6:ゴミ捨て場発、紅炎の劇場にて

 友人が溶岩に放り込まれる様を、アニー・レッティードとクラック・バティスは、一秒たりとも逃さず目撃することになった。

 全身を巡る血が流れる溶岩に匹敵する領域まで沸騰し、クラックは予備動作無しで『器ノ再転化マキーナ・リボルネイション』を発動。

「雑魚の宴会芸にしちゃ上出来だ!」

「黙って死ね!」

 砲台から変化し跳ね上がった斧と、打ち下ろされたクレセゴートの刃が激突。支える地面が陥没し、全身の骨肉から盛大に悲鳴を吐き出しながらも、クラックはカレルの一撃を凌ぐ。

 だが、ここから魔剣継承者と凡人に横たわる圧倒的な力量差が、世界に朗々と描かれる。

 両手でバークガーを握り、顔を歪めながら魔剣を受け止めるクラックの顔面に、左の拳が叩き込まれる。

 砕けた歯と血泡を散らし、体勢を崩した男の胴を狙ってクレセゴートが翻る。

 手首の動きだけで縦向きの半円を描き、飛来する魔術を無効化して迫る刃。やはり奇跡的な反応を見せたクラックは、黄金の刃をバークガーで強引に受け止め、きれずに体内から砕ける音を発しながら地面に落ちた。

「やるならもうちょっと本気出せよ。俺が弱い者虐めしてるみたいじゃねぇか」


 不満げに呟いたカレルの、左腕が再度跳ねる。


「かっ!」

 『希灰超壁』による盾を二枚掲げて迫っていたアニーの首を掴み、紙屑を放る気楽さで投げ捨てたカレルは、吹き飛んだ彼女に向けてクレセゴートを構える。

「手っ取り早く燃えろ。『災操鳴火竜剣クライニス・ドラグセイバー』」

 伸ばされた切っ先が號と吼え、紡がれた無数の火竜がアニーに迫る。

 速すぎる故回避は不可能と悟ったアニーが『希灰超壁ウォルファルド』を再度発動。理論上は溶岩の直撃すら耐える盾の展開は、彼女の持ち札と相手の放った技を鑑みれば最善の選択。

「ヒルベリア出身だけど、努力したから『希灰超壁』を使えまぁす! って自慢したいのは分かるけどよぉ、あんまり乱発してると芸が無いぜ」


 突進する火竜の姿が突如崩壊し、土石流に変化するまでは。


 迫りくる存在が百八十度変化し、激しく動揺するアニーを土石流の津波が襲う。高い耐熱性と耐久力を持つ『希灰超壁』は、ある程度ならそれを食い止められる。

 しかし、低い山の崩落に匹敵する量の土砂は、発動する魔術云々を論じる領域を超えていた。アニーの身体を問答無用で飲み込んで押し流し、彼女を行動不能に陥らせた。

「『災操鳴火竜剣』から『崩山濁竜剣アルバシオ・ドラグセイバー』の性質変化って訳だ。おっさんも、なかなか良いモン見れたろ?」

 唯一全てを見届けたクラックは、上気したカレルの声に何も返せない。

 クレセゴートの切っ先から生まれ突進する炎が、何の予兆もなく土石流に転じた。

 発動者から完全に切り離された魔術の形態変化自体は、彼も目撃経験がある。だが、眼前の魔剣継承者がしでかしたのは炎から土という、完全に異なる性質への組み換え。

「魔術の法則を完全に無視してる。おかしいだろ……」

「それが俺の天才たる理由よ。脳筋かつ出来損ないの事実の正当化に必死なヴェネーノと、そもそも論外のハンナとは決定的に違う、正統なドラケルン人の証だ」

 明るいが、何処か影のある言葉を発しながら、カレルは笑顔でクラックに向き直る。完全な詰みに追い込まれ色が失せていく彼に、クレセゴートの刃が突きつけられた。絶望が振り切れた結果なのか、クラックの口から無意識の言葉が落ちる。

