六章 西の賢者が死んだ④

 大月山公園に併設されている植物園。八方を追って植物園の前までにまでやってきた高村は、一瞬の躊躇の後にその中へと入っていった。

 中は高村の知らない植物が生い茂っていた。上を見上げれば高い木々がそびえ立っており、視線を下に下ろせばつたのようなものが顔を覗かせている。昼であれば市民の憩いの場であろうが、しかし、夜半よわとなっては反対に自らの存在の不安を沸き立たせるかのような圧を高村は感じた。

 高村は右へ左へと視線を動かす。視界が悪い。八方は一体何処に潜んでいるのか。

「幸太郎君。貴方は陸上に情熱を傾けていたそうね。それこそ、勉学がちょっとおろそかになるくらい」

 室内の真ん中の方から声が聞こえてきた。姿を隠すのが狙いではないのか? 高村は怪訝に思いながらも、植物の壁に隠れながら八方に近付いていく。

「でも貴方は、理由はどうあれ挫折してしまった。私は共感してあげられないけど、貴方が筆舌に尽くしがたい苦痛を味わった事だけは理解出来るわ。だけどね、貴方は怒るかもしれないけど、その歳で挫折を味わったのは幸いだったかもしれないの。ねえ幸太郎君、半端に才能を持ってしまった人間がいい歳になって挫折した時、どうなるか知っているかしら?」

 声が響いてくる。高村は構わず、足音を立てないようにゆっくりと、静かにその声の発信源への距離を詰めていく。

「簡単な事よ。そういう人間達はね、権威に縋るようになるのよ。神童だとか天才だとか、初めは周囲から持てはやされてきたような人間だから、肥大化しきったプライドが自己の平凡性を受け入れられないの。だからそういう人間はいつまでも自分が特別であるために、権威を演出する事に長けるようになっていってしまう。私はね、世界の起源への希求を諦め、徒らに権威を演出する事にばかり長けて自分を大きく見せる事に腐心する落伍者にはなりたくないのよ」

 高村に語り続ける八方。独白染みた言葉は彼の耳に届いてはいた。しかし、彼は聴いてなどはいなかった。今彼の念頭にあるのは、どのように目の前の曲者を打ち倒すか、その一点であった。

「権威だなんてそんなものはね、己に限界を感じ、求道に挫折してしまった者達が自尊心を保つために最後に縋り付く鎧でしかない。英雄の纏うほまれある鎧ではないわ。只の、虚飾と虚栄で形作られた張りぼての鎧。メッキを剥げば残るのは只のみすぼらしい人間の癖に、自分は如何にも素晴らしい存在であるかのように着飾り、後進の崇敬を得ようとする様は見ていて悲しくなってくるわ」

 高村は植物の葉の隙間から、植物園の中心付近にポツリと立っている八方を見つけた。

 気付かれないようにそっと銃口を向ける。

 こんな所に誘い出してそれを活かさないとは。

 いや、そもそも活かすつもりもなかったのか。こんな所を選んだのも、室内だから自分の声が響くと考えての事かもしれない。多分、高村程度の人間なら己の魔力のみでも行使出来る即席魔術とやらでどうとでも出来ると踏んでいるのだろう。

 高村は少しだけ口元をニヤつかせた。やはり彼女は研究者でしかないのだ。戦いを知らない。そんな油断が命取りになってきた例はいくらでもあるというのに。

 これで終わりだ。覚悟しろ、あんたはこれまでやってきた事のツケをここで払うんだ。

 その時八方は、速くもなく、遅くもない、そう、恐らく人間が美しいと思わず魅入ってしまうような得も言われぬ速度でその頭を高村の方に向けてきた。

「駄目よ、幸太郎君。人の話はちゃんと聞かなくては」

「え」

 高村の真横を何かがよぎり、高村の頬にジワリと熱い感触が走った。

 高村は横に視線を向ける。

 なんだ、これは? そこには金属質の尻尾のようなものがあった。先端は見えない。それは遥か後ろにあるのだろう。だが、先端が明確な殺意を以て作られている事だけは直感的に理解出来た。

