四章 交差②
「どうした?」
事務所へと戻ってきた久我山はきょろきょろと周りを見回す北野に問いかける。
「いえ、なんでもないです」
「別に物珍しくもないだろう。この部屋には取り立てて変わったものは置いてない。ついでに言えば、漫画は無いが週刊誌ならある」
「そうみたいですね」
本棚に近付いた北野が片隅に目を向けると、そこには大手のものから、北野が名前を知らない出版社のものまで、所狭しと並んでいた。
「こういうものから情報を得たりするんですか?」
「いや、そんな事はない。そこらにあるのも昔のやつだ。別に新しいやつじゃない」
「はあ」
なんでそんなものを後生大事に持っているのだ、とでも言いたげな顔で北野は久我山の方を振り向いたが、久我山は手に持ったクリアファイルの方を見ていた。
「それで、これが俺の洗い出した容疑者達だ」
そう言って久我山はテーブルに印刷したプリント紙を置いていった。
「容疑者、ですか?」
「ああそうだ。闇雲に当たってもしょうがないからな。目撃情報と手元にある術師の情報を照合して容疑者を洗い出していった。これがそれだ」
「これは正確なんですか?」
「絶対正確とは言い切れん。だが状況証拠から考えて殆ど間違いはないだろう」
北野は容疑者のリストを流し見していく。そして、ある男について書かれた所で目の動きが止まった。
北野はプリントを手に取る。情報の中に、刈りそろえられた短髪にワイシャツ姿の男の写真が載っていた。
「この人」
「
「何故千葉先生が」
北野は怪訝な顔をして久我山を見ると、久我山は手を振る。
「疑わしきは取り敢えずリストアップしてるんだ。で、その中にこの男が入ってた。知り合いか?」
「うちの高校の先生です。何故容疑者に入ってるんでしょうか」
「変死体の近くで何度か目撃されたからだ。まだよく調べてないんだが、どんな奴なんだ?」
「一言で言うと爽やかです」
「はあ、爽やか、ね」
「千葉先生は国語を担当しているのですが、剣道の達人でもあります。確か、教職員の大会で優勝した事もあるとか。それだけじゃなくて、とても面倒見も良いです。言うなれば人間の
「べた褒めだな。却って
「流石に疑り深くないですか?」
「探偵やってんだ。性悪説で人間不信じゃないとやっていけねえんだよ」
それで、何度か痛い目みたし。俯きながら、久我山はぼそりと呟いた。
「後な、経験論だがそういう人間こそ警戒すべきだと思うぜ」
「どうしてですか?」
「誠実さは人の警戒心を緩めるからな。散々詐欺に対する注意呼び掛けがあるのに騙される人間がいるのは何故だと思う? 詐欺師は賢いだけじゃない。誠実で熱意があり、
「それで、久我山さんは何度か騙されて痛い目を見たんですね」
「聞こえてたのかよ。ああそうだよ騙されたよ。くそっ、今思い出しても腹が立ってくる」
「ご
「そりゃどうも。兎に角だ、千葉うんたらって教師は怪しい。人の良い先生が、そんな変死体のある場所に居合わせるってのが諸にぷんぷんするぜ」
「確かに怪しいのかもしれないですけど、やっぱり私はあの先生が悪い事を企んでるようには見えないです」
「別に俺も悪い事を考えてるって断定してるわけじゃない。ただ全幅の信頼を寄せず、少しの警戒位はしておけって事だ。そういうのは抑止力にもなるから、相手に変な気も起こさせない。分かるか、警戒心を持つのは互いのためなんだ」
「そう、ですか」
北野は分かったような、分からないような
「さて、脱線しちまったな。万智、ここ最近学校で変わった事は無かったか?」
「変わった事ですか」
「別に魔術的なものじゃなくてもいい。学校の些細な変化だ。知っている生徒の雰囲気がそういえば明るくなったな、とか」
「ああ、それで言えば最近、虐めが云々って話を聞いた事があるような」
「虐め?」
「はい。只の噂話なのですが、なんだか誰かが回りくどい嫌がらせを受けているとかなんとか。そうは言っても誰が誰に向けてやっているのかも分からないのですが」
「ん? じゃあ何故虐めがあると分かる」
「雰囲気ですよ」
「雰囲気だあ?」
久我山は眉を吊り上げる。
「はい。なんでも、虐めのような事が起きている場合と起きていない場合は空気が違うんだそうです。実は私もあまり分かってないですけど」
「空気ねえ」
その場にいないと分からない雰囲気というのは確かにあるが。久我山はもう遠い昔になった学生時代を
「虐めも進化しちまってるのかね」
「え、何か言いました?」
ぼそりと呟いた久我山に北野は聞き返す。
「いや、なんでもない。それより、万智。他には何か無いのか?」
「そうですね。文化祭で愉快犯が現れたとか」
「具体的には?」
「生徒会の秘密企画だったみたいです。
「はあ、楽しそうだな」
久我山は他にいくつか聞いたが、思っていたような成果は得られず、「まあこんなもんか」と小さく呟いた。
「案外目当ての魚は引っかからないもんだ」
「それはそうですよ。ウチの学校は至って普通の高校ですから、魔術師や呪術師達に旨味のあるものなんてありませんし」
「なあ万智。学校に行っている間、千葉に関する情報を集めてくれないか」
そう言った久我山に北野は眉をひそめる。
「それは何故でしょうか?」
「やはり学校に何かある感じはしないが、千葉は例外だからだ」
「随分と千葉先生に拘るんですね」
「まあな。仮に千葉が魔術師か呪術師なら学校って場所は都合がいい。平日の日中は必ず一定数の人間が確保出来るし、学校という場所は隔離された空間だから部外者は簡単に入ってこれず、結界も張りやすい。拠点にするなり、何か事を起こすには絶好の場所だ」
「本気で、そんな事を思ってるんですか?」
「半分くらいはな。さっきも言ったが、俺は誠実な人間は信用出来ねえ。根が暗い奴だと思ってくれて結構だよ。俺はもう騙されたかねえんだ。で、やってくれるのか?」
問いかける久我山。それに北野は不敵な笑みで応えた。
「ええ、分かりました。と言っても、四六時中は無理ですが」
「なんだよその笑いは。俺変な事言ったか?」
「いいえ。特に変な事は聞いてないです。ただ、やっぱり私がいて正解でしたね、って思っただけです」
「は。やれやれ、これだから子供は」
「貴方もなんだか子供みたいですよ」
「言ってろよ。ったく」
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