「……だ」

「ん?」

「どうして、それほどの力を持っているのに、犯罪者になるんだ。俺達と違って、何者にだってなれた筈だろ」

「問うて無条件に答えを受け取れるのは五歳まで、問われて楽しくべらべら喋るのは四流の雑魚だけ。終わりだ」

 カレルは酷薄に笑い、クレセゴートを前進させる。

 黄金の進撃を受けるクラックの視界が、赤く染まった。


                 ◆


 映る物全てが紅の世界に、ディンク・ダックワースは滞留していた。

 三肢は問題なく動くが、それによって身体が進むことはない。

 現状痛みも何も感じないが、仮にこのままの状態が続けば、動けない事実がやがて精神を蝕み破壊するだろう。これが死後の世界かと顔を歪めた彼の脳に鐘の音に似た重い音が届く。

「……あんたは、誰だ」

「我は『溶輝竜』ルーカルヴァの残滓。汝は何故ここに来た?」

 音が声だと認識した為、零した問いへの答えは予想の斜め上を行く物だった。

 十九年前何者かに討伐され、今回ここにやって来た理由の一部も担う存在が、何故自分如きの死を食い止め問いかけてくるか。

 動揺も露わに返答すると、暴風が吹き荒れディンクの周囲を流れる溶岩流が乱れる。

「到底未完成の我が長子ラヴァットーアが覚醒しつつある、だと? ……急速に世界が乱れているのか」

「あんたも時々暴れていたんだろ。それと同じじゃないのか?」

「火山に生まれる余剰魔力を吸収し尽くし、それを適切に放出すべき時、我は目覚めていた。この山と連動する事で力を持つ我は、ヒトの世界に戦争を仕掛けても敗北する。故に生の大半を眠って過ごしていた」

 炎を操る他の竜や、依頼の対象となった『ラヴァットーア』とまるで異なる穏やかな声に毒気と過剰な緊張を抜かれたディンクは、ならばと口を開く。

「異常事態だと言うのなら、あんたが息子を止めてくれ。グラットスの人間から依頼を受けたが、親から制止されるのが一番平和な解決だろ」

「ヴェネーノと名乗ったドラケルンの少年に敗れ、肉体を失った我にそのような真似は不可能。故に溶解の道を歩んでいた汝を引き止めたのだ。……だが」

「呼んだは良いけど、才能が足りなさ過ぎてアウト。って言うのは止めてくれよ」

「力を授けることは出来る。だが、汝の力量と才覚では代償が必要になる」

 言い終わるなり、ディンクの全身を形容し難い波動が駆け巡る。


 やがて集束した波動を読み取り力を借り受けた後に待つ代償と、その重さを十全に理解したディンクは、しかし笑って左手を前方に伸ばす。


「もう少し考えろ。後々抗議に来られても、我には時間遡行の力はない」

「俺やクラック、そんでアニーが生き残る道は現状何処にも無い。新しい道が開けるなら、代償だって痛くない」

「……ここまで汝が積み上げた物全てを手放すことになるぞ」

「異邦の詩人はこう言った。名前と誕生日と指紋。胸を張って誇れる物はこれで十分だってな。元々才能が無いんだ、道が断たれたなら別の道を探すさ」

 迷い無き言葉と裏腹に死人のような表情と、震え放題の手を伸ばしてディンクは一度深く息を吸い、そして決意の咆哮を上げる。

「現実と、決定付けられた未来を変える力を、俺にくれよッ!」


                  ◆


「――ッ!」

 クラックを死体に変えるべく始動したカレルが、背後から迫るただならぬ気配を感じ急速反転。巨大な火球を叩き落として気配の正体を認識した赤銅の目が、この戦いに於いて始めて疑問と驚愕の色に染まる。

 倒されるだけの運命が変化したクラックにも、それは同じだった。

「ディンク、お前……」


 視線の先に映るのは、確かに彼がよく知るディンク・ダックワースだった。

 