 高村は体を強張らせながらも、視線を八方の方へと向けた。

 尻尾は、八方のゆったりとしたワンピースの下から延びていた。

「元々この体には研究成果として色々と手を入れていたけど、もしもの事があったらって思って改造していて良かったわ。私は即席魔術はあまり得意ではないから」

 後ろで何かが引き抜かれる音がすると同時に、尻尾は電源コードを巻き取るように八方のスカートの中に舞い戻っていった。

 八方は右手を横に広げる。すると、右手首の辺りから鋭利な刃が出て来て、それを八方は掴んだ。

「剣の心得がありそうに見えないけどな」

 高村は動揺を紛らわせようと苦し紛れに言った。

「幸太郎君。貴方のピストルの補正機能は誰が付けたのか忘れたのかしら?」

「ああ、あんただよ、くそっ!」

 高村は植物園の出口に向かって駆け出した。やはり植物に囲まれたこの場所では分が悪い。今なら八方はのこのこと室外へと付いて来てくれるだろう。

 物陰の無くなった場所で決着を付けてやる。

 ふと、高村は上を見上げた。

「ちっ」

 ヤシの木のようなものが数本通路に倒れた。高村は木が倒れきったのを確認してからその上を乗り越えようとしたが、すんでのところで足を止める。木の向こうに八方が立っていたからだ。

「後一歩の所だったわね」

 微笑を浮かべる八方。別の出口を探すか? 高村は考える。

 いや、別の出口を探したところで意味がない。ここでやるべきだ。

 木の上に、ふわりと浮くような軽やかさで八方は飛び立ち、そして木を蹴って高村に斬りかかった。

 高村は後ろに飛び下がりながらそれを避け、銃弾を二発放った。

 八方は僅かに仰け反る。一つは刃に弾かれてしまったが、一発は命中したからだ。

 よし、と高村は心の中で思わずガッツポーズを取った。しかし、目の前に起きた異常にすぐに我に返る。

 文字通り、八方の左腕が二本になっていた。肩で分化したもう一つの左腕はナイフを握り、高村へと襲いかかろうとした。

 高村も応戦のため片手で懐からナイフを取り出そうとし、それに備えた。

 しかし、八方の左腕の動きは突然止まり、彼女は左方へと大きく飛び退いた。

 刹那、ガラスの割れる音がした。割れた破片は月夜に照らされてキラキラと白銀の輝きを放ち、地面に落ちては更に細かい破片へと砕けていった。

 高村は思わず腕で顔を守っていたが、腕の隙間からの視界でそこに闖入ちんにゅうしてきた者をしっかりと捉えていた。

「杜ノ宮さん」

 砕け散ったガラスの破片の上に立っていたのは杜ノ宮であった。彼女は八方の方を睨みつけるように、じっと見据えていた。

「杜ノ宮さん、どうしてここに」

 高村が問いかけると、杜ノ宮は答えた。

「高村さん、下がってください。後は私がやりますから」

 くくく、と押し殺すような笑いが聞こえてくる。

「何が可笑しいんですか?」

「いいえ。何も、何も可笑しくはないわ。そんな事より、見違えるように大きくなったわね、一ちゃん」

 一瞬、杜ノ宮の目が見開いた。それから、一層表情を険しくして八方を睨み付けた。

「黙れ人殺し。気安く私の名を呼ぶな」

「貴方と再会した時ね、私は安心したのよ。だって、生き別れの妹が元気でやっていたんですもの」

「巫山戯るなっ!」

 激情した声。それは、高村が初めて見た杜ノ宮の怒りであった。

「そんな訳ないでしょ。だったら! なんであんな事したんだ」

 杜ノ宮は声を震わせながら言った。

「あんな事?」

「お父さんとお母さんを殺した事だこの薄情者」

 普段の杜ノ宮からは信じられない程に低い声。それはどちらかというと小さな声だった筈なのに、その言葉の一つ一つがまるで意思でも持っているかのようにしっかりと耳の中に入ってきた。

