第4話 リア・パンテン


 私がこの魔法学校に入学してもう半年近い時間が過ぎた。

 辛くて苦しい生活ももうそれだけ経った。


 魔法学校の授業は難しい。

 ごくごく初歩的な教育しか受けてなかった私にとって、授業の内容はほとんど理解できないようなものだった。


 初めのうちは付いていくので精一杯で周りの事を気にすることもなかった。

 だから私は少なくとも、最初のうちはこの生活に不満を持ったことはなかった。

 不満を持つ余裕もなかった。


 二ヶ月か三ヶ月か多分それぐらい経ってからだと思う。

 試験の結果が張り出されて、私の名前が一番下に記されているのが、多くの同級生たちの目に留まって、私を見る目が変なことに気付いて。

 多分それからだったと思う。


 周りをよく見てみれば、仲のいいグループは出来上がっていて、私は一人その中から外れてしまっていた。

 慌てて周りに溶け込もうと思ったけど、私が話しかけても鼻で笑われたり、無視されるのが落ちであった。


 今思えば当然だ。この魔法学校にいるのはほとんどが門閥貴族の子弟か豪商の子供たちなのだから。

 農家の小娘に過ぎない私が無視されるのは当然だ。


 魔法の才能があるかどうかはほとんどの場合において血筋によって決まる。

 魔法が使える親からは素質がある子供が産まれるし、才能がない親からは滅多に生まれることはない。

 万に一人、億に一人ぐらいだと、そう言われた。


 そして、その滅多にない例が私だ。


 私の両親は片田舎の農夫で、その長女として私は生まれた。

 弟が二人。祖父母は他界してもういない。


 思えば故郷での暮らしは大変だったが、苦しくはなかった。

 家族みんなで懸命に働いて、手が空けば内職に励み、休みらしい休みなどなかったが、それでもあれは幸せだった。今はそう思う。


 同じ境遇の友達もいたし、弟たちも両親もいた。一人ではなかった。

 そんな日々がずっと続いて、それが一生続くものと私は信じていた。


 あの日、国の執務官が私にこの学校への入学するよう命令する時までは。


 丁度酷い水害が村を襲った年だった。

 村の畑の半分が潰れて、収穫間近だった作物のほとんどが駄目になった。


 重い税で蓄えなどほとんどない。どこの家もそんな調子で、大人たちは皆頭を抱えて悩んでいた。


 そんな時に国の政務官が来た。

魔力を持つ子供の反応を感じたというその政務官は私の事を指さし、その娘を国の魔法学校に入学させよとそう言った。

 そして私が入学すれば、国から助成金が入るとも。貧相な村にとっては多額の助成金が。


 両親は反対した。私を売るような形になるからだ。

 だけど私は両親を説得した。


 村には弟たちがいた。私の友達もその家族もいた。

 私が一人その魔法学校に入学すれば、それで済む話なのだ。私が入ればそれで。


 最後には両親が折れた。村の人間全員から説得されればそうなるのは無理もなかった。


 数週間後、私は魔法学校に入学した。


 村から離れ、一人きりで、今までとはまるで環境の違う場所に私は来た。


 ここは針のむしろだ。

 自分たちとは違う人間に対して決して容赦しない。

 生徒たちだけではなく、教師たちでさえ私の事を場違いな小娘という目で見ている。


 生きるのが苦しいと思ったのは初めてだった。

 農家の暮らしは大変だったが、そこには家族がいた。頼れる人間が、側にいてくれる人が、あそこにはいた。

 ここにはいない。


 私は一人だ。どうしようもなく、この牢獄の中でただ一人だ。


 死にたいほどにつらい。

 周りの人間が自分を見る目に耐えれない。

 あのあざけるような、小馬鹿にするような、汚いものを見る様な目に耐えれない。


 その視線に耐え切れなくなって前髪で目を隠した。

 私をあざけ笑う人間の顔を見ないために、見下す人間のその目を見ないために。


 死にたいと思う、でも死ぬわけにはいかない。

 私が死ねば、家族のもとに助成金が届かなくなる。

 村の復旧は進んだろうか。だが、お金はいくらあっても足りないはずだ。村の皆のために、両親のために、弟たちのためにも死ぬわけにはいかない。


 希望が、一つだけあった。

 使い魔召喚の儀式。魔法学校に入学した生徒たちは、この儀式で自分の使い魔を得る。

 その後の半生を供にする友を精霊の仲介を経て手に入れる。

 ほとんどは魔力を持った魔獣だ。

 狼のようなものから、翼を三対も持った鳥もいる。

 彼らは召喚された主と共に成長してほとんどの場合生涯を供にする。


 この話を聞いた時、私は内心ですごく興奮した。

 この閉塞的な空間でも、友と言える使い魔がいれば、少なくとも私は一人じゃない。


 でもこの願いは儚くも消え去った。

 私は、無学で無教養で、何の力も持たない無力な子供で、そんな私には自分の力で手に入れることが出来るものなど何もなかったのだ。


 そのことを忘れていた。忘れたかった。

 それが目の前の苦しみから目を逸らしていただけだと、今なら分かる。


 誰かが側にいる自分を夢想して、少しだけ嬉しくなって。日々の辛さを忘れることが出来て、でも結局そうはならなくて。それがつらくて。胸が締め付けられるような気持ちになって――。


 私は一人ぼっちだ。この小さな世界の中でどうしようもなく。


 一人ぼっちでここに今、ただただ生きている。

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