第11話 鬼教師の意外な一面
「でもまぁ確かにそろそろ真面目に権能探ししないとヤバいかも……」
セイが自分の昔話をリアに話してから2日後、姿を消して歩きながらリアの後ろで、セイがそうつぶやく。
その声にハコは嘴を尖らして噛みついた。
「ワタシは随分前からそう言っていたと思いますが」
「ごめんごめん。でもね、とは言えだよ。ボク達この子に付き添ってこの学校の中を結構歩き回ってるけど、中々権能の反応がないんだよねぇ。学校の近くには落っこちてないのかなぁ?」
セイもただのんべんだらりと、リアの後ろを歩いているわけではなかった。
歩きながら、どこかに権能の力の反応がないか一応探していたのだ。
主の声に隣に浮かぶハコが答える。
「かもしれません。もしくはセイ様の力が弱くなってしまって、感じ取ることが出来ないのかも。もしくは落としてしまった権能自体に何か問題があるか……」
「あぁ……そういう可能性もあるかぁ。難しいねぇ。どうやって探したものかな……」
「セイ様に残った『想起する歴史』の権能は使えないでしょうか?」
「落とした力を探す歴史なんて書いた記憶がないからなぁ……。『歴史』の権能は使い勝手が悪いから……」
セイの体に残った最後の権能『想起する歴史』の力は、セイが『記述』の神として書き記した『天上界の歴史書』に書かれた出来事を、世界に呼び起こさせる能力だ。
大雨が降った歴史を想起すれば、晴天であっても雨を降らすことができ、大河の氾濫の歴史を想起すれば、小川であっても一瞬で大量の水を溢れさせることが出来る。
しかし、天上界の歴史書に記されていないことは、想起自体が出来ないという弱点もあった。融通が利かないのだ。
悩みながら歩いていると、廊下の前に数人の少年のグループが見えた。
その中心に立つ金髪の少年にはセイも見おぼえがある。リアと同じ教室にいた少年だ。
ギリアム・クルーソー、あのルーン魔法の教師、バングに怒られていた少年が、リアの事をニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら見ている。
「いやーな顔……」
セイが顔をしかめさせてその少年を見る。
リアを虐めている人間は数多くいるがその筆頭格はこのギリアムであった。
それはこの少年がバングに怒られてからさらにひどくなっているようだ。
セイが見ているだけでも、ゴミを投げつけたり、足を引っかけたり、子供じみた悪戯を何度も行ってきていた。
セイ自身もそれが気になり、夜、少女の部屋でどうにかできないのか、と聞いてみたことがあった。
だがリアの口から出てきたのは諦めにも似た言葉だ。
『今のままならまだ我慢できるから大丈夫。でももし私が何か過剰に反応して、それでもっと今の状況が酷くなったら、私、耐えれないかもしれないから。そっちの方が怖いから……。気持ちだけでもうれしいよ。ありがとう』
セイがその時の事を思い出して、さらに顔をしかめさせた。
よくない、とそう思う。被害者が我慢をして、加害者が悦に浸るなどあってはならないことだ。
リアが言う事にも一理があるので何もしてこなかったが、だからと言ってただ黙って少女が害されるのを見ているのもいい加減限界が近かった。
リアが俯きながら足早に、彼らの横を通り過ぎる。
少年たちはリアの事を笑ってみていたが、特に何をしてくるということもなかった。
そのまま少し歩いてリアは胸を撫でおろすように息をつくと、歩く速度を遅くさせた。
その時、少女の足元を小さな影が横切った。
「きゃっ!」
足にその影がぶつかり、少女が態勢を崩す、たたらを踏んで堪えようとするが勢いを殺しきれずそこでこけてしまう。
「アハハハハハ! ダッサ! ハハッ! もっとちゃんと足元見ねぇと危ないぞ!」
それを見ていた少年たちが大きな声で笑い声をあげる。
セイとハコがそれを見て一言いいかわした、
「糞だねこいつら」
「糞ですね」
半透明な主従がそう口にするのを知るよしもなく、少女はゆっくりと立ちあがると、何事もなかったかのように歩き出した。
それを笑いながら見送り、ギリアム達も少女とは逆方向へ歩き去っていく。
少年のその肩に尻尾の長い小さな狐のような生き物が、地面から飛びついた。
少年の使い魔らしい。この生き物がリアの足を引っかけたようだ。
リアが視線を下にしたまま足早に過ぎ去ろうとする。
しかし、セイはそれについていこうとはしなかった。むしろ少女から離れるように進み、少年たちの前まで回り込む。
