第4話・・・彼女の料理・・・

  海。キラキラ輝く海。夜空に浮かぶ月を映し出す海。怖いほど綺麗な海。

「・・・ねぇ、ちょっと、これはどういうことよ。説明してもらおうじゃないの、そう。」

理想とはほど遠い、荒ぶる海の前で、僕の彼女の香苗は般若の仮面を被っている。

「説明なんてないよ。海が荒れてるだけじゃないか。」

「だ・か・ら、それがいけないのよ。荒れてる海をデート場所に選ぶ人いますか?」

「ここにいる。」

僕に構ってくれるのが嬉しくて、ついつい変なことを言ってしまう。

「・・・そうじゃなくて。・・・もう良いわ。」

拗ねた彼女も可愛い。

  ザパーン ザパーン

 波の音が心地よい。沈黙の空気が僕らをつつむ。

「・・・。」

「・・・・あ。」

この沈黙の空気を破ろうとしたとき。高い波が近づいてきた。

「危ない‼︎」

僕がそう叫んだ。が・・・。

「たすけてっ。」

彼女の声が聞こえたが、もう、そこにはいなかった。


「この度は、お悔やみ申し上げます。」

「お忙しい中お運びいただきまして、恐れ入ります。」

そんな言葉が飛び交うお通夜。

「香苗ちゃん、デート中に流されたんだって。」

「えぇ、じゃあ、彼氏さん・・・奏さんだっけ、大変だね・・・。」

そんな、声まで聞こえる。

 そうだ。これから、香苗の通夜が行われる。あのあと、彼女は自衛隊員によって救出されたが、岩で頭をうち、即死だったそうだ。

 香苗のご両親に挨拶に行く。

「この度は、僕の不注意で香苗さんをこのような姿にしてしまい、申しわけありませんでした。」

「奏くん。悪いが、話かけんでくれ。」

その言葉を聞いたお母さんが、

「お父さん。」

と、慌てて止めた。僕は、そういった態度を取るのは仕方ないと思った。

「ごめんなさい。では、失礼します。」

僕は、出来るだけお父さんの死角になるところに座った。


 それから僕は、生きる気力を無くした。今まで何をするにも、隣には香苗がいたから。

 時間は、僕がこうソファーで横たわっていても、どんなに内容の薄い時間を過ごしていても、淡々と流れていく。

 香苗。香苗。会いたいよ。夢でも良いから。ねぇ。声を、聞かせて。香苗。

 僕の家には、まだ彼女の匂いが残っている。それが、切なくて。まだ、彼女がいてそうで。余計に、恋しくなる。


 まだ、付き合いたての頃だった。

「奏。奏。起きてよ。奏。」

「何だよ。もうちょっと寝かせろよ。」

頰を赤らめた香苗が、窓を指しながら言った。

「見て。月、綺麗。」

おいおい、可愛いじゃないか。そこには、満月が輝いていた。

「・・・月が綺麗ですね、香苗さん。」

「もぉ。」

僕らは、月夜を背景にキスをした。


「奏、奏。クッキー焼いたの。」

僕は、1年前初めて、香苗の手作りのものを食べた。それは決して、美味しそうな見た目ではなかったことを覚えている。

「おう、美味しそう・・・。」

「無理しなくて良いよ。」

香苗が僕から、クッキーを取り上げようとした。

「待って。僕、食べたい。」

「だーめ。」

「何で?」

「美味しくないから。」

こういう時は、必殺・子犬口調!

「僕、食べたい。・・・だめ?」

「うっ、しょうがないなぁ。吐いても知らないからね。」

「よっしゃ!・・・うっ・・・おぇえぇえ。」

僕は、案の定吐いてしまった。

「ほら、だから言ったじゃん。」


「リベンジだ!奏、食べて。」

あれから、1週間程経った日だろうか。次は、パスタを作ってきた。

「おぉ、美味そう。」

「お世辞は良いから。」

「いや。お世辞じゃないって。」

「ほんと!」

「前に比べれb」

「前のことは忘れろ〜〜〜!」

「うわ〜。ごめんって。」

「はよ食べて。」

「うん。いただきます。・・・うっ・・・おぇえぇえ。」

「うえーーん。奏くんがいじめてくる。」

「おまっ。いじめてないじゃないか。」


 あれから、1年近く経ったが、香苗が作る料理は、全部まずかった。

「結婚するまでに、上手くなりゃ良いって。」

と、いつか、言ったことがあった。その時は、たいそう恥ずかしがってたな。

 僕は、かすかに不味さを楽しんでいた。少しずつ、美味しくなってなっていたから。

 でも、香苗がいなきゃ、楽しめない。どうしてくれるんだよ、香苗。

「どうして、くれるんだよ。」

ズボンに熱い熱い雫が落ち、シミを作る。次々に。

「うぅぅぅ。うぅぅぅ。」

香苗が、いなくなってから、初めて流した涙。


窓を見ると、いつか、彼女と一緒に見た、月が光っていた。それが、美しすぎて、怖かった。





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