第11話 旧友との再会

「はい、今回の原稿も確かに受け取りました」


 よく晴れたある日。

 オレは喫茶店にいた。


 隣にはマリアが座っている。

 そして向かい合った席には、1人の青年が座っていた。


 青年の名前は、アルタイル。

 オレが雑誌で持っている連載の担当者で、こうして2週間に1回ほど喫茶店で原稿の引き渡しと打ち合わせをしている。


「あの……シリウスさん」

「どうかしました?」

「来た時から気になっていたんですが……そちらのメイドさんは……?」


 アルタイルが、マリアに視線を向けた。


「あぁ、まだ話していなかったな。マリアといって、メイド禁止法施行直前に雇い入れた、オレのメイドだ」


 本当は最初に紹介するつもりだったが、アルタイルがそうはさせてくれなかった。

 アルタイルはマリアよりも、オレが書き上げた原稿に興味があった。

 そのため、マリアを紹介するタイミングがずれてしまったのだ。


「マリアと申します。よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします」


 挨拶を終えると、しばらく雑談をした後、オレとアルタイルは次の打ち合わせの日時を決めた。

 打ち合わせの日時が決まると、アルタイルは出版社に戻って雑誌の準備に取り掛かるために、先に喫茶店を出て行った。


「さて……と」


 オレは少し冷めた紅茶を飲んだ。


「マリア、お茶を飲み終えたら、オレたちも帰ろうか」

「はい、ご主人様」


 オレとマリアは、しばし昼下がりの喫茶店でティータイムを過ごすことにした。




 ティーカップの中に入っていた紅茶が無くなり、マリアがトイレから戻ってくると、オレは伝票を手にした。


「さて、そろそろ帰ろうか」

「はい!」


 マリアが答え、オレが席を立とうとしたときだった。


「久しぶりだな、シリウス」


 聞き覚えのある、懐かしい声がオレの耳に届く。

 その声に反応して、オレは振り返った。


 そこには、コートを来たオレと同じくらいの男が立っていた。


「ベテルギウス!」


 オレはその男の名前を口にする。

 名前を呼ばれた男は、口元をそっと上げた。


「元気そうじゃないか」


 ベテルギウスは、オレの手から伝票を受け取ると、それをコートのポケットに入れた。

 そのまま、先ほどまでアルタイルが座っていた場所に腰掛ける。


「時間、空いているか?」

「あぁ、大丈夫だ」

「ご主人様、こちらのお方はどなたですか?」


 オレが答えると、マリアがベテルギウスについて聞いてきた。


「こいつは、ベテルギウス。オレの旧友で、探偵をしているんだ」

「シリウス……まさかそのメイドって、お前が雇ったのか!?」

「そうだ。マリアっていうんだ」

「初めまして。マリアと申します。ご主人様の下で、メイドとしてお仕えしています」


 マリアが答え、ベテルギウスは驚いた様子でオレとオレの隣に座ったマリアを交互に見つめる。


「この喫茶店の店員さんかと思ったら……まさか使用人だったとは」

「話すと長くなるんだが……」


 ここは、ちゃんと話しておくべきだろう。

 そう思ったオレは、店員に追加の紅茶を注文し、マリアとベテルギウスの分も注文した。


 そしてベテルギウスに、どうしてマリアを雇ったのか、その経緯をマリアと共に説明していった。




「……そういうことだったのか」


 オレとマリアの話を一通り聞いたベテルギウスは、納得した様子で顔を上下に動かした。


「最初、メイドだと知ったときは出世したのかと思ったぜ」

「出世したわけじゃないさ。オレはこれまでと変わらず、ただの代書人さ」

「いや、こんなに可愛いメイド雇ったと知ったら、誰だってまずは出世したと思うぜ?」

「か、可愛いだなんて、そんな……!」


 マリアは、顔を紅くして両手を頬に当てる。

 しかし、尻尾は降っていなかった。


「可愛いメイドを雇っていても、出世はしていないよ。もう出世の道もないし」

「ご、ご主人様……!」


 ベテルギウスに続いてオレがそう云うと、マリアがさらに顔を紅くする。

 尻尾が、ブンブンと左右に振れた。


「それにしてもベテルギウス、いったいどうしたんだ?」


 オレは突如として現れたベテルギウスに尋ねた。


「いつもはこっちから伺うことが多いというのに、珍しいな」

