第8話 神の策略?



「あー! もう! 何で拒否っちゃうかなぁ!」


 夕暮れの中、寮へと向かう少女の後ろを歩きながら、セイが不満を口にする。


「せっかく綺麗に出来たんだから使ってやればよかったのに! そしたら教室の馬鹿にしてた連中の鼻の穴なんてもう、ボッカーンだよ! しかもあの教師、この子にまで山ほど課題出すなんて信じられないよ!」


 教室で起った出来事を、そしてあの強面の教師の研究室で起った出来事を思い出して、一柱の神が頬を膨らませる。


 今日、教室で提出されたルーンは確かに少女が書いた物であった。

 付きっ切りで見ていたセイはそのことをよく知っていた。


 だというのに、少女が教師であるバングに言った言葉は拒否の言葉だ。

 教員棟にて再度同じようなことを聞かれたが、結局それにも黙り込んで答える事が出来ていなかった。

 結果が課題の再提出だ。しかも大幅に増えて二十枚。


 隣を飛ぶハコが憤る主に答える。


「矮小な人間らしい処世術ではございませんか? 無駄な争いより己の苦役を望む。ワタシには理解できませんが、そういう生き物なのでしょう」


「だからってこれはよくない! よくないよ!」


 魔法学校に併設されている寮の敷地内に入る。

 女学生用の寮へ向かって足早にリアが駆け抜けていく。寮の中に入り速足で階段を昇ると四階の隅にある自室へと入り、扉を閉めローブを脱ぎ外套かけにかける。


 少女はようやくそこで一息ついた。

 今日は教員棟に行ったり、強面の教師と面と向かい合ったせいでかなり疲れているようだ。大きく息を吐き、カバンを力なく床に置いた。


 だが、本当の意味で大変なのはこれからであった。


「こら! なんであそこで魔法使わないのさ?!」


 セイが大きな声を上げながらその場に顕現すると、背後からリアに食いかかった。


「ひゃあ……!」


 びっくりして少女が声のした方向を向くと、セイが怒ったような表情でそこに仁王立ちしていた。


「え、え、だ、誰?」


「アメノセイだよ! 忘れたって言わせないよ?! 昨日あんなに親切に文字の書き方教えてあげたのにさ!」


「え、ア、アメノセイ……」


 少女の脳裏に夢うつつに記憶されていた昨夜の出来事が思い出される。

 一度思い出されてみれば、それは確かな事実として感じ取れた。


 リアが息を飲み、驚きうろたえるような声を出す。


「昨日の?! でもあれは、夢の……」


 その声にセイが言い返す。


「夢じゃないの! 夢で練習したからって、たったの一晩であんなに綺麗な字かけるわけないでしょ! ボクが手伝ってあげたの忘れちゃったの?!」


 少女が目を見開いてセイの事を見る。

 夢の中の登場人物に過ぎないと思っていた人物が、いきなり目の前に現れたのだ。驚いてしまうのも無理はないだろう。


 その少女が戸惑いながらもセイへと問い返した。


「ご、ごめんなさい、ごめんないさい……。でもいったいどこから……?」


 虚空から現れたセイを指して少女が問いかける。だがセイは別の意味でその言葉を捉えた。


「どこから? どこからって君がボクの事を召喚してからだよ!」


 目をパチクリと瞬かせて、少女がセイの事を見る。

 期待していた答えではなかったが、逆に気になる言葉がセイの口から飛び出してきた。

 それに少女は問い返す。


「召喚って……使い魔召喚の? でも、あれは失敗して……」


「失敗してなかったの! 半分くらいは成功してたの! それでボクがここに召喚されたの! 分かった?!」


「え、え、えっ……」


 口を押さえて、リアがセイの事を見る。

 一柱の神は頬を膨らませて、自身を召喚した少女の事を見返していた。


 そうして見つめ合い、しばらく沈黙の時間が過ぎた。

 その後突然、少女の瞳に涙が浮かんだかと思えば、次の瞬間、ボロボロと音がでそうな勢いで涙を流し始めた。


 それを見て戸惑ったのはセイだ。

 突然静かに泣き始めた少女を前に右往左往してしまう。


「えっ何?! ご、ごめん! ボク何かやっちゃった?!」


