第3話 力はどこへ、これからどこへ③

 セイが慌てた様子で全身を確認する。

 手だけではない。体のいたるところが以前より薄くなってしまっているようだ。


「ちょっと待ってよ! ええっと、ああ……もう! ていっ!」


 両手を胸の前で合わせると、応急処置として体中に神の力を巡らせ、存在を確立させることによってこれ以上の希薄化を防ぐ。

 セイの体に色が戻り、現実世界により強く干渉し始めた。


 焦った声でセイがハコに聞く。


「ちょっとハコさん! マズイよ! 原因は分かる?!」


「貴方に分からないことはワタシにも分かりません。しかし、しいて言うなら透明度の変化は、あの人間達から離れ始めてから始まったようです」


「はぁ?! なら多分それが原因だよ! 戻るよハコさん!」


 セイが踵を返して、来た道を戻り始める。

 その後ろを中空を飛ぶハコが追った。


 一度神の力の励起をやめ、セイは半透明な姿に戻ると、走りながら自身の手を注視した。

 前に進むたびに、道を戻るごとに自分の体が濃くなっているのが分かる。


 先ほどの予想通りだったのだ。

 横を飛ぶハコが主へと声をかける。


「やはりあの二人から離れたのが原因でしょうか?」


「多分、そうだね。もっと正確に言うなら、あのボクを召喚した子から離れちゃったのが原因だと思う」


「しかし、何故でしょうか? 理由が分かりません」


「そうかい? いやぁ、ボクは分かっちゃったよぉ。ちょっと前にハコさんに言ったよね? 『その半透明な状態で主であるボクから離れたらどうなるか分からないんだから』ってさ」


「はぁ、確かに言われました」


「つまりそういうことなんだと思う」


「話が見えません。神であるあなたと式神であるワタシを比べてどうしようというのです?」


「今ボク達にそんな差はないってことさ」


 セイのその言葉に少し沈黙した後、ハコが唸るようにして声を返した。


「…………召喚、そういうことですか」


 この世界に召喚されてから、セイの体は非常に不安定な状態にあった。

 そのセイを世界に繋ぎとめているのが、召喚者であるリア・パンテンとのつながりなのだ。

 そのリアから離れた結果、世界とのつながりが薄れ消えかけてしまった。

 現状を考えるとそれが希薄化の原因であるようであった。


 歩く先に扉を開けて部屋から出ようとしているリアの姿が見えた。

 先ほどのようにシンシアの肩を借りてはいない。

 少しふらついている様子だが、一人で立っている。


「ご迷惑を、おかけいたしました……」


「本当に大丈夫かい? 寝てっていいんだよ?」


「いえ、明日の準備もありますので……寮に戻らないと」


 リアが年老いた女性の養護担当教員と短く会話をして、頭を下げると寮に向かって歩き始めた。

 シンシアの姿はない。どうやら先に帰ってしまったらしい。


 セイ達は走る速度を落とすと、ふらふらと歩く少女の後ろをついて歩きだした。


 ハコが隣を歩く主に話しかける。 


「今の状況、少々不味いですね」


「ちょーと不味いねぇ……」


 召喚者である少女から離れることが出来ないということは、自由に権能の捜索を行うことが出来ないということだ。

 不完全な体のまま、この世界で最後の時を迎える可能性が一気に高くなってしまった。


 ため息をつきながら、セイが頭を抱えてぼやく。


「なんでこんなことに……ボクは友達が欲しかっただけなのに……」


「あの陣を無理に破壊しようとしなければ、ここまで面倒にはならなかったでしょうが……」


「言わないでよ……。ボクもちょっと後悔してるんだ。ていうかあれハコさんが変にせかすからじゃん」


「主を守ろうと思ったのです。結果ではなく過程をこそ重視してくだされば幸いでございます」


「ああそう……」


 何にせよ、無理やり召喚されるなんて初めての事で焦ってしまった。

 普通に応じていれば、少なくとも権能をなくした状態になるようなことはなかったはずだ。


「まぁ今更そんなこと言ってもしょうがないよ。この子から離れられない以上、何とかこの子に手伝ってもらうほか探す手段はないね」


「左様ですね。何とかしてこの少女を誑(たぶら)かし、権能探しに付き合わせましょう」


「言い方! 協力してもらって探し出すの!」


「ははぁ……。しかし、今の我らは人間には見えないようですし、どう手伝わせたものでしょうか?」


「あぁ……。結局この世界でもそこが問題になるのか。まぁでも、ボクたちの世界と違ってこの世界は色々発展途上みたいだし、魔法とか不可思議な物が残ってるみたいだしさ。多少神々への本当の信仰心ってやつがあると思うだ。だから、姿を見せようと思えば見せれると思うんだよねぇ……」


 ハコに描かれた鳥がその言葉を聞くと羽を打ち合わせて、セイへと言葉を返した。


「なら話は早い。それでは早速顕現して神託という形で権能を探させましょう。この小娘に限らず、そこら中の人間に声をかければ、探索もぐっと進むと思われます」


「そういうこともできると思うけど、それってあんまり良くないよねぇ……。どこの誰とも知れない奴が、自分の力を世界のどっかに落っことしたって言いだして信じる人いると思う? いたとしても素直にその力を見つけ出して、ボクのところにまで持ってきてくれると思う?」


「……そう言われてみれば。人間は卑怯で卑屈で意地汚くて、誰かを騙したり嘘をつくことをなんとも思わない生き物ですからね」


「だから言い方……。生きるために時に卑怯な真似をするのが生き物ってもんさ。人間だけじゃない」


「人間は特に酷いと言っているのです」


「そうかい? 何にせよ、ボクたちはこの世界についてあまりに無知すぎるよ。知らない人間たちに対して『ボク神でーす』って言って姿を現すのはリスクが大きすぎ。もし騙されでもしたら、そのことにさえ気づけないかもしれない。顕現すれば世界に干渉する分、力の消費も今より大きくなるし」


「ならセイ様は今後どのように行動すべきとお考えなのでしょうか?」


「そうだね。姿を現すにしても一部の信頼できる人間だけに絞るべきだと思う。その人たちに協力してもらって『神の力』探しをしよう。……とりあえずその信頼できる人間を作るのが当面の目的かなぁ」


 そこでハタと何かに気が付いたような顔をするとセイが呟く。


「ていうか結局これって……」


「言い換えれば友達作りでございましょうか」


 二転三転して結局一番初めのところまで戻ってきてしまったようだ。


 セイは目頭を押さえ、ため息を吐いた後、拳を握ると気合を入れなおし声に出して宣言した。


「よし何はともあれ頑張るぞ! 目標は友達作り! とりあえずこのボクを召喚したリアちゃんだっけ? この子と友達になれるよう努力しよう! 権能探しもするけど、まずはこの子と仲良くならないと行動範囲が広がらないし! 広がらないと探しようがないし!」


「それがよろしいかと。ワタシも尽力いたします」


「オッケー! ハコさんも一緒に頑張ろうね!」


 意気込む神一行をよそに、寮への道を歩く少女がつぶやく。


「あぁ、消えたいなぁ……」


「…………あの~え~と」


「前途多難でございますね」


 ハコの声が暗い夜に響いた。

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