「うん……シリウス、実は大きな情報を持って来たんだ」


 ベテルギウスがコートの内側から取り出したのは、新聞の切り抜きだった。

 オレはそれを受け取り、目を通す。


「……そうか。あの噂、本当だったんだ」


 新聞記事に目を通したオレがそう呟くと、ベテルギウスは頷いた。


「あぁ。ちょうどメイドを雇ったみたいだから、タイムリーな情報だったかもな」

「ベテルギウス、知らせてくれてありがとう」

「旧友のためだ。これくらい朝飯前さ」


 そう云うと、ベテルギウスは机の隅に置かれていた伝票を手にした。


「あっ、お代!」

「いいっていいって。俺が支払うから、今度酒でも奢ってくれよ。じゃあな」


 ベテルギウスはそう云って、オレとマリアの分まで支払って、喫茶店を出て行った。




 ベテルギウスが去った後、オレとマリアも喫茶店を出た。

 その後、どこにも立ち寄らず、一直線にオレはマリアを連れて事務所兼自宅へと戻ってきた。


 戻ってきたオレは、新たな依頼などが入っていないことを確認すると、来客用のソファーに深々と腰掛けた。


「ご主人様、どうかしたのですか?」


 マリアが、オレに問いかける。


「大したことじゃないよ」

「ご主人様、それは本当ですか?」


 その言葉にオレは驚いてマリアを見る。

 マリアは真剣な表情で、オレの隣に腰掛けた。


「ご主人様、どうかわたしにも教えてください。きっと、わたしにも関係があることではないかと思うんです。もしご主人様がどうしてもと仰るのでしたら……」

「ーーいや、マリアの云う通りだ」


 これはきっと、オレが話すまでマリアは諦めないだろうな。

 オレはそう思って、話すことに決めた。


「マリアにも関係のあることだ。ちゃんと話しておいた方が、いいだろう」

「ご主人様、どのようなことをお聞きになられたのですか?」

「実は、この街にも使用人保護団体の構成員が入ってきたらしい」


 使用人保護団体。

 その話は前々から、新聞などで知っていた。


 メイド禁止法成立前から活動している、使用人にとって唯一の保護団体だ。

 主な活動は、虐待を受けた使用人の保護、雇用主への訴訟、使用人の社会復帰などだ。これらは活動の中の一部でしかないが、雇用主にとっては恐ろしい存在だ。

 その理由は、雇用主に対する警察権と逮捕権を持っているためだ。


「使用人保護団体……?」

「メイドやその他使用人を雇用主から保護するという連中だ。だけど、それはあくまでも表向きの顔。奴らの恐ろしいところは、雇用主からメイドを保護の名目で拉致したり、別件逮捕をして雇用主たちを震え上がらせていることだ」

「そんな……!」


 オレの話を聞いたマリアは、恐怖で顔を引きつらせていた。


「ご主人様も……逮捕されてしまうのですか?」

「いや、多分それはないよ」


 オレは、絶対に逮捕されないだろう。

 そう確信できる自信が、オレにはあった。


 なぜなら、今まで逮捕された雇用主たちとオレには、ある決定的な違いがあった。


「逮捕された雇用主たちは、メイドや執事といった使用人たちを虐待していた疑いがかけられている。それが、オレと逮捕された雇用主たちの違いだ」

「……虐待していた疑い、ですか?」

「そう。つまり、メイドに対して暴力を振るったり、食事を与えなかったりとひどいことをしていたかもしれないから、逮捕されたんだ。マリア、オレはマリアに何かひどいことをしたことがある?」

「いいえ、ありません!」


 マリアははっきりと、オレに向かってそう云ってくれた。


「ご主人様は、とてもお優しい方です!」

「ありがとう。それなら、オレが逮捕されることはないよ」

「良かったです。安心しました」


 そっと胸を撫で下ろしながら、マリアは呟いた。


「わたし、ご主人様のところで働けて、とてもよかったと思っています」

「そうか……ありがとう、マリア」


 マリアのその言葉が嬉しくて、オレはマリアの頭に手を乗せる。

 そしてゆっくりと、マリアの頭を撫でた。


「ひゃうっ!?」


 驚いたマリアが小さく叫んだが、嫌がったりはしなかった。

 拒否されなかったオレは、ゆっくりとマリアの頭を撫でていく。


「んっ……あっ……ご主人様……」




 マリアは尻尾をゆっくりと振りながら、オレに撫でられ続けていた。

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