chapter.2 先生とは

 走ると気持ち悪い感触がするし、そろりそろりと歩いてみても気持ち悪い感触がなくなることはなかった。この不快感は他人に伝わるまい。先生に分けられるなら分けてやりたいぐらいには、気持ち悪く、不快だ。

 古びた一軒家のチャイムを連打する。一秒間に十六連打するぐらいの気持ちでひたすら指を小刻みに動かした。

 ダダダ、と駆けてくる音がしたので、即座に鳴らすのを止めて、先生の拳をかわすために一歩横に。勢いよく扉が開かれて、先生の拳が宙を舞う。ざまあみろ。

「避けるな!毎度毎度チャイムを連打するんじゃない!」

「いやいや先生が悪いんでしょ」

 ポイ、と先生に向かって数珠を投げる。投げた数珠は先生に触れた途端、四方八方へと弾け飛ぶ。残骸はどこぞへと流れていき、数秒後には数珠すら消えてしまっていた。

「……先生が適当すぎるから」

「おれだけのせいじゃないだろ」

 バツの悪そうな顔をして、先生は僕から目を逸らす。おれだけのせいじゃない、そう先生の言葉通りで、今回に関しては僕にも責任はある。あるとは思っているが、基本的には適当な先生のせいであるから、絶対に肯定はしないし、責任はとらない。

 バツの悪そうな先生を押しのけて、玄関に押し入って扉を閉めた。

「今回の反省会をしましょうか」

 にっこりと笑ったつもりだったが、玄関に立てかけてある鏡に映った僕の笑顔は、底意地の悪そうな表情を浮かべている。これは何かの間違いだと鏡から視線を外し、青くなった先生を見つめた。




「で。今日は何をしました?」

「えーっと、今日はどこにも出かけてないんだけど」

 冷や汗を流しながら先生は言う。目線も合わないので、たぶん嘘だ。決して僕の顔が怖いからじゃないはず。ハズだ。

 部屋の隅に乱雑に置かれた紙の束が目に止まる。あれだ、間違いなく。確信したやいなや、僕は一番上の紙を手に取った。

「あっイズミくん!それはちが」

「問答無用」

「ちょっ、」

 取り上げようとしてくる先生を足で追い払い、紙に書かれている内容を読む。聞いたことも見たこともない団体の名前が書かれており、そこの団体が執り行うセミナーのお知らせだった。日付は今日の九時からスタートで、場所はこの近く。

 それに、休日の先生といえば、昼を過ぎても寝ているのはいつものことでチャイムを連打しても中々起きてこない。なのに、今日といえばチャイムに即座に反応しているし、身なりもそこそこにしてある。いつもはよくわからない服を着ているのに、だ。

 もう完全にこのセミナーとやらに先生は行っていたのだろうと推測する。

「先生。これ行きましたか?」

「………………ハイ、行きました…」

 もう一度僕は玄関先で笑ったように顔を作った。先生は笑えるぐらい青くなって、弁明を始め出した。

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