第10話 神の昔話
寮の自室に戻ってもリアの興奮は収まっていないようであった。
早速バングの出した課題に手を付け、紙のノートへルーンの練習を何度もしている。
そうしながらも顔はどこか嬉しそうな表情をしているように見えた。
セイが少女の手を取って字の書き方を教えながら、それを横目で見る。
よかった、とそう思う。
リアが嬉しそうな表情をしていると、セイ自身も何やら嬉しい気持ちになってきて知らず顔が笑みの形を取った。
これが友情というものなのかもしれない。セイはどこか他人事のようにそう思う。
「ほんとに……なんてお礼を言ったらいいか……」
「良いんだって、君の助けになれれば、ボクもうれしいし」
勉強に区切りをつけ、寝間着に着替えて、ベットの中へと入る少女の言葉にそう返す。
この言葉は本心であった。少女が横たわり、ベットの横に座るセイの方を見ると一柱の神へと問いかけた。
「ねぇ……セイ君は眠らないの?」
単純な疑問であった。
姿を消している時はどうなっているか分からないが、リアはセイが眠っているところどころか、眠そうな表情をしているところさえ見たことがなかった。
その問いにセイが答える。
「神様だからねぇ……。眠ったりしないんだ」
「神様……」
口の中でその言葉を転がしてみるが、リアが考える偉大な神と目の前にいる少年のような姿のセイはどうにも結びつかなかった。
「あ~、信じてないでしょその顔ぉ」
セイが頬を膨らませるとリアへと食って掛かる。
慌ててリアはそれを否定した。
「ううん。信じてるよ……。でも予想より、なんていうか、普通だったから……。想像よりずっと、神様って普通だったから……」
「そりゃそうだよ。神様だって生きてるもん。人間と同じように考えるし感じることが出来るんだ。そりゃ普通にもなるってもんさ」
「そっか……。ごめんなさい」
「あ~、いいよ、謝らなくてさ。ほらもう寝たら? 明日も早いんでしょ?」
「うん。でも、なんだか寝るのがもったいなくて。今日は本当にいいことがあったから、明日になるのがもったいない気がして……。ねぇセイ君、何かお話してくれない?」
「お話?」
リアの言葉にセイが問い返す。
「そうお話。私、セイ君の事もっと知りたいかも……。今まで私の事ばっかり喋っちゃってたから、今度はセイ君の番」
「そう?」
「うん、そう。気になるもん。神様のお話」
「そっか……う~ん、そうだねぇ……」
自分の話ならそれこそ数千年単位である。
セイはその中から一つ、特に心に残った話を思い浮かべると少女へと話し始めた。
「それじゃ、ちょっとだけだよ? むかーしむかしの今から数千年以上前の話なんだけどね?」
ーーーーーー
むかーしむかし。ある世界の天上界に『夜と記述』を司る神様アメノセイがいました。
アメノセイは他の神様からいろんな面倒ごとを押し付けられて、毎日毎日大変な量の仕事をこなしていました。
死んだ人間たちの管理から歴史書の編纂、誰でもできる雑務から、頼まれごとやら何やら何まで、それはそれは大変で、丸一日机にかじりついて、遊ぶ暇もありませんでした。
そんなある日、夜の神様は遊びに来ていた、姉の太陽を司る女神に言いました。
『姉さん、皆ばっかり遊んで暮らしてずるいよ。ボクはずっとお仕事ばっかりしてるのに』
お姉さんの神様は答えます。
『なにそれ。そうやって私に文句言ってどうする気よ? それがあなたの仕事なんだから仕方がないじゃない』
夜の神様も黙ってはいません。すぐに言い返します。
『だからってずるいよ! きっと皆ボクの事が嫌いなんだ! だからこんなに仕事押し付けるんだ! 姉さんだって最近はずっと歌って踊って遊んでばっかりじゃないか』
太陽の神様も言い返します。
『それが私の仕事だもの! 私は『太陽と陽気』を司る神! 私が鬱々とした調子じゃ、そっちの方が皆困っちゃうわよ!』
駄々をこねるように、夜の神様が言います。
