四章 交差⑧

「さて、どうしたものか」

 凶行の残骸が残った教室で、千葉は淡々と呟いた。魔法陣も、蔦のように這っていた赤い光の線も、徐々にその輝きを失っていた。

「安心しろよ。中村も、西野も、戸渡も、波多野も皆、保護した」

 元々そこに彼がいるのが分かっていたのかのように、千葉はゆっくりと振り返る。

 そこには、高村が入口を塞ぐように立っていた。

「そうか。なら、一番の悩み事が解決して良かったよ」

「千葉」

「数日前にき物の少女と対峙しているお前を見て心底驚いたよ。まさかお前まであれに関わってるなんてな」

 その言葉で高村は理解した。時上と杜ノ宮が交戦していた時に放たれた光の矢は、恐らく千葉が放ったものだという事に。

「道理で右足が突然義足になるわけだ。大会前にも関わらず陸上を辞めたのも右足の事と、大方他人を巻き込まないようにするためだろう。成程、これで全て繋がったよ」

「あんた、自分が何したか分かってるのか」

「勿論だ。そんな事は、言われなくても十々承知してる」

「なんで、中村にあんな事させたんだ」

 高村は睨み付けながら問いかけるが、千葉は沈黙する。

「なあ、あんた魔術師なんだってな。つまりそういう事か。教師なんてのは只の茶番で、中村の事もお遊びでーー」

「それは違う!」

 千葉は大きく声を上げた。初めてみるその感情的な声に高村は思わずたじろいでしまった。

「高村、お前にどう思われようとも構わない。だが俺は中村の助けになりたかった。その気持ちに偽りはない」

「助けになりたかったって、なんでこうなる?」

 そう高村が問い詰めると、千葉は少しだけ目を伏せる。

「これが、俺の考えられる最善の方法だったからだ。このままじゃ、近い内に中村は暴発していた。それは最悪の事態だ、中村の人生が駄目になってしまう。それだけじゃない。最悪、虐めていた生徒に取り返しのつかない事をしてしまうかもしれない。誰もが傷付いて、誰も得をしない最悪の事態だ。だから俺は中村に闘う力と、立ち向かう勇気を与えたんだ」

「あんたはあれが、一番最善の方法だって言うのかよ」

 高村の脳裏に中村の姿が浮かぶ。

 ーーお互い人生無茶苦茶だね。

 あれが最善の方法だなどと。

「間違いなく、今考えられる中で最善の方法だ。何故なら、今回の中村の報復によって虐めをしていた子達にトラウマを植え付けられる。そうすればあの子達はもう中村を恐れて嫌がらせをしようとはしないだろう。告発も出来ない。何故なら、そんな事をすれば彼女達が虐めをしていたんじゃないかという疑惑が真実味を帯びてくるからだ。そうして中村はもう虐めを受けず、残りの学生生活を穏便に送る事が出来る。虐めをしてた子達だって、些細なきっかけから始めてしまっただけの普通の子達で、下らない事なんか辞めて元に戻れる。多少の痛みは伴うが、誰もが真っ当に生きられる。これが、今俺に出来る最善の方法だ」

 高村の頭に血がのぼる。顔が、全身が熱くなる。血が沸騰ふっとうするようだ。だが構うものか、

 この男は!

 高村はしかし、その振るおうとした拳を教師の顔面、その寸前で止めていた。

 高村の目は今にも飛び出さん程に大きく見開かれていた、瞳孔は獣の如き鋭さで、彼を知っている者がいたら、まるで別人かとまで見紛う程であっただろう。

 しかし、彼はその怒りの矛先をすんでのところで必死に止めていた。

 結局、彼も何処かで理解していたからだ。そうする事が最善の方法だという事に。

「何か、他にあるだろ」

 高村はその場に力なく膝をつき、殆ど独り言のようにぼそりと呟いた。

「済まない。本当に済まない。もう少し時間があればもっといい方法があったかもしれないが、もう、こうするしかなかったんだ。俺は賢者でも魔法使いでもない。奇跡は、そう簡単には起こせない。だからこそ、こんなどうしようもない事を打破するための魔法が欲しかった」

 高村の肩を軽く叩くと、千葉はそのまま歩き去っていこうとした。しかし、思い出したように振り返ると、

「高村、一つだけ聞きたい。義足は一体誰に作ってもらったんだ?」

「四方坂円、あんたも良く知ってるだろ」

 自分でも驚く程の低いトーンで高村は答えた。

「よもさか、まどか? いや」

 千葉は戸惑ったように答えると、高村は眉をしかめながら振り向いた。

 知らない、だって?

「知り合いかと思ったが、違ったみたいだ。ああ、賢者の石の事だが、俺はもう諦めたよ。あんなでかい化け物みたいのがいたんじゃ、とても手が出せないからな」

 しかし、高村はそれには返事をしない。構わず千葉は続ける。

「高村。西の賢者はまだ生きている。この馬鹿げた騒ぎを裏で操っているのは他ならぬ賢者だ」

 そうして、今度こそ千葉はその場を歩き去っていった。

 ややあって、高村は教室の床を両手で思い切り叩き付けた。

 只一人、己の無力さを、この世界のどうしようもなさを呪いながら。

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