、この野郎! てめぇちょっと俺より早く生まれたからって調子ぶっこいてんじゃねぇぞ!』え、ちょっ! ごめんなさい、セイ君違うの! 私が言ったわけじゃなくて!」
「大丈夫大丈夫。分かってるから。え~と『何さジョウ、そんなに怒って……』」
セイがリアの事を宥めながら言葉を告げる。
当時の歴史が繰り返される。
二柱の神が喧嘩の末、泥棒対決をすることになってしまった過去の出来事が、時代を超え、世界を超え、今ここに想起されていく。
『何さじゃねぇ! てめぇこの俺様が盗みを出来るのは、自分が世界を夜に染めてやってるからだって、そうのたまったそうじゃねぇか! 聞いたぞこのクソカスが!』
『口が悪いなぁ。でも実際そうじゃん。君が得意な泥棒だって真っ暗なら誰だって出来るよ。夜を暗くしてあげてるボクにもっと感謝してもいいんだよ?』
『うっせぇえええええ! ふっざけんなよ! 俺がすげぇのはな、俺がすげぇからなんだよ! てめぇがすげぇからじゃねぇ! 俺がすげぇのを自分がすげぇみたいに言われるのは我慢ならねぇ! 勝負しやがれ、勝負!』
『勝負ぅ? 何さ勝負って』
『泥棒対決だよ! 夜なら誰でも出来るって言うなら、てめぇだって出来んだろ! どっちがすげぇか決めようじゃんかよ!』
『やだよめんどくさい。ボクお仕事で忙しいもん。君と違ってやること一杯あるの』
『うるせぇ! この引きこもり! 負けるのが怖いんだろ! 逃げんじゃねぇ! 勝負しやがれ! 勝負勝負勝負勝負勝負勝負勝負勝負ぅ!』
『あ~もう! うるさいよ! 分かった! 勝負してあげるから静かにして!』
『チッ! 初めからそう言やいんだよ!』
『はいはい。もう……聞き分けないんだから……。それで、どうやって勝負するの?』
ジョウが鼻の下をこすって自慢げな顔をする。
リアもまたそれにつられて体を動かしていた。
怪訝そうな顔はそのままだが、何とか物語について行っている。
『ハンデだ。盗む物はお前が決めていいぞ。そしたら俺が一足先にそいつを盗んでやる。お前がちゃんと盗めたらお前の勝ち。俺がお前の盗もうとしたもんを盗めたら俺の勝ち。それでどうだ?』
『分かった分かった。それでいいよ。それでいつやるの?』
『今だ! 今すぐに始めるに決まってんだろ! 丁度夜だしな!』
重なり合うリアとジョウが窓辺まで歩いていくと、その窓を勢いよく開けた。
「『勝負だ、セイ! 俺は負けねぇからな!』ちょ、セイ君! きゃぁ!」
そう告げた後、リアは勢いよく窓の外へ向かって飛び出して行ってしまった。
四階だというのに、何のためらいもなく一柱の神と少女の体が宵闇の中へと消えていく。
セイがそれを見た後、同じように窓辺によると外を見た。
「あぁ、これ配役逆の方がよかったかなぁ……。ジョウは考えなしだから……」
「後の祭りでございましょう。ささ、我らも後を追いませんと。想起している途中とは言え、あの小娘と離れすぎると、どんな悪影響が出るか分かりません」
「そだね。それじゃいこっか」
セイが両手を胸の前で合わせると言葉を発した。
『幻惑する闇よ! 我が体を隠せ!』
そう告げるとセイの体から黒い霧が漏れ出し、すっぽりとその体を隠してしまった。
その後霧が晴れると、セイとハコ両者の姿が見えなくなる。
薄暗い部屋の中、そっと何かが動いてランプの灯を消すと部屋の中が完全に夜に染まった。
その後、ふと部屋の中の空気が動くと、その何かもまた窓から外へ向かって飛び出していった。
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