『やだやだやだ! 皆ずるいずるい! ボクだってたまには遊びたいよ!』
『あ~もう! 騒いだってしょうがないでしょ! 全くもう! 知らないから!』
太陽の神様はそう言うとどこかへ飛び去って行ってしまいました。
一人、夜の神様が残されます。
そこに『善と悪』を司る神様が通りがかりました。
この神様は善の意識と悪の意識を持った神様で、厄介なことにこの時は悪の意識が表に出ていたのです。
悪の神様が夜の神様に聞きます。
『おいおい、どうしたい? いじけた顔して』
『姉さんたちも皆酷いんだ! 頑張ってるボクの事なんて無視して、みーんな遊んでるんだ!』
『あ~なるほど。そいつはひでぇ話だ。間違いねぇ!』
『分かってくれるの?』
『もっちろんだ! 俺っちも連中は気に食わねぇと前々から思ってたんだよ! ほんとお高くとまって腹立つ奴らだよな!』
『その通りだよ!』
『連中は自分さえよければそれでいいのさぁ! 全くこの俺っちと違って神様の風上にも置けねぇ奴らだぜぇ!』
『ありがとう! 君みたいな良い神は滅多にいないよ! そう言う君ならボクのお仕事を手伝ってくれるよね!』
『えぇ?! それは……その』
『手伝ってくれないの?』
『そ、そ、そんなこと言っちゃいねぇよ! でもよでもよ。よくよく考えてみな? 俺っち一人を手伝わせるよりも、この天上界の神様を全員手伝わしちまった方が手っ取り早くて楽出来るってもんよ! そうは思わねぇかい?!』
『全員を?!』
『そうさぁ! 一人や二人なんてみみっちいこと言うなよ! お前さんは世界で二番目に生まれた偉大な神様なんだぜぇ!』
『そう言われてみれば、確かにその通りだ!』
『この天上界をお前の力で支配して、うっぷん晴らしをしてやろうじゃねぇか!』
『うん。そうしよう!』
悪の神の口車に乗った夜の神様は、早速自身の力を行使して天上界を宵闇にすっぽり包んでしまいました。
明るく、光に溢れ、風光明媚という言葉がぴったりだった天上界が、一寸先も見えない闇に閉じ込められてしまったのです。
これには他の神々も困り果てました。
木々を司る神様は光を受けることが出来ず、すっかりしおれてしまい。
風の神様は暗闇で前が見えずあちらこちらに体をぶつけ。
火の神様は自分の力でも闇を照らすことが出来ず、存在感がなくなり頭を抱えてしまいました。
そんな中、天上界で一つだけ夜に染まらなかった場所があります。
それは太陽の神様のいる場所でした。
天上界の神様が皆そこに集まり、太陽の神様にお願いします。
『お姉さま、お願いします! あの薄汚くて皆に迷惑をかける悪神をどうにか成敗してください!』
太陽の神様が答えます。
『やぁよ。あんた達、雁首≪がんくび≫揃えてそんなこと言いに来たの? 自分たちでどうにかなさいな』
『そうは言いますが、私たちはこの闇の中ではろくに前も見れず、身動きができません!』
『そんなの知らないわよぉ! こっちは忙しいの! あんた達はあんた達で勝手にやりなさい!』
太陽の神様はそう言うとどこかに飛んで行ってしまいました。
しかし、闇に閉ざされた世界で、光輝く太陽の神様の姿は一際目立って見えます。
どこに行っても他の神様にお願いされて、イライラした神様はついに頷きました。
『あーもう! うるさくて全然集中できない! もう! いいわよ! あの子を説得すればいいんでしょ! やればいいんでしょ!』
その声に木々を司る神様が告げます。
『説得ではなく成敗してほしいのです!』
『成敗? なんで?』
『あれはもう悪神に成り果てました! 言わば怨霊の類です! この際、後腐れなく成敗してしまった方がいいのです!』
その次の瞬間、太陽を司る神様はそう言った神様の横っ面を思いっきり引っぱたきました。
そして言います。
『仮にも同じ身より生まれた兄弟に対して、そんな言い方する馬鹿があるか! ここにいる全員も! よく聞きなさい!』
太陽の神様が辺りにひしめく神様たちに言います。
