第3話 力はどこへ、これからどこへ②

 セイ達が歩く先を照らしているのは、変わらず女教師が手に灯した光球だ。


 扉を超えた先は暗く狭い平坦な地下道で、10メートル以上は続いており、その先にも部屋にあったものと似たような鉄扉があった。

 道は完璧に整備されている。歩き辛さは一切ない。


「さぁ、歩いて。感覚がなくても、動かすことはできるでしょう」


「はい……」


 シンシアがリアを支えて前に進む。進んだ先の重い鉄扉を体全体で押すようにして開くとようやく地下以外の景色が広がった。


 夜だ。明るい月が出ている。色とりどりの星が輝き、満天の空を照らしていた。


 地下道の出口から続く渡り廊下には、複数の燭台が備え付けられていて、視界は十分に取れる。

 廊下の横には木々が並び、何かの虫の鳴き声が、木の影から聞こえていた。


 渡り廊下の先には巨大な建築物が見えた。

 城のようにも見えるそれは人間二人が所属している学校、王立マギアフィリア魔法学校であった。

 学校もまた魔法の火によって照らされおり、暗闇の中でひときわ明るく映る。


 シンシアが光球を消す。

 その後、複数のか細い火で照らされる廊下を歩きながら、リアへ話しかけた。


「医務室に送ります。魔力回復のための薬を処方してもらえば多少はよくなるでしょう。その後寮に戻るか、そこのベットで寝るかはあなたに任せます」


「……寮に、戻ります。あまりご迷惑をかけれませんから」


「ええ本当に。全く、良い迷惑ですよ。まさか使い魔召喚の儀式を六回も失敗する生徒が現れるとは、私は思いもしませんでした」


「………………」


「魔法の行使もろくに出来ず、勉学でも特に秀でたものがあるわけでもない。今の調子がこれ以上続くようなら、あなたのお先は真っ暗でしょうね」


「…………はい」


「はい、ではありません。まずあなたはですね」


 シンシアが顔をしかめながらリアの問題点を、重箱の隅をつつくように幾つも幾つも上げていく。

 その後ろをついて飛びながら、ハコが隣を歩くセイへと話しかけた。


「この口うるさい女が召喚者ですか?」


 問いかけられたセイは顎を指で撫でながら答える。


「多分違うと思う。隣の今にも倒れそうな女の子がボクを召喚したんだと思うよ」


 状況を見るとそれ以外にない、とセイは思った。


 自分は神だ。

 ただの人間が召喚するには存在としての位があまりにも高い。

 神事を通して、こちらの力を使って顕現するように頼まれるならまだしも、召喚者個人の力を使って無理やり召喚しようものなら、五体満足でいられるはずがない。

 全身の力を使い切ってもなお足りないほどだろう。


 そう考えてみると、どちらが召喚しようとしたかは一目瞭然だ。

 少女が召喚しようとし、隣の女性はその介添え人か何かなのだろう。

 話を聞いている限りでは教師と生徒か。


 しかしそこまで考えて、また別の疑問がセイの脳裏をよぎった。


 こんな少女に神である自分を召喚だなんて出来うるもののだろうか。

 無理に破ろうとしなければ、ほぼ完遂されたであろうほどの召喚を。


 首を傾げて疑問符を浮かべ始めたセイをよそに、ハコが呟くように告げた。


「それは良かった」


 先ほどの話の続きらしい。

 独り言のような小声であったが、セイはハコを見てその声に問い返す。


「え? なんでさ?」


 問いにハコが普段通りの声で返答する。


「この女の性格、あまり好ましいものとは思えませんので」


「そうかい?」


「ワタシには分ります。何をするにもああだこうだともっともらしい理由をつけて何かと邪魔してくるタイプの人間です。この技巧秀逸探偵型式神ハコが言うのですから間違いありません」