「いえ……いえ……あの、違うんです……」


 否定しながらも涙が止まらない。

 あたふたしながらもセイがハコに話しかけた。


「ハコさん、大変だよ! とにかくティッシュ出してティッシュ!」


「嫌でございます。何でワタシが人間なんぞのために……」


「いいから! 早く出して!」


「…………はぁ、それでは不承不承ながら」


 半透明なハコに色が付く。

 漆黒の筆箱型式神ハコが実体を現すと、その体の上面が下方へとスライドして黒く中身の見えない空間から数枚のティッシュが飛び出してきた。


 セイがそれを手に取ると、座り込み目を拭うリアに駆け寄る。


「ああ、もうそんなに風に拭っちゃだめだよ。真っ赤になっちゃうじゃん。ほら、これで押さえてあげるから」


「……ごめんなさい……でも……私、ほんとに……」


 意味を持たない言葉を言い続けるリアの目をセイが優しくティッシュで押さえる。

 熱くなった目に冷たいセイの手が当たって、その感触にまた少女は涙を流した。


「あぁ、もう。泣き止んでよぉ。そんなに泣かれちゃうとボク困っちゃうから……」


「はい……はい……。もう泣き止むので……。もう、すぐに泣き止むので……」


 そう言葉にするが、少女が泣き止むまで時間にして十分ほどを要し、ハコはその間にさらに十枚のティッシュを自身の体から吐き出すこととなった。


「ズビビィ! はぁ……」


 鼻をかんで、目を赤く染めた少女がようやく落ち着きを取り戻す。

 セイはリアをベットまで誘導すると、そこに座らせ、自身もその隣に座った。


「急に泣き出してびっくりしたよ……。あぁ、いや怒ってるとかじゃなくてね?」


 セイが慌てたようにそう付け加え、少女はその様子に申し訳なさそうに首をすくめると一柱の神へと謝罪した。


「ごめんなさい……。でも、私、何だか、我慢できなくて……」


 また涙ぐみそうになるのをリアは必死に抑え込んだ。

 その後セイへと言葉を続ける。


「つまり、その、あなたは精霊が選んでくれた私の使い魔ってことでいいんですか?」


「はぁ? 使い魔?! 使い魔とは何様でございましょうか?!」


 ハコがリアへとずい、と近づくとその顔の目の前で、少女へと文句をつけた。

 描かれた鳥が威嚇するように嘴を開き、羽を広げている。


「ここにおわす方をどなたと心得ます。遠く果ての別世界において『夜と記述』を司る由緒正しき神の一柱、アメノセイ様にあらされますよ? その神を捕まえて使い魔とは、その舌引き抜かれても文句はむぎゅ!」


「ハコさん、そこまで! 落ち着いてよ!」


 セイがハコを捕まえ、胸の中にその式神を抱え込み抑え込んだ。その後、少女の言葉に答える。


「ごめんねー、この子ちょっと口が悪くて……。なんだ。えっと、まぁそうだね。魔法陣で君に召喚されたから、君の使い魔ってことに一応なるのかな?」


「でも、あの時召喚は失敗して……」


「ああ、そっか。ええと。さっきも言ったけど半分は成功って感じかな? 色々あってね」


 セイがわざと少しはぐらかしながら返答する。

 流石に自分のせいで召喚が失敗してしまったと、そう言う覚悟はまだ決まっていないらしい。


 リアはセイのその言葉を受けて、うつむくと独り言をこぼすようにして言葉を続けた。


「半分……色々……。でも、そっか……。私、半分は上手くできてたんだ」


 またリアの瞳に涙が浮かぶ。


 たったの半分だ。完全に成功したわけではない。

 しかし、少女にとってはその半分が、今までどれほど手を伸ばしても掴むことのできなかった半分であったのだ。

 その小さな成果にリアの小さな胸は一杯になってしまった。

 結果として涙が後先考えずにこぼれだしてしまったのだ。


 瞳に溜まった涙を拭い、呼吸を落ち着けると少女はセイへと意を決して声をかけた。


「あの、あの……! ちょっと、ちょっとだけお話してもいいですか? あ、私はリア。リア・パンテンって言います。よかったらちょっと、ちょっとだけでいいからお喋りを……」