『こうなったのは私たちにも原因がある! あの子がいい子だからって色々問題を押し付けて、その結果が今のこれ! 全員心の底より反省するように!』
神様の中から声が聞こえました。
『そういう姉さまも色々面倒ごとを押し付けてたじゃないですか』
胸を張ると太陽の神様は答えます。
『そう! その通り! 私も間違ってた! だからこれからそういうこと色々謝ってくるから、みんなも後で謝るように! いい?!』
『はは~……』
そんなわけで太陽の神様は、夜の神様の元へ向かって出発しました。
場所は分かっています。太陽の神様の光の力が最も届かない場所に夜の神様はいるのですから。
太陽の神様は天上界の空高くへ浮かぶ夜の神様へ言います。
『おーい! いい加減こんな陰鬱な闇で天上界を閉ざすのはやめなさい! 私たちも皆、あなたには酷いことしすぎたって反省してるから!』
『うるさいやい! そんなこと言って力を解いた途端に皆でボクの事をいじめる気なんだ! 騙されないぞ!』
『そんな気はないわよ! この私を信じて!』
『信用できるもんか! 第一、姉さんが一番ボクに面倒ごと押し付けてたじゃないか!』
『それも反省してるから!』
『嘘だ! 姉さんが反省してるとこなんて見たことないぞ!』
『あ~もう! この馬鹿! 姉の言うことを聞きなさい!』
そういった言い争いが三日三晩続いた後、痺れを切らした太陽の神様が直接的な行動に出ました。
自分の神の力を使って夜の神様を攻撃して、頭を冷やさせようとしたのです。
世界で一番初めに生まれた神様と二番目に生まれた神様の壮大な姉弟喧嘩の始まりです。
ーーーーーー
「セイ様そこまででよろしいかと」
ハコが姿を現しセイへと告げる。
「何さハコさん、ここからが結構いい話なんだよ?」
「そうは言いますが長すぎます。ご覧になってください」
ハコがそう言うとベットに横になるリアを示す。
セイもつられてそちらを見ると、少女は幸せそうな表情で眠りについていた。
「あら~寝ちゃったか……。まぁ、勉強とかあの怖い顔の教師の相手とかで疲れちゃってたかな……」
「……この様なおままごといつまで続けるおつもりですか?」
ハコがセイを非難するような目で見ながらそう告げる。
「神の力は有限。そうやって実体を持つ体を維持しているだけでも、膨大な力を必要とされているはず。セイ様、貴方もう力を随分と使いこんでしまっているのでは? この小娘と対話するためだけに」
セイは片眉を吊り上げ、ハコの事を見るとその言葉に頷いた。
「鋭いねぇ。確かに結構使っちゃってるかな」
「もし何かあっても、『権能』の行使、三回もお使いになられないのでしょう?」
「そうだねぇ……。二回が限度かな」
この世界に召喚された時は、神としての力を三回使えるほどの余力があったが、今はもうそれほど余裕がない。
ほんの数日間リアと話をしただけで、神としての力を随分と使い込んでしまったらしい。
「理解できません。自ら首にかかった縄を絞めるような物です。破滅願望でもお持ちなのですか?」
「いいや。そんなんじゃないさ。これはね、投資なんだよハコさん」
「投資? 投棄ではなく?」
「そう投資。この子の生活環境がよくなれば、権能探しもより効率的に行えるってもんさ。それにね、ハコさんはどうもこの子の事あんまり好きじゃないみたいだけど、ボクは結構リアちゃんの事好きだよ? 可愛いし、不器用だけど前に進もうとしてるところ見てると頑張れって思うもん。ハコさんはそうは思わない?」
「そのような情緒的な感情、この冷静冷酷冷淡式神ハコは持ち合わせておりません」
「そっか……。もったいないねぇ……」
セイは視線をリアへと戻すとその幸せそうな寝顔を見て、嬉しそうに笑った。
ハコは主のその様子を訝し気な様子で見ている。
そのまま夜は更けていった。
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