幕間 怒る貴族の少年


「糞ッ! あの糞教師! この僕に……このギリアム・クルーソーに皆の前で恥をかかせやがって!」


 魔法学校の男子寮、その共同で使えるラウンジ内のソファに座り、金髪の少年が苛立たし気に目の前の机を叩いた。


 周りには数人の男子生徒達が座っている。

 友人、いや顔色を窺うようなその素振りを見る限り、取り巻きと言った方が正しいだろう。


 金髪の少年が、ギリアム・クルーソーが爪を噛みながらイライラとした様子を見せる。

 彼が言う糞教師とは、自分を叱り飛ばしたルーン魔法の教師バング・ゴーラムであることは間違いないだろう。


「でも、しょうがねぇよギリアム。あの先公がまさか他人に書かせたルーンを見抜くとは思わねぇよ。誰が書いたかなんて普通分かんねぇもん」


「うるさい! 僕が怒っているのはそのことじゃない! あの教師が僕の家に、我がクルーソー家に立てついたことにこそ怒りを感じているんだ!」


 取り巻きの言葉に怒鳴り返し、ギリアムが再度苛立たし気に爪を噛む。


 魔法学校においては、家の貴賤≪きせん≫など学業になんら関係がないものとみなされている。

 試験の成績のみが重視され、家柄は考慮されない完全実力主義がうたわれているのだ。


 だが、それは形骸化した文言であった。

 一部の教師を除いて、貴族のその家柄によって、バレない程度に贔屓されるのは、この魔法学校においてもよく見られる光景であった。


 少年の不幸はバングがそうではなかったと言う点、そしてそれを彼が知らなかったという点に尽きる。

 口では家の事を言っていたが、心の奥底では自分の事を馬鹿にしたバングに対する怒りが募っているのは間違いなかった。


「どうするよ? やっちまうか? あの先公」


「馬鹿言え。相手はこの学校の教師になれるくらいの魔法使いだぞ? 俺たちとじゃ子猫と魔獣ぐらいの差があるに決まってんだろ」


「直接的じゃなくてもよ、色々やりようはあるだろ?」


「そりゃそうだが……」


 取り巻き達が口々に勝手なことを口にする。

 その光景もまたギリアムをいらだたせた。


 少年のプライドは傷つけられていた。

 そして、その怒りの矛先はまっすぐバングに向けられようとはしていないようであった。


 力の差がありすぎるせいだ。もっと簡単で怒りの感情を、すぐに振り下ろせられるほうへと彼の目線は向いていた。


「それにあの女だ。下賤の出の女の癖に。僕と同じようにズルした癖に! あの女だけのうのうと席に戻りやがって!」


 ギリアムが教師に掴まれた頬を撫でる。


 少年はあの時、自分と同じように教壇まで呼び出されたリアもまたズルをしたものと思い込んでいた。

 完全に見当外れな物の見方であったが、少年は本気であった。


 逆恨みのような怒りが少年の心の中で暴れ、鼻息を荒くしている。それを見て取り巻き達の顔つきも変わった。

 教師であるバングが相手となれば尻込みするが、ただの少女が相手であれば何の気後れも感じないようだ。


「リアとか言ったあの女……。糞が……! この僕を……コケにして……!」


 ギリアムの暗い憎悪に似た感情は、心の中で積り爆発の時を待ち始めていた。

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