 首を傾げていた八方は「ああ」と頷き、視線を下に落とした。

「そうね。確かに私は両親を手に掛けたわ」

「なんで」

「どうしても、そうしなければならなかったから」

「意味が分からない! あんなに仲良かったのに、全部嘘? 演技だったのかな?」

 杜ノ宮は俯き、全身を震わせていた。それに微かにだが、吐息が聞こえてきた。

「演技じゃないわ。誓って私は両親の事を愛していた。勿論、貴方の事も」

「そんなの、矛盾してる。愛している人を人は殺したりしない。でも、分からない。貴方の言葉が嘘じゃないと可笑しいのに」

「一ちゃん。人を愛する事と愛している人を手にかける事は矛盾しないわ」

「……は?」

 杜ノ宮は顔を上げる。その顔は、困惑と怒りと嫌悪とが混ざり合ったような表情であった。

「人は優先順位というものを付けるでしょ? あの服が欲しいから外食は我慢する、とか、憧れの歌手になりたいから歌のレッスンを学業より優先する、だとか、皆普段から物事に優先順位を付けながら生きてるわ。当然ながら、最優先事項は他のどんな事柄よりも優先されねばならない。私の場合、それが研究であり、世界の起源への探求であった」

「そんなの、お父さんとお母さんを……してしまった事と繋がらない」

「貴方が生まれる前ね、八方家は私が継ぐものとばかりに思ってたのよ。でも、私が中学を卒業するくらいの時に貴方が生まれ、一、と名付けられた。貴方の名前を両親から知らされた時、私は予感がしたわ。もしかして、この家を継ぐのは貴方なんじゃないかって思って」

 一、いち、全ての始まり。

 ああ、そういう事か。高村は納得した。

 一という名前には願望と期待が込められているんだ。

 以前、四方坂が語った太極図。太極というのはこの世界の根源を表現したものだとされている。そして一とは、その太極そのものなのだ。八方家がその太極を目指していた家系なのだとすると、一という名には特別な意味、つまり八方家の願望と期待、跡取りとしての意味が込められているのだ。

「貴方が生まれて八年位経った頃かしら、私は偶然聞いてしまったのよ。八方家の後を継ぐのを誰にするのかって話をね。私の予感は的中してしまったわ。八方家において、当主を継げない事は分家として本家の支援に回るか、もしくは縁を絶たなければならない事を意味する。それはつまり、研究の断念へと繋がるわ。何故なら、当主でなければ得られない資産が八方家には数多くあったから。それらを閲覧、あるいは活用出来なくなるのは当時の私にとっては致命的な痛手だった。だから私は、自分の最も優先すべき事の断念を防ぐために両親を手にかけたの」

「そんな事のため、に……?」

「そんな事? いいえ、一ちゃん。仮にも八方家の当主として選ばれた者がそんな事を口走ってはいけないわ。世界の原因を知りたいと考えるのは、何よりも素朴で重要な事でしょう。まあ確かに、何処かの哲学者が言ったように真理などというものはないかもしれない。でも、起源は存在するわ。この世の原因となったもの、そこに至る事が出来ればこの世界の全てを理解出来るかもしれないし、事象を思い通りに操れるかもしれない。故に、起源を探求する事は何よりも優先されなければならない事項なのよ。いいえ、百歩譲って最優先事項でなくても構わないわ。それでも、愛した両親を手にかけるだけの価値があるとは感じないかしら?」

 杜ノ宮の表情が凍り付いたようになった。しかし間もなく、くっくっ、と杜ノ宮は静かに笑い出す。

「聞いた私が馬鹿だった」

「一ちゃん?」

 杜ノ宮は刀を八方へと突き付け、言った。

「ここで殺してあげます。だから、さっさとくたばって下さいね」

「そう、残念だわ」

 杜ノ宮は横に跳躍して八方へと斬りかかる。八方は、もう一つの左腕に持っていたナイフを杜ノ宮に突き立てようとした。それを、杜ノ宮は身をねじって躱し、八方へと刀を振り下ろした。