 リアが体を緊張で固くし、セイの方を向かずにそう問いかける。

 セイはその行動に何処か既視感を覚えながらも頷いた。


「お喋り? いや、別にいいけど……」


「良かった……! 私、その、使い魔が出来たら、一緒にお話ししたいってそうずっと思ってて、だから、その」


「ですから使い魔などではないとむぎゅ!」


 手の中から飛び出そうとするハコを再度抱え込み、セイがリアへと笑いかける。


「へぇ! そうなんだ。いいよ! ボクも丁度誰かとお話したいなと思ってたんだ。リアちゃん、でいいかな、呼び方」


「はい。あの、アメノセイさん」


「セイでいいよ。そんなかたっ苦しく呼ばなくてもさ」


「じゃ……セイ、君? セイちゃん?」


「別にどっちでもいいかなぁ。ボク、男神でも女神でもないし。呼びたい方で呼んでいいよ」


「それじゃ、セイ君……」


「うん、よろしくね、リアちゃん」


「はい……セイ君……。セイ君……」


 言葉を口の中で転がすと、少女の胸の中にくすぐったいような嬉しさが湧き上がってきた。

 この学校の中で、自分の事を嫌ってないと感じる人物を少女は初めて見つけたのだ。

 突然泣き出しても、嫌がったりせず優しくし接してくれる誰かを。少女はその優しさに飢えていた。誰かと触れ合うことに飢えていた。


「あの私……えっと何を話せばいいか……」


 色々と考えていたようではあるが、いざとなるとリアの口から話題と言えるようなものは転がり出てこなかった。

 それを優しい目で見ながらセイがリードする。


「ゆっくりでいいよ。そういえば、今日も課題出されてたじゃない。それをやりながらでもいいからさ。ゆっくり話そう?」


「は、はい……。そ、それでいいですか?」


「いいのいいの! こっちだって暇してるんだし!」


 セイの胸の中のハコが主の言葉に反応して何やら暴れだした。リアが不思議そうな顔でそれを覗き込んでくる。

 その視線を受けて、セイはハコを両手で持つと、彼女に示して見せた。


「あぁ、この子はハコさん! ボクの作った式神で、あっ、式神っていうのは君達の世界で言うところの使い魔みたいなものかな?」


「式神のハコさん?」


 ハコに描かれた鳥が少女を睨みつけると羽を広げて威嚇した。


「何を不躾に見ているのです人間むぎゅ!」


「ごめん。いつもはこんなんじゃないんだけど、今日はちょっと気がたってるみたいで……あはは」


 慌てた様子でハコを抱え込みセイが苦笑いを浮かべる。その後、少女の手を取ると机までセイはリアを導いた。


「ささ、課題さっさと終わらせちゃお? 早く終わらせれば、それだけお喋りに集中できるしさ」


「そ、そうですね……」


「なになに~? 固いよ、リアちゃん。もっと気安くていいからさ」


「気安く……? えっと、その、そうだね?」


「うん! そうだね~!」


 オウム返しに言い返して、嬉しそうにセイが少女の座った椅子の横に陣取る。

 リアがそわそわしながら、カバンの中から課題を取り出すと、それに手を付け始めた。


 だが、それはいつも以上に時間のかかる物であった。

 難しかった、というだけが理由ではない。隣にセイがいて、そのセイと話をしながら進めていたからだ。

 集中できるものも集中できず、脱線しながらも何とか少女は課題をこなしていった。


 二人の会話は主に少女が自分の事を話し、セイがその聞き役に徹する形で続いた。


 リアは自分の色々なことを話した。

 主には弟たちの事や、故郷での生活の事をだ。


 課題を終え、部屋に持って入っていたパンを食べ、寝間着に着替え、ベットの中に入っても、その間中ずっとリアの話は続いた。


 だが、睡魔には勝てなかったようだ。

 大泣きした疲れもあってか、ベットに入って二言三言ほど話した後、少女は嬉しそうな表情で眠りに落ちてしまった。


 眠りについた少女の横顔をベットの脇に座り込んで楽し気にセイが見る。

 その横に虚空からハコが現れた。

 二人の会話に割り込むのを途中で諦め姿を消していたのだ。


「何をお考えか大体読めてまいりました」


「そう? やっぱりハコさんは優秀だねぇ」


「えぇえぇ、そうでしょうとも。主が抜けていると配下は頭を使うようになるものです」


 ハコが非難するような目で主を見る。


「セイ様。私は権能探しのために気心の知れた人間を作ることを友達探しとそう表現しました。しかしそれはあくまで手段でございます。目的であってはなりません」


「うーん、つまり?」


「この小娘と友達となることを主目的にして、権能探しを疎かに考えることなどあってはならないと言っているのです」


「別にそんなつもりはないよ」


 セイがリアの寝顔を見ながらそう答える。

 ハコはそんな主をジト目で見続けていた。

 一つ息をつくと一柱の神は自分の式神に、その考えているところを語った。


「別に友達作りに夢中になってるわけじゃないよ、ハコさん。ボクはね、今とんでもなく重たい鎖でこの子を縛り付けようとしているのさ」


「ほほぉ。是非ともお聞かせ願いたいお考えです」


「そうだね。ハコさんも分かってると思うけど、人間は弱い生き物さ。特に情にね。ボクは今、この子を友情という名の鎖で縛りつけようと画策してるんだ。前にハコさんが言ったようにこの子をボクの力で超強化することは簡単だよ? でもね、それじゃ駄目なんだ。それじゃあくまで利益しか関与してない関係でしょ? 他に誰か力を与える奴が現れたらそっちに流れちゃうかもしれないじゃん。その点、友情は違う。特にこの子みたいに誰かとの関係性に飢えている人間には有効だと思うよ。友情で縛って絶対に裏切らない協力者に仕立て上げてやるんだ! そういう訳で優しくしてあげる必要があるのさ!」


「……なるほど……一応の筋は通っているようですが……」


「ふふーん。ボクだって別に考えなしってわけじゃないこと分かってくれた?」


 鼻高々に自慢げな表情をするセイに、重ねてハコが問いかけた。


「ならこの娘とセイ様が同時に窮地に陥った場合、見捨てて逃げ出す選択肢を取るわけですね?」


「えっ?! そんな事できるわけないでしょ! 折角出来たお友達を見捨てるなんて!」


 そこまで言ってセイは、はっとした表情をすると明後日の方向を向きながら言い訳をした。


「こ、この子が死んじゃったりすると、使い魔として召喚されたボクも死んじゃうかもしれないからね! で、出来るだけ守らないと!」


 ハコは主のその様子に言葉を告げることも出来ずため息だけを吐いた。

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