 失われた右腕が揺らめく紅炎で形成され、竜腕と同じ形状をしている点を除いては。

 何故、そんな物を右腕に纏っているのか。そもそも溶岩に放り込まれて何故生きているのか。混乱するクラックの肉体に熱が灯って負傷が消え失せ、遠くに映る瓦礫の山が独りでに浮上し、埋もれていたアニーが無傷の状態でまろび出る。

 奇跡を目撃し、警戒度を最大まで引き上げたカレルが、着地したディンクへ静かに問う。

「ルーカルヴァの『竜擬装ドラグラフト』か。お仲間を救えたのは妥当な話だ。けど、凡人のお前が支払う代償は、全ての魔力回路が焼かれる辺りだろ。一生魔術の使えない木偶に成り下がる意味を理解してんのか」

「理解したからこそ、俺は選んだ。三人の誇りを守る為にな」

 形態変化させたギセッファを構えたディンクと、カレルの視線が一瞬交錯。

 痛みを覚える沈黙を破ったのは、カレルだった。

「ここまで足掻くのは予想外だった。どうせ尻尾巻いて逃げるモンだと思ってた俺の目は、狂ってた訳だ」


 一度目が閉ざされる。


 再度開かれた赤銅の瞳に掛け値なしの敬意と闘争心が宿り、全身から極大の殺気が放出され、ディンクの右腕が揺らぎ、残る二人の表情が強張る。

「最大限リスペクトを払いつつ、現実を教えてやるよ。……行くぜェッ!」

「これが最後だ、皆行くぞ!」

 ディンクの咆哮を受け、雷撃を受けたように身体が跳ねた二人にも、消えかけていた闘争心が戻り、各々の姿勢で突進する。

 紅炎舞う劇場で、誰の予想にも無かった第三幕が開く。


                  ◆


 風すら沈黙させる光景が、アトラルカ大陸のとある荒野に広がっていた。

 砲身を捻じ曲げられ、真っ二つに両断され、耐熱装甲が無惨に溶解して大穴の空いた戦闘用車両が幾千も転がる隙間を埋めるように、算ずる事を放棄したくなる量の武器の死体が突き刺さっていた。 

 例外なく機関部から白煙を噴出して、死の直前まで限界を超えた魔術発動が為されていたと証明する武器もまた、中途半端な所で斬り落とされ芸術的な切断面を晒し、場に不釣り合いな輝きを放つ。

 武器があれば当然存在するのが使い手たるヒトだが、彼らもまた武器達と同様の状態を晒していた。

 上半身を消失した状態で片膝を付く者、胸部に大穴を穿たれ立ち尽くす者、半分の面積になった顔に絶望と極大の恐怖を刻む者。それぞれ違いはあるが、皆例外なく敵に対する怨嗟や絶望の類を放つ。

 首から切り離された上に炭化した頭部が、戦闘用のブーツに踏み付けられる。

 二メクトル超の体躯に紅炎の髪。防具を一切付けず露出した上半身を覆う規則性が皆無の刺青に、竜翼を想起させる紅の剣を握る両手。

 魔剣継承者にして最悪の破壊者、更には最強の求道者。『生ける戦争』とも呼称されるヴェネーノ・ディッセリオン・テナリルスは、握っていた『独竜剣フランベルジュ』を背負い、空を見上げる。

