第14話 プレゼント

 オレは事務所で仕事をしていた。


 事務所に居るのは、オレ以外にはマリアだけだ。

 そしてマリアは、メイドとして自らの仕事である掃除をしていた。


 そんなマリアを、オレは書類を作りながら観察していた。

 マリアはテキパキと仕事をこなしていき、ミスすることもほとんどない。

 ここでの生活と仕事にも、だいぶ馴染んできたようだ。


 馴染んできたのは、とてもいいことだ。

 緊張している様子も最近、あまり見受けられない。


 オレがそんなことを考えていると、突然マリアがオレの方を向いた。


「ご主人様?」

「んあっ!?」


 突然マリアから声をかけられ、オレは驚く。

 まさか、見ていたのがバレたのか?

 いやらしい目で見たりはしていなかったはずだが……。


「ご主人様、何かわたしについておりますか……?」

「いや、なんでもないよ」


 オレはそう誤魔化し、書類作成を続ける。

 ただ単に見ていただけだったなんて云っても、マリアは喜んだりしないだろう。


 せっせと、オレは書類を作り続けた。




 書類作成に疲れて、オレは万年筆を置いた。

 そろそろ、少し休憩するか。


 そう思って顔を上げると、まだマリアは掃除をしていた。

 しかし、先ほどと少し様子が異なっていた。


 マリアは時折外の景色を見ては、事務所の中を見て何かを探しているようだ。

 あちこちをキョロキョロと見回している。一体、マリアは何を探しているのだろう?

 気になったオレも外の様子を眺めたが、特に普段と変わった様子はない。街行く人々はいつも通りだし、カレンダーを見ても祝日とかお祭りなどのイベントもない。いつもと同じ日で、何か特別な日というわけでもない。


 一体、何を探しているのか?

 カレンダーか?

 それとも、汚れている個所か?

 オレは考えたが、答えは出てこなかった。


 そういえば、今は何時だろう?


 オレは机の上に置いてあった、懐中時計を手にした。

 現在の時刻は、夕方の4時だ。


 あと1~2時間くらいしたら、今日の営業は終了とするか。


 オレがそんなことを考えていると、マリアがやってきた。


「ご主人様、今って何時ですか?」

「夕方の4時だ」


 マリアからの問いに対し、オレは懐中時計を見せて答える。


「ありがとうございます! そろそろ、夕食の買い出しに行ってきますね!」

「うん。頼んだよ」


 マリアは居間へ向かうと、買い物かごを手にして、そのまま買い物に出かけていった。


「……」


 オレは買い物に出かけていくマリアの背中を見送っていき、マリアが何を探していたのか理解した。

 どうして、早いところ気づいてあげられなかったのだろう。

 時計なら、応接スペースのところに置いてあったというのに。


 いや、待て。

 そうだ。もっといい方法がある!


 オレは財布を手にすると、中に入っているおカネを数え始めた。




 翌日。オレはマリアに仕事に出ると告げて事務所を後にした。


 向かう場所は、仕事先ではない。

 オレが足を踏み入れたのは、駅の近くにある時計店だった。


「いらっしゃいませー」


 初老の店主が、入ってきたオレに声をかけてくる。


「こんにちは。時計を買いたいのですが……」

「はい、どのようなものをお求めでしょうか?」

「うちで雇っているメイドに持たせる時計です」


 オレがそう伝えると、店主の目つきが変わった。

 最初は愛想の良い商人のような目だったが、今は不思議そうに変わったものを見る目に変化した。


「はぁ……メイドに持たせる時計ですか?」

「えぇ。そうなんですが、何か……?」

「いえ、少々珍しかったものでして。メイドに時計のような高価な品を持たせる雇用主は、そうそう滅多にお目にかかりません。昔に比べて安くなってきたとはいえ、まだまだものによっては高級品でございます。あ、お気を悪くされたのでしたら、申し訳ございませんでした」

「いえ、大丈夫です。それで、メイドに持たせる時計で何かピッタリのものはありますか?」

「ご用意いたします。少々お待ちください」


 店主は店の奥に入っていった。

 その場で5分くらいショーケースの中に入った様々な時計を物色していると、店主がいくつかの懐中時計を持って戻ってきた。


「こちらなど、いかがでしょうか?」


 店主が最初に勧めてきたのは、黒い革ベルトがついた腕時計だった。


「こちらは目立ちにくさと価格の両方を抑えた一品です。腕時計ですので、少々壊れやすいのですが、その分お値段が抑えられております。また黒い革ベルトに白の文字盤という控えめなデザインにより、どのような場面でも目立ちにくくなっております。使用人の方に持たせる時計として、最も雇用主の方から人気がございます。いかがでしょうか?」