そうして一番前を進むギリアムの前まで来ると、セイはすっと横にずれ、足先だけを実体化させて少年の足を引っかけた。
「てい。足元注意」
笑っていたギリアムが足を引っかけ派手にこける。
リアもその音を聞いて振り返った。少年たちが慌てたような様子でギリアムを囲む。
「ふふふーん。ざまぁないね!」
セイが笑いながらそう言った後、リアの元へと戻っていく。
リアはセイがギリアムの足を引っかけたことには気づいていないようだ。
不思議そうな顔をして小首を傾げた後、前を向き直り廊下を進んでいく。
その後ろ姿を床に倒れた一人の少年は顔を真っ赤にして見ていた。
ーーーーーー
教員棟のバングの研究室にノックをした後リアが入る。相も変わらず整理が出来ていない部屋だ。
複数の本棚と来客用のイスや机を備えたそれなりに大きい部屋のはずだが、うず高く積もった紙やら本のせいで、中は随分と狭く見えた。
いつもの席にバングが座ってカップを手にしている。
リアは戸惑うようにきょとんと目をしばたかせた。
少女がこの部屋に来るとき、バングは大概手に筆を持って何かを書いていたものであった。
むしろそれ以外何かしているところを中々想像できない男だ。
部屋にはインクの匂いか、古書の少し甘い匂いがしていたものだが、今はお茶のかぐわしい香りで一杯になっていた。
手にもつカップは白磁に金と青の装飾が入った立派なものだ。
机に置かれたポッドも同様に美しく洗練されたもので、とてもこの強面の教師に似合うものではなかった。
部屋に入ったところで足を止めてしまったリアへ、バングが声をかけた。
「お前か……。課題は出来たか?」
「あ……はい……」
リアは気を取り直すと、手に持ったカバンから課題として出されていた『爆裂する炎』のルーンの書かれた羊皮紙をバングに差し出した。
バングが手を伸ばしてそれをむんずとつかみ取ると、カップを机の上に置き、着ていたローブで手を拭うと羊皮紙をめくって確認し始める。
強面の教師がそれを見ながらリアに問いかけた。
「てめぇ誰かにルーンの書き方教わってやがるな……?」
びくり、とリアが背筋を震わせてバングを見る。
バングはその様子を見て、眉間にシワを寄せた後、また羊皮紙へと視線を戻した。
「誰にも教わらずに、ここの筆遣いは出来ねぇ。見ろ」
バングが机の上に羊皮紙を置くと書かれたルーンの一部を指さした。
「なんてことはない曲線だが、この線は一度力を抜いて線を薄くした後、力強く勢いよくペンを動かさなきゃ書けねぇ線だ。それが三度、間髪入れずに連続で続く。余程の天才じゃなきゃこいつは簡単に修得できねぇ技だ。だがお前はそれなりのもんを書いてきてやがる」
バングがジロリとリアを見る。そして言葉を続けた。
「もう一度聞いてやる。てめぇ誰かにこのルーンの書き方教わったな? それともお前は百年に一人の大天才様だったのか? 出来損ないと噂されてるお前が?」
リアはうつむき、その声に答える事が出来ない。
バングが言う通り、このルーンはセイに教えられて書いた物であった。
だが、それを口にするわけにはいかない。
セイの事は口外しないと少女はそう約束していた。
かといって恐ろしい顔の教師を前に嘘をつくことも出来ず、リアは口をつぐむほかなかった。
「ふん。まぁいい……。てめぇが誰にルーンの書き方を教わってるかなんぞどうでもいいことだ。だがな、てめぇに教えてるこいつは……」
バングがその太い指で顎を撫で羊皮紙を見た後、言葉を続ける。
「悪くねぇ腕をしてやがる。この俺よりは下だが……それでも悪くねぇ」
バングの言葉にハコが早速噛みついた。
「この醜男。なんと恐れ知らずな! セイ様はこう見えても『記述』を司る神! 力を失っているとはいえ、人間風情とは比べ物にならない程尊い存在だというのに!」
「ちょっと……。こう見えては余計だよ、ハコさん」
半透明なまま会話するセイ達の事を知る由もなく、バングは言葉を続けた。
「よし、次の課題を出してやる。出来たらすぐに持ってこい。いいか、出来たらすぐにだぞ。夜にやったら次の日には必ず持ってこい。そしたら別の課題を出してやる」
バングの言葉にリアは怪訝そうな顔を浮かべるとバングを見た。
この教師が誰かに対してこのようにしつこく対応するところを見たことがなかったからだ。
それを見て、ニヤリと右頬だけを吊り上げるとバングは不細工に笑った。
「てめぇ農民の出だろ?」
リアがまた体を硬直させる。
バングの言った言葉の後に続くのは、大概の場合において少女を馬鹿にする言葉であったからだ。