「人口一億ちょっとの国が持つ軍を、五十四分で全滅。いきなり喧嘩を売られた割には、なかなか良いんじゃないですか……って、どうされましたか?」

「クレセゴートの力を感じた」

 己が成し遂げたおぞましい光景にまるで興味が無い風情のヴェネーノは、もう何年も会っていない年下の魔剣継承者の姿を瞼の裏に描く。

「そう言えば、貴方からカレルの話を聞いた事がありませんね。どうしてですか?」

「進化から逃げていたからだ」

 六枚の翼を持つ『蝕輝竜』ザルカリアスの問いを受け、ヴェネーノは無感動に言葉を紡ぐ。

「性質変化や多属性の術技習得と、奴の才は疑いようがない。順当に伸びていれば、世界を担う者となった筈だ」

「それがどうして、貴方と似たような事になったんですか?」

「さて、な。伝え聞くところによれば、軽んじていたハンナや俺と自身の力量差に絶望した、ということだ」

「ハンナちゃんはともかく、貴方を見たらそりゃ絶望しますよ。普通何にも持ってない雑魚に括られる奴が、馬鹿みたいな戦果を残し続けて魔剣に選ばれるなんて、発狂しないだけ上等でしょ」

「他者との比較は刃を交える一瞬だけで良い。当然の摂理も分からず道を違えた者を愚かと呼んで何がおかしい」

 竜すら恐怖する、異常な理論を紡ぐヴェネーノ。しかし、次の言葉を紡ぐ彼の表情は幽かに微笑んでいた。

「たった今、クレセゴートの力を全て解放したとは即ち、奴の魂に火が灯った。錆びていたが故、この戦いでは十全に力を発揮出来んだろう。だが、奴はやがて更なる高みに至る」

 言葉を切り、背部から炎の翼を生み出したヴェネーノが跳躍。

 大気を掴み、狂戦士は滞空するザルコと同じ高度へ辿り着き、進路を北に向ける。

「無駄な戦いをする余裕は失せた。行くぞ」

「はいはい。次は何処へ?」

「インファリス大陸北部、ロズア諸国連合。狙うは『救済者グレイシア』と、アリエッタ・リンクヴィストだ」

 一人と一体はやがて小さな点と化す高度へ到達し、蒼空の海に没する。

 地上には、生命が消え失せた地獄の痕だけが残された。


                   ◆


 断続的に響き渡る爆裂音が、流れ続ける溶岩をも恐怖させ、未練がましく空に留まっていた火山灰をも退避させる。

 真の力を解き放ったカレル・ガイヤルド・バドザルクは、まさしく戦場を支配する芸術と化していた。

「腹括ってんなら、もっと派手に来いよ! 今の俺はな……」

 引き絞られた右腕が、握られたクレセゴートが天へと掲げられる。


「上・機・嫌だッ!」


 魔力で生み出された雷雲から、グラグス火山に無数の雷が降り注ぐ。

 絶対の絶望を喚起する雷撃を、円環刃と化したギセッファで辛くも消失させながら、ディンクは揺らめく右腕を掲げて叫ぶ。

「『剛鉄盾メルード』で身体を覆うんだ!」

 即応し魔術を紡いだ三人の身体を覆う鈍色の鎧に、雷に追従する形で落ちてきた雫が付着。鎧が瞬時に腐食、崩壊。


 魔術に上乗せする形で『散瘴雨ヴァルナジカル』を放つ。


 異常に過ぎる曲芸が齎す恐怖が浸透する前に、空に残留していた雷を取り込み、剣と一体化したカレルが三人に迫る。

 一歩踏み出すごとに大地を粉砕する速力に乗せて、亜音速の刺突が放たれる。 

 ギセッファとバクーガーにクレセゴートが激突。溶輝竜の力を借りても尚、本来の力量差を完全に埋めきれず、受けにかかった二人は全身を雷で容赦なく焼かれ体勢を崩す。


 好機と見たカレルは決着に向け更に踏み込む。 


「させないっ!」

 杖を失いながらも、無数の攻撃魔術を紡いだアニーが、握っていたもう片方のギセッファを投擲。

 導かれ、魔剣の切っ先に激突したそれらは、突進の速力を殺し二人に回避の猶予を与えて消える。明後日の方向へ飛んだギセッファを引き寄せ、ディンクはがら空きになったカレルの足を切りつけ、物体を裂く確かな手応えを得る。

