第2話

「燃やし尽くしたろか!」


 吠えるようなあたしの啖呵の直後、空気を引き裂いて轟いたドラムで会場のボルテージは急上昇した。

 あたしの指に爪弾かれた六本の弦は、激しく歪んだサウンドに変換されて、アドレナリンを分泌させる。

 指先の痛みも、喉を潰す歌声も、ステージの上に立てば全てが快感だ。あたしの声が、ギターが、仲間の音と混ざり合って一つの『音楽』を紡いで行く。

 輝いた汗と、ライブ特有の熱気。観衆のシャウトが天井に反響して、あたしはうざったい髪を掻き上げた。



「『Seiren』でした!有難うございました!」



「お、燐夜お疲れ~。今日のベース良かったじゃねえか」

「べにこそ…。いつも以上に声乗ってたし、ギターだって調子良さげだったよ」

「そりゃな、本番前に澪さんから直々の指導貰ったし。今までで一番良いライブだったんじゃねーの?」

 青と黒のベースを手にした男の声に、髪を下ろしたあたしはわざとらしく肩を竦めた。

 七瀬ななせ燐夜りんや。『Seiren』のベース&ボーカルを務めていて、このあたし…九十九つくもべにの幼馴染。

「そういえばべに、何でバンド名『Seiren』にしたの?これってギリシャ神話に出て来る怪物の名前でしょ?確か、大手コーヒーメーカーのロゴにもなってる…」

「あァ?…そこまで知ってんだったらお前には野暮だろ。セイレーンはな、その歌声で船人達を惑わして遭難させる化け物なんだよ。だからあたし達もセイレーンと同じくらい優れた音楽を紡ぐ…っていう意味を込めたに決まってんだろ」

「…ねえ、べに。べには女なんだから、他の言い方に変えた方が良いと思うよ。例えば『美しい音楽を奏でたい』とか…」

「うっせえなあたしに指図すんじゃねえ」

 がら空きの横腹にドン!と廻し蹴りをお見舞いしてやれば、ソイツは「ぐふぉあ…」という情けない声と共に崩れ落ちた。

「べ、べに…『暴力はやめて』っていつも言って…」

「んな事知るか。大体貧弱すぎんだよ、テメエは。だからっつって鍛えてやろうって言う程あたしは優しくねえけどな」

 床に伸びたままの燐夜に吐き捨てると、あたしはギターのネックを掴んで舞台袖から出て行った。幼馴染の声が不意に頭の中に蘇って、真っ赤に塗りたくった唇をペロリと舐める。


足取り荒く『軽音部』とプレートの下がった部屋を開けると、ソファーに座っていた先客が

「お疲れ様、べにちゃん。格好良かったよ」

と柔らかく微笑んだ。





「…んでアンタがここにいるんだよ…澪さん」

「こ、怖いから睨むの止めてよべにちゃん…。ちょっと話があるから来ただけなのに…」

 どっかりと椅子に座り込んだあたしに睨まれながら、その人は慌しく紅茶を淹れ始めた。

 五十嵐いがらしみおさん。こんな名前と口調だけど、性別はちゃんとした男。曲者揃いの軽音部を纏めていた先代の部長で…あたしのギターの師匠。

「澪さんは澪さんだろ。…つか澪さん、今更何の用だよ。澪さんの跡はちゃんと燐夜が引き継いだし、引退の時も『思い残した事は無い』って言ってただろ?」

「ああ…。よく覚えてたね、べにちゃん。…実はその事なんだけど、さ」

「…?」



「その…龍牙とは上手くいってるの?」



「…どういう事だよ」

「いやね、何も無いなら良いんだけどね…最近の龍牙、べにちゃんよりも彩ちゃんといる方が多い気がして」

 澪さんの口から出たその名前に、あたしの眉はピクリと動いた。

「…念の為訊くけど、その『彩ちゃん』って…あたしが考えているのと同じ人物なんだろうな」

「うん。『Ariadne』の…『Seiren』の一つ前の、僕達が所属してたバンドのキーボードだった八島やしまひかりちゃん。…今日だって一緒にライブ来てたし、あの二人…僕達が軽音部にいた頃よりも仲良くなってる気がして」

「…確かにそうかもな。ま、学年が違うから澪さんほど頻繁に見てる訳じゃねえけどよ。…教えてくれて有難な、澪さん。近いうちに龍牙には話つけるからよ」

「ま、待ってよ、まだ決まった訳じゃ…」

「龍牙が浮気してたってんならそれまでだ。結局、龍牙はその程度の人間だったって事だろ。…んな奴、こっちから願い下げだ。隣にいる資格なんてねぇよ」

「べにちゃん…」


 …何で、澪さんがそんな悲しそうな顔するんだよ。あたしと龍牙の話なんだから、アンタは関係無いのに。




 苛立たしげな舌打ちの直後、特に意味も無く一筋の赤メッシュを梳いた。

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