少なくともこの魔法学校においてはそうであった。
だが彼が口にした言葉はリアの予想をはるかに超えた言葉であった。
「一々ビクつくな面倒なガキだな……。俺も農民の出だって話をしたいだけだ」
驚いてリアがバングの事を見る。
学校で生徒や、教師からでさえも恐れられているように見えるこの強面の男が、自分と同じ出自だとはにわかには信じられなかった。
それに万に一人、億に一人と言われた貴族の出でない魔法使いに、こんなところで会えるとは、少女は思ってもいなかったのだ。
「なんだその顔。信じられないとでも言いたげだな」
「い、いえ……そんなことは……」
バングの言葉をリアは慌てて否定する。
それを見ながら、鬼教師は言葉を続けた。
「まぁ、てめえの境遇も分からなくはねぇ。この俺も昔は糞みたいな連中に色々言われたもんだ。だがな、俺ぁそんなこと気にもしなかった。何故か分かるか?」
怪訝そうに顔をしかめた後、少し考え、リアは首を横に振って答える。
「ああ、そうだろうな……。それじゃあ、何故気にならなかったか、知りたいか?」
少女の動きが一瞬止まる。
質問の意図が読めない。だが、この恐ろしい顔の教師が、自分に何かを教えようとしているのは間違いなかった。
それも何か大切な何かを。自分が今一番知るべき何かを。
リアはバングの目を見返すと、ゆっくりと頷いた。
バングもまたそれを見て一つ頷くと、ローブの中から鞘に納められた小さなナイフを取り出すと机の上にそれを置いた。
古ぼけた物だが、よく手入れがされているらしく、薄く光って見える。
それを指で撫でながら、バングが言葉を告げた。
「こいつを胸の中にいつだって入れてたからだ。どんなに馬鹿にされていたって、いざとなりゃ俺の方が強ぇと自分を信じていたからだ。分かるか、小娘? てめぇも俺と同じようにナイフを持てとは言わねぇ。だがな、折れねぇ何かを持っておけ」
「……折れない、何かを」
「そうだ……。そいつがなきゃ大概、人間の人生は糞のまま終わる。誰に教えられたか知らねぇが、てめぇの書くルーンは悪くねぇ。糞のまま終わるな。信じられる何かを胸に持て。分かったか?」
リアがその言葉を心の奥底で噛みしめた後、ゆっくりと大きく頷いた。
バングはそれを見て苦虫を噛み潰したような顔をすると、リアへと告げた。
「勘違いするなよ、小娘……。俺ぁ、てめぇがどうなろうが知ったこっちゃねぇ。だが、貴族のクソガキ共がてめぇを虐めて、悦に浸った顔してやがるのも腹がたつ。だから、てめぇにはちぃとばっかし目をかけてやる。後、てめぇにルーンを教えてるどこの誰か知らん奴に言っとけ。今度面≪つら≫を見せやがれってな」
バングはそこまで言って、少女を追い払うように手を振りながらまた、言葉を続けた。
「次はもう一度『吹き荒れる風』のルーンを羊皮紙に十枚書いてこい。ルーンは一日にしてならずだ。少しでもいいから一日に一回はペンに触ってルーンを描け。今度来るときは筆も持ってこい。ほんの少しだけだが稽古をつけてやる。分かったか? いいな?」
「はい……!」
リアは頷き、それを見てバングもまた頷いた。
「分かったならさっさと行け。今日は予定が詰まってんだ。サッサと失せな」
バングの汚い言葉にも少女は構わず一度礼をした後、部屋の外へ向かって歩き出した。
扉を開けて外へと出る。
丁度そこに誰かがいた。拳を固めてノックしようとしているような体勢で扉の前に立っている。
少女にも見覚えのある人物であった。
「シンシア先生……」
「リア・パンテン」
魔法学校の女教師シンシアだ。
彼女は顔をいつものようにしかめさせるとリアへと言った。
「早くどきなさい」
「ご、ごめんなさい……」
リアがシンシアの脇を抜けると、扉をノックした後、入れ替わりで女教師が中へと入って行く。
少女はその後こっそりとため息をついた。
リアはこの女教師の事を以前から苦手に思っていた。
常に何かに怒っているようなその顔は恐怖の対象と言っても良かった。
バングに対してもそうであったが、今日の出来事もあってその印象は少し変わったようだ。
強面の教師の意外な一面を思い出して、リアは薄く笑みを浮かべる。
「何だか、セイ君が来てからいい事ばっかり起きてる気がするな……」
本人に聞こえるように、小声だがそうつぶやく。
半透明なセイはそんなことはないと、首を振っていたが、顕現していなかったのでその様子が少女に見えることはなかった。
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