 鉄柱の太さと強度を持つ足が全身が泡と化して消えた事で、即座に己の失策に気付くのだが。

「『幻波影ウェラードゥ』かッ!」

「その通り。気付くのが遅かったな!」

 人体の構造を無視した、としか説明が付かない挙動で引き戻されたクレセゴートが瞬いた刹那、ディンク達は纏めて地面に落ちる。

 『輝光壁リグルド』を揃って展開して時間稼ぎを行いつつ、三人は荒い息と言葉を絞り出す。いつ突破されても不思議ではなく、本来は次の一手を練るべきなのだろうが、全身に穿たれた傷が回復するまで、痛みに呑まれて動くに動けない。

 何も前進しなくても言葉を交わし、意識を繋がねばならないのだ。

「……アイツ、技の精度が上がってない?」

「というか、アレが素なんだろ。俺達が開けちゃいけない蓋を開けただけだ。……どうする、ディンク?」

「どうしたものだか、な」

 溶輝竜から借り受けた力は三人の負傷を癒し、体内に巡る魔力を大きく増幅させたが、魔剣継承者の持つ物には届かない。

 敵が放つ無数の手札を対処しきるのは到底不可能。撃ち漏らした攻撃は確実に心身を削り、三人を終わりへ導かんと蠢く。


 これ以上の引き延ばしは困難、かと言って畳みかける事も難しい。


「なーんで、このタイミングで相手も覚醒するかねぇ」

「私達よりは主人公っぽいからでしょ」

「理由が何であれ、どうにかしないと俺達が終わりだ」

「ディンク、腕は後どのくらい保つ?」

「……痛みが少しずつ増してきてる、多分一時間もない」

 一部だろうと、凡人の器に『名有り』の力は過大な代物。そのような力の制御も初体験となれば、当然負荷は更に増す。未来云々以前に、数秒後肉体が崩壊する危機もある綱渡りをディンクは強いられていた。

 彼の身体が永遠に戦闘を続けられるとしても、カレルの暴虐で溶岩の噴出地点は増加を続けており、飛翔魔術を扱えない三人はやがて立っていることすらままならなくなる。

「……打ち合わせ通りやれるか?」

「無理、って言ってもやらなきゃ駄目でしょ?」

 敢えてだろう、皮肉の成分も籠ったアニーの言葉に苦笑を返し、ディンクはギセッファを正眼に構える。同時に『輝光壁リグルド』が微塵に砕け散り、黄金の暴風が三人を襲う。

 迎撃を上半身の動きのみで躱し、クレセゴートが旋る。右腕の炎を盾とするも吹き飛び、背をカレルが生み出した岩石に盛大に打ち付け、骨が盛大に軋む。

「弾切れした所をぶっ叩くのが王道なんだろうが、それじゃ俺がつまらん。てな訳でそろそろ……っておい!」

 愉快そうに語るカレルを無視し、恥も外聞も捨ててディンクは疾走を開始。

 不幸中の幸いで、攻撃を受けたことで火口との距離が詰まった。残存する体力は少なく、手札も時間を追うごとに減っていく。二人が死に物狂いでカレルを足止めしている、この瞬間以外に好機はない。

 激突の音すら聞こえなくなる程に、ディンクは心身全てを疾走に注ぐ。

 溶岩の噴出口を回避しようと、軌道を変え度に足が縺れて視界が乱れ、呼吸は徐々に浅く、短くなり心臓は早鐘を打ったように悲鳴を上げ続ける。日頃の喫煙がここで足を引くとは思わなかったと、内心で舌を打つ。

 ――けれどもうすこし、もう少しで……。

 クラックが放ち、そして弾かれたのであろう鉄球が時折を掠めて心胆が冷えるも、既にカレルとの距離は直線換算で数十メクトル。二人の粘りで勝ちは揺るがない所まで来たと確信を抱く。