「うーん……」


 オレは店主が勧めてきた腕時計を眺める。

 デザインは悪くない。価格も思っていたよりも安い。確かに使用人に持たせる時計としては、十分すぎると云ってもいいのかもしれない。

 しかし……。


「他にはどんなものがありますか?」

「よ、よろしかったでしょうか?」


 店主が目を白黒させて尋ねる。

 オレは頷いた。


「うちのメイドは、水仕事もします。料理を運んだり、私の身の回りの世話をしてくれるだけならそれでもいいですが、洗濯や料理、掃除といった仕事もしますので、腕時計は仕事内容と合いません。それに価格は確かに安いですが、壊れやすいのは困ります。使い捨てしてもいいほどの余裕があれば別ですが、私にはそこまでの余裕がありません」

「分かりました。それでは、こちらはいかがでしょうか?」


 店主はさらに、別の時計を見せてくれた。

 オレはそのまま30分ほど、店主から紹介される数々の時計を眺めては品定めを続けた。




「ただいま」


 オレが事務所に戻ってくると、マリアは事務所の掃除をしていた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 マリアは掃除の手を止め、オレに一礼する。


「早かったですね。何か、コーヒーか紅茶をお飲みになられますか?」

「その前に、マリアに渡すものがあるんだ」


 オレは書類カバンを置くと、書類カバンの中から小箱を取り出した。

 マリアはそれを見て、首をかしげている。


「わたしに……ですか……?」

「そうだ。はい、これ」


 オレが小箱を差し出すと、マリアはそれを受け取る。

 マリアは小箱を横や下から見たりして、不思議そうに眺めた。


「ご主人様……?」

「開けてごらん」


 オレの言葉に、マリアは疑うことなく小箱を開ける。


「!!」


 小箱を開けたマリアは、目を見張った。

 小箱の中から出てきたのは、小さな銀時計。婦人用の懐中時計だった。


「ご主人様!? これはどなたかへの贈り物ではありませんか!?」

「それは、マリアへのプレゼントだ」


 オレの言葉に、マリアはとても信じられないという顔で、何度もオレと懐中時計を見る。

 信じられないというマリアの気持ちも、わからなくはなかった。オレが選んだ婦人用の懐中時計は、本来はメイドのような労働者が持つような代物ではない。上流階級とはいかなくても、中流階級の中でも上位の者の妻が持つようなものだ。当然、普通の女性では手が出ない。オレにとっても、少々予算オーバーだった。オレが愛用している銀の懐中時計と、値段に大きな差が無かったほどだ。

 しかし、オレは自分の選択を後悔してはいない。これ以外の時計は、どれもオレが求めていた条件に合うものが無かった。どれかの条件に目をつぶれば、もっと安いものはあった。だが、そんなことでマリアに渡す時計を選ぶのは、オレ自身が許さなかった。

 それにいい時計のほうが長持ちするし、結果的に値段以上にコストがかからないだろう。


「いつもマリアは頑張ってくれているし、昨日、時計を探していただろ? だから、時計を持っていたほうがいいと思うから買ってきたんだ」

「ご主人様……ほ、本当に……わたしが、受け取ってもいいのですか……?」

「もちろんだ。それはマリアのために買ったんだ」


 マリアは懐中時計を手にすると、手の中に納まった懐中時計をじっと見つめた。

 針は小刻みに動いて、時を切り刻んでいる。


「ご主人様……ありがとうございます!」


 マリアは懐中時計を手にしたまま、オレに深くお辞儀をした。


「わたしにはもったいないですが、ご主人様から頂いたこの時計、大切にします!」

「うん。時計もきっと、喜んでくれるよ」


 オレはそう云って、マリアの頭を撫でた。




 それから毎日、マリアはオレがプレゼントした懐中時計を身につけるようになった。

 料理にも使ったりしているようで、懐中時計を選んで大正解だったなと、オレは時計を愛用するマリアを見て思った。

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