「そう? そうかな……。……あ~、分かった。ハコさん、この人が自分と似たタイプだから同族嫌悪してるんでしょ? 有能秘書って感じのタイプでさ」


「まさか。ワタシはこのような口うるさいタイプではありません。このハコと人間を比べるなど、セイ様の目は曇ってしまったのではないですか?」


「ハハッ。そうだね。実際曇ってるし。神様、今力のほとんどを無くしてちょーと落ち込んでるからさ。だからボクの代わりに隣でちゃんと見ててよね」


 セイのらしくない弱ったような物言いに、今度はハコがセイの事を見た。


 顔つきは普段と変わった様子はない。どこか弛緩したような普段通りの顔だ。

 だが、その心中はそうではないようだ。


 急に異世界に来て不安に思っているのは間違いないだろう。

 しかも、自分の力のほとんどを失ってしまっている。しもべの式神にすがろうというのも無理からぬことだ。


 ハコは主の様子を確認した後、心を引き締めなおして答えた。


「微力を尽くします。ですが今の状況どうするべきでしょうか?」


「うーん……どうしようか。異世界で力をなくしたらどうするか、なんて考えたこともなかったしなぁ」


「異世界ですか……。ならばこの世界を生み出した創造神がいるはずです。その神の力を借りることはできないでしょうか?」


「それが一番いいけど、気付いてもらえるかなぁ……。はっきり言って今のボクって大海の微生物以下の存在感しかないし。半透明だし。力を使えば多少はここにいるって主張できるけど、それで使い果たしてボク自身が消えちゃったら元も子もないし……」


「言われてみれば確かに。それにこの世界の神が、力を失ったセイ様に協力してくれるとも限りませんしね」


「怖いこと言わないでよ……。『お前の力を喰らってやる、ゲヘヘー』なんて神が現れたら今の僕じゃどうしようもないよ……」


 セイは最悪の事態を想像しため息をつく。


「なんにしても今のままじゃ無理。リスクがでかすぎるよ、なんとか力を取り戻してから考えよう」


「『夜と記述』と『死者の国』の管理者としての力……。いずこにあるか分かりませんか?」


「分かんないねぇ……。全然感じ取れない……。そんな遠くに行ってるものでもないとは思うんだけど……。とにかく力を取り戻して自分の状態を安定させないと……帰る方法を探すにしてもそれからだよ」


「左様でしょうね。なら今後の方針はそのように……」


 今後どうするかについて話をしていると、いつの間にやらセイ達は渡り廊下を超えて、魔法学校の中のその一角に足を踏み入れていた。


 継ぎ目の見えない石造りの廊下を人間二人に続いて歩き続けていると、ふと何かに気が付いたようにハコが言った。


「今考えてみたらこれ……この二人についていく必要ありますか?」


「よく考えてみたらないね。まぁ外は暗くてよく見えないし、今はこの城の内部を適当に探そう。権能がどこに行っちゃったか分からないし、今は行き当たりばったりでいくしかないよ」


 セイ達はそう言いあうと、どこかの部屋の中へと足を踏み入れていく二人の横を通り過ぎ、校内をふらふらと歩き始めた。


「権能~権能~。神の力~。どこいっちゃったんだぁ~……」


「地道に探すしかないですね。幸い我々は不眠不休で活動可能ですし、いつかは見つかるでしょう」


「そうだといいけど。とはいえ早いにこしたことはないよ……。そうそうないと思うけど誰かに悪用されでもしたら事だし」


「全くですね……」


「ボク達が見つけれるかって問題もあるけどねぇ。さっきから力を感じ取ろうと努力してるんだけど、この世界って何か雑っていうか、至る所に力の反応があって感じずらいんだよねぇ」


「召喚魔法などというものがあるくらいですから……。あら、セイ様?」


 しばらく会話を続けながら歩いた後、ハコがセイを見ながら言った。


「体、薄くなっていませんか?」


 セイは怪訝な表情を浮かべるとハコの声に答えた。


「今更なこと言うねぇ……。大分前から透けてたでしょ、ボクの体」


「いえ、それ以上にです。私の計測に狂いがなければ、セイ様の体、以前より透明度が30%程アップしております」


「そんな馬鹿なぁ……」


 呟きながらセイが自分の手を見る。

 見てはみるが、薄暗くて自分の体が薄まったかどうか、はっきりとは分からなかった。

 とはいえハコが嘘をつく理由もない。


 もう一度今度は近くの燭台に手をかざして確認してみる。

 手の向こう側の火が少しずつ良く見えるようになっていっていた。

 邪魔になっている自分の手がうっすらと消えて行っているのだ。


「…………ヤバ~」


「ヤバヤバでございますね」

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