 火山で感じる筈がない、極地を想起させる冷気の発生を感じるその瞬間までは。

 未体験の感覚が齎す、逃れられぬ恐怖に絡め取られたディンクは、思わず足を止め、振り返ってしまう。

 目に映るは、黄金の魔剣に神々しさを抱かせる光が流入し、火山に生息する数少ない植物類が枯死していく神罰を想起させる光景。

 今までカレルが放ってきた術技も未体験の代物だったが、一応理屈付けが叶ったそれらと、展開されようとしている眼前の何かは物が違う。

「なかなか楽しかったから、お前らには最大限の敬意を払う。多分痛みは無いから安心しろや」

 振り切れ過ぎた結果か、寧ろ慈悲深さすら感じさせる声で、カレルはクレセゴートを掲げる。止めなければならないと分かっているが、魔剣継承者の放つ、更に増加した闘争心に呑み込まれた三人は一歩たりとも動けなかった。


「終わりだ。『目覚メ無キ夜ゾ来タレリユーサネイシア』」

 

 黄金が火山を覆ったのは一瞬。


 本来の色を取り戻した時、三人は倒れ伏していた。

 死を免れたディンクだったが首を回す事すら出来ず、周囲の状況把握も叶わない。

 右腕の炎が弱まっている事実から、何らかの作用によって体内の魔力を食い潰された点だけは理解した刹那、腹部にカレルの足がめり込み口から反吐が毀れた。

「あっれ、生きてたか。やっぱサボってると上手く行かねぇなぁ」

「……」

「効果は単純、お前らの魔力を食った。本来の到達点は全身解体なんだが、今回は失敗したみたいだ。それでも、もう動けないと思うけどな」

 刃が掠めると解体の危険が生じるだけでも、ディンク達は恐怖で忘我しかけた。魔剣継承者の青年は、その一歩先を行く残酷な技を既に習得していた。

 表情筋や涙腺も機能停止した今、蝋人形同然に硬直した賞金稼ぎの顔に変化はない。

 もっとも、表情がどう変わろうが戦局に変化は生まれないのが常識で、カレルもそのように事態を判じたようだが。

「三人共クレセゴートで殺してやる。あの世で感謝しろよ」

「……の」

「あ?」

「俺達が……勝ち筋を持っているとしたら……お前はどうするんだ?」

 カレルの目に不快感が宿り、足に籠る力が増す。

 ドラケルン人特有の超重量を受け、耕され尽くして無事な箇所がない身体が一段階上の悲鳴を発し意識が混濁する中、ディンクは喘鳴と共に声を絞り出す。

「お前と違って、俺達は弱い。絶対に勝てない、だから、目的を達成する事だけに全てを捧げる。……この瞬間だってそうだ!」

 余裕が失せたカレルがクレセゴートを打ち下ろすも、魔剣は地面を深々と抉り取るに留まる。掻き消えたディンクを探して目を彷徨せながら、全て理解したカレルが怒鳴る。

「お前ら……!」

 地面にめり込んでいた、クラックが放ちカレルに弾き飛ばされた鉄球が、砕け散ったコランドの破片が魔力の粒子と化して一点に集束。

 集束点、即ち火口の淵に三人の力を搔き集めて発動した『転瞬位トラノペイン』で辿り着いたディンクが、辛うじて動く右腕で懐を探る。

 転移に使用されなかった鉄球が間断なく爆裂し、カレルの行く手を阻む音を背で受けながら、今にも己に牙を剥かんと泡立つ溶岩の海を見て、ディンクは数ミリだけ表情筋を駆動させる。

 結局、カレルに傷一つ付けられなかった。

 たった一つの依頼に対し、あまりに大きな犠牲を払い過ぎた。

 報酬を得ても、三人の、特に己の人生は険しい物となるだろう。

「けれど、俺は、俺達は守れた。……それだけで十分だ」

 呟き、先導達から託された結晶を放る。

 特別な何かが生じる気配も無いまま、結晶は放物線を描いて火口を落ちていき、やがて溶岩に没する。

 

 ディンク達の勝利はあまりに呆気なく、静かに彼らの掌中に収まった。





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