 鮮血が上がる。返り血は杜ノ宮の服を、顔を、腕を赤く染めあげる。

 途端、杜ノ宮が顔を歪め一瞬、動きを止めた。

 その静止を八方は見逃さなかった。

「あっ」

 杜ノ宮は小さくそう声を漏らした。

「血にちょっとした毒を仕込んでおいたのよ」

 八方は言った。

 杜ノ宮の背中から、刃が突き出ていた。その赤い血を先端からポツポツと滴らせているそれはまさしく、八方が手に持っていた刃であった。

 八方は微笑したままそれを引き抜こうとする。しかし刃を引き戻そうとした時、その刃を持った左手首を杜ノ宮は叩き壊し、引きちぎった。

「あら」

 しかし、八方は焦るでもなくもう一つの左腕で杜ノ宮の首を掴み後方へ投げ飛ばした。

「左半分の全てを犠牲にするつもりだったけど、案外安く済んだものね」

 八方はゆっくりと高村の方へと向き直り、微笑する。

「貴方だけは、なんとか無事なままにしてあげたかったのに」

 八方のワンピースの下から再び硬質の尻尾が現れ出でて、高村に襲いかかった。

 尻尾はまるでピッチャーの放つ剛速球の如きスピードで襲いかかってくるが、高村はなんとかそれを躱し続けた。

 尻尾が度々的外れな方向に向かって動く。その不安定な動きは恐らく八方も余裕が無くなってきた事を示すのだろう。

 離れれば尻尾が襲いかかってくる。ならば、距離を詰めねばならない。

 もう一つの左腕。今は素手だが、腕の内部に刃を仕込んでいないとは限らない。

 だが、どのみちこのまま膠着こうちゃく状態が続けば自分がやられる。ならば、踏み出さねばなるまい。

 高村ははっとした。一瞬、思考に意識を傾けすぎたせいだろう、尻尾の先端を見失ってしまった。

 しまった、そう思った時には高村の体を尻尾が巻き付き、締め上げていた。

 全身がこれから押し潰されるのが予感出来るような感覚、高村は歯を食いしばってその痛みに耐えようとしたが、その痛みを和らげるため数秒ともせず自然と苦痛を訴える声が口から漏れ出るようになった。

「幸太郎君。私のミニオンになれば助けてあげるわよ。そんなに思い悩む事はないわ。私は貴方を監禁するつもりはないし、これまで通りの生活を送る事が可能よ。いえ、それどころか契約料だって貴方の懐に入ってくるわ。どうかしら、今の貴方には破格の好条件だと思うけど」

 見ているのも痛ましい程に傷を負った体にも関わらず、八方は笑みを崩さず喜色を含んだ声音で高村に語りかける。

 高村の口が動く。

「えっ、聞こえないわ。なんて――」

 い、や、だ。

 高村の唇の動きを八方は読み取ったようだった。高村は苦痛に顔を歪めながらも、八方の表情が落胆の色に支配されていくのをしっかりと見ていた。

「そう。そこまでして私を拒絶するなんて」

 八方が溜息をつこうと息を吸い込む、が、その呼吸の動作は唐突に止まり、八方は目を見開いた。

 八方の喉元を刀が貫いていた。研ぎ澄まされた白刃を際立たせるかのように血が刀身を流れ、白い柔肌を伝い裂けてボロボロのワンピースの中へと入っていく。刃の先端に溜まっていた血が落ちる。ぴちゃん、とそれはいやに心地の良い音を立てて飛沫へと変じ大地を染めた。

