第15話 休日
「仕事が……ない」
オレは机に置かれている仕事の書類を見て、ため息をついた。手を付けられる書類が、1枚もない。あるものといえば、事務所に届けられた勧誘の手紙ばかりだ。
なぜ仕事が無くなってしまったのか。
それは昨日、オレが全ての代書人としての仕事を片付けてしまったためだ。さらに、出版社のアルタイルに渡す原稿も、つい先日書き上げて、アルタイルに手渡してしまった。
こうして今のオレは、手を付けられる仕事がない状態になってしまった。
仕事がない。そうなってしまったら、もうやることは1つしかない。
「今日は、休みだぁ!」
オレはイスにどっしりと腰掛けた。
休みとはいえ、事務所は開店している。いつ来客が来て仕事が舞い込んできてもいいように、この仕事机のイスで休むことにしよう。
新聞を手にしたオレに、マリアが紅茶を持って来た。
「ご主人様、今日はお休みですか?」
「正確には、開店休業だな。事務所は開けてあっても、仕事がないから休みみたいなもんだ」
オレはそう云って、新聞を広げた。
「マリアも、仕事は終わった?」
「はい。掃除と洗濯は終わりました。お昼の準備は、11時頃から始めようかと思います」
「それなら、マリアも休んでいていいぞ」
「えっ、いいのですか?」
マリアが目を丸くして、オレに聞いてくる。
オレはゆっくりと、首を上下に動かした。
「仕事が無いのなら、仕方ないさ。休むべき時に休んで、動くときに動く。そして今は、休むべき時だ」
「はい、ありがとうございます。それでは、わたしもお休みさせていただきますね」
マリアはそう云って、居間の方に向かっていった。尻尾が嬉しそうに左右に振れているのを、オレは確かに見た。
オレは尻尾をじっくりと見送ってから、新聞に目を向けた。
結局、午前中には1件も新しい仕事が舞い込んでくることはなかった。
昼食を終えて、午後になった。
オレは午前中と変わらず、事務所で新聞を読みながら、依頼を待っていた。
「……暇だ」
ふと時計を見ると、2時を回っていた。
このまま依頼を待ち続けても、今日は依頼は来ないかもしれない。
仕事がないのに、事務所を開けて待ち続けるのも問題だ。電気代だってタダじゃない。
「事務所……閉めるか」
オレは事務所の電気を落とし、カーテンを閉めた。
そしてドアに「臨時休業」と書かれたプレートを提げ、鍵をかける。
「昼寝でも……するかぁ」
念のため、マリアに一言云っておいたほうがいいだろう。
オレはそう思い、マリアを呼んだ。
「マリア」
「はい、ご主人様」
マリアが、事務所に入ってくる。
「いかがなさいましたか?」
「今日はもう、事務所を閉めることにした。そして、オレはこれから昼寝する」
オレはそう云うと、来客用のソファーに寝転がった。
「電話が来たり、何かあったりしたら起こして」
「はい……かしこまりました」
マリアがそう返事してくれたのを聞いてから、オレはゆっくりと目を閉じた。
そしてそのまま、いつしか深い眠りへと落ちていった。
わたしは、ご主人様がお昼寝を始めてからしばらくの間、その場に立っていました。
寝息を立て始めたご主人様は、気持ち良さそうに眠っています。
「……ご主人様ってば」
時々、ご主人様が真面目なのかそうでないのか、分からなくなります。
真剣に仕事をしているかと思いますと、こうして仕事が無いと寝てしまったり。
代書人というお堅い仕事をしているのに、まるでそんな雰囲気がありません。
わたしはご主人様を起こさないように、そっとソファーの隣に腰掛けました。
そして眠るご主人様に、わたしの尻尾を被せます。
「ん……モフモフ……」
ご主人様が寝言を云いながら、わたしの尻尾を触ってきました。
「んぅっ……」
尻尾を触られたわたしは、少し声を漏らしてしまいましたが、堪えました。
獣人族にとって尻尾は、とても敏感なところなのです。だから触られることを嫌がる人は、とても多いです。
わたしも、眠っているとはいえ、人に触らせるのは初めてです。
やっぱり、どけようかな。
ゾクゾクしてしまい、落ち着きません。
そう思ったわたしは、ご主人様の顔を覗き込みました。
「ご主人様……」
眠っているご主人様は、先ほどよりも幸せそうな表情をしていました。
「……仕方ないですね」
どけようと思いましたが、もう少しだけこのままにしようかと思います。
「ご主人様のお役に立てて……わたしは幸せです」
わたしはご主人様の机に置かれていた電話の受話器をそっと持ち上げ、横に置きました。
これで、電話が鳴ることはありません。
しばらく、ご主人様との時間を楽しむことにします。
そしていつしか、わたしも眠ってしまいました。
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