 眼が動く。八方は後ろにいるであろう、自らの眷属けんぞくの姿を求め、そして、ゆっくりと目を細めた。

 八方より数メートル距離を置いた所に、杜ノ宮は膝を突きながらもなおその敵意を一切緩める事なく八方を睨んでいた。

 刀を、投擲とうてきして八方を突いたのだ。

「甘い、わね。この程度じゃ、私は死なない」

 八方は左手で自らの喉に突き刺さった刀を抜き、逆手に持った。

「私は、貴方達では壊せないわ」

 八方は杜ノ宮へと、その凶刃を突き立てようと刀を振り上げた時だった。

 八方はぐらりとよろめいた。そのままバランスを崩して倒れそうになったが、その場で踏みとどまる。

「じゅ、そ、ね」

 振り上げたままだった刀はあらぬ方向へと振り下ろされた。

「か、らだ、が」

 八方の動きが鈍くなっていく。最早、体を動かすのがやっとなのだろう。

 撃鉄を起こす音がした。八方はそちらの方へと振り向き、そして微笑した。

「終わりだ、八方十香」

「幸太郎、く――」

 銃声が響いた。八方はゆっくりと力なく仰け反り、そして倒れた。

 血溜まりが頭から周辺に広がっていく。それでもなお、もう一つの左手は、自分だけは活動を停止しまいと小刻みに震えながら動き出そうとする。

 再び、銃声が響いた。左手は破片となって辺りに散らばる。

 高村は八方の顔を見た。目にはまだ光が灯っているようであり、今にも動き出そうな生気を感じた。しかし、結局いつまで経っても動き出す事は無かった。

「あんたの負けだ」

 そう言った後、高村ははっと我に帰り、杜ノ宮の方へと駆ける。

「杜ノ宮!」

 高村が膝を突いた体勢のままの項垂うなだれている杜ノ宮に問いかけると、杜ノ宮は顔を上げて微笑する。

「大丈夫ですよ。これくらいなら治ります。私にとっては致命傷ではありませんから」

「そう、か」

 杜ノ宮はゆっくりと立ち上がり、胸に突き刺さっていた刃を抜く。顔を歪め苦痛で声を上げながらも、刃を抜いた杜ノ宮はそれを地面に投げ捨てた。

「彼女は」

 杜ノ宮は自らの姉だったものを見下ろしながら言った。

「殺した」

「高村さん。壊したでいいです。殺しただなんて、この人には贅沢過ぎます」

 高村は首を振る。

「いいや、殺したんだよ、俺は」

「駄目です!」

 うっ、と呻きを上げる杜ノ宮。しかし、構わず続けて言った。

「それじゃ貴方が人殺しになってしまう。そんなの駄目ですよ。こんな人でなしのために貴方が人殺しになる必要なんかないんです」

「ありがとう、杜ノ宮さん。でもいいんだ。俺が手にかけたのは、間違いなく人間で、君の姉さんだったんだから」

「ごめんなさい。私が」

「気にしないでくれ。俺が自分の意思でやった事だ。それより」

「よかった、生きてたのね」

 高村と杜ノ宮が一斉に振り向くと、そこには銃剣を片手に抱えた北野が立っていた。汗で髪が顔に張り付き、所々血が体にこびり付いていたが、彼女自身に外傷はないようであった。

「北野、無事だったんだな」

「あら、あの人形にやられてほしかったのかしら」

 意地の悪そうな笑みを浮かべる北野。

「まさか」

 高村は思わず苦笑する。

「それは兎も角、暴れ回った後はちゃんと後始末をしないとね」

 北野は植物園の中を見回し、そこにあった死体を一瞥しながら言った。

「ああ」

 ふと、高村は死体の側に杜ノ宮が立っている事に気付いた。

「杜ノ宮――」

 とん、と肩に手を置かれた。振り返ると、北野が首を横に振っていた。

 高村は杜ノ宮の方へと再び視線を移す。

 その顔は、得も言われぬ表情で支配されていた。憎しみや恨み、侮蔑の中に、寂しさや愛おしさが内包されているような、そんな複雑な表情。

 ただ、きっと姉の事が大好きだったのだろう。高村はその顔を見て、それだけは確信した。

「西の賢者は死んだ」

 その死姿を見ながら、淡々とした口調で北野は呟いた。

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