第10話 夜のマリア
わたし、マリアはご主人様が眠るために書斎に向かわれたのを見て、戸締りの確認をはじめました。
「まずは……」
戸締りの確認は、メイドのわたしにとって、大切なお仕事の1つです。
玄関、勝手口、全ての窓という窓。
それらを全て見回り、内側から施錠されているのかどうかを確認していきます。
確認と施錠が終わりましたら、次は火の元の確認です。
そして火の元の確認が終わりましたら、最後にご主人様の事務所に隠しておいてある、金庫が施錠されていることを確認します。
金庫の施錠を終えたわたしは、ご主人様から預かっている金庫のカギを見つめます。
「ご主人様……本当にわたしに、金庫のカギまで……」
ご主人様に拾っていただいた時、ここまで任されるとは思っても居ませんでした。
メイドですから、家のカギを任されることまでは想像できました。しかし、金庫の……それも代書人事務所というご主人様のお仕事のためのおカネが入っている金庫のカギの管理まで任されるなんて、予想外でした。
本来、金庫のカギのような重要なものを、メイドに任せることはほとんどありません。横領などの犯罪を防ぐために、ご主人様が管理しているのが当たり前です。
しかし、わたしのご主人様は、わたしに金庫のカギを預けてくれました。
わたしは、救貧院を逃げ出してきた身です。
普通の雇用主なら、救貧院出身……それも逃げてきたとなれば、雇うことすら嫌がられます。救貧院出身者は、ほとんど犯罪者と同じようにみられてしまうためです。
そんなわたしに、ご主人様は大切な金庫のカギの管理まで、任せてくれました。
普通なら、どう考えてもあり得ないこと。
ご主人様が何を考えているのか、分からなくなりそうです。
でも、わたしにできることは、ただ1つ。
ご主人様の気持ちを裏切らないように、懸命にお仕事をするだけです。
「金庫も……これでヨシ……ですね」
金庫の施錠を確認したわたしは、鍵束をメイド服のポケットに入れました。
あとは、灯りを消してわたしも眠るだけです。
わたしは居間の灯りを消しました。
お部屋に向かっている途中で、わたしはご主人様の書斎の前にやってきました。
何故でしょうか、いつも閉じられているはずのドアが、開いていました。
「ご主人様――!?」
単なる閉め忘れだろうと思いましたが、わたしは鼓動が早くなるのを感じました。
もしも万が一、ご主人様に何かがあったら――!!
わたしはそっと、ご主人様の眠る書斎に足を踏み入れました。
ローソクの灯りを頼りに、ベッドの中に居るご主人様を確認します。
「……良かった」
ご主人様は、すやすやと眠っていました。
何か大変なことが起きたのかと思いましたが、それが杞憂で良かったです。
しかしわたしは、どういうわけかそのままご主人様の顔を覗き込んでしまいました。
穏やかな表情で、ご主人様は眠っています。
まるで、子供のような寝顔です。
「ご主人様……」
ちょっとだけ、触れてみたい。
わたしはそんな思いから、ご主人様のお顔に手を伸ばしてしまいます。
「……!」
しかし、あと少しでふれそうなところで、わたしは自分のしようとしていることに気がつきました。
そしてすぐに手を引っ込め、わたしはご主人様を起こさないように書斎から出て、わたしの部屋に向かいました。
わたしはメイド服を脱いで壁に掛け、室内着に着替えます。
ローソクを吹き消して、わたしはベッドに入りました。
目をつむり、明日に備えて眠ろうとしました。
「……ご主人様」
しかし、先ほどのご主人様の顔が浮かんできて、わたしは眠れませんでした。
ご主人様のことを考えますと、胸がドキドキしてきます。
こんな経験は、初めてのことです。いったい、わたしはどうしてしまったのでしょう。
わたしはそっと、ベッドを抜け出しました。
朝が来た。
オレは自然と目が覚め、窓からカーテンの隙間を通って降り込んでくるわずかな日差しで目を覚ます。
「んぅ……朝か」
朝のベッドは、ちょうど良い温かさで気持ちがいい。
ついつい二度寝したくなってしまうが、二度寝するとマリアが起こしにやってくる。
毎度毎度、マリアに起こされていては面子が立たない。
ちゃんと起きないと、だらしないと思われてしまう。
それにしても、今日のベッドはなんだかいつもよりも温かい。
このまま眠ると、二度寝どころか三度寝もできそうだ。
「……ん?」
ふとオレは、いつもとベッドの様子が違うことに気がついた。
オレの隣が、少しだけ膨れ上がっていた。
この膨らみはなんだ?
マリアが戸締りをしてくれたのだから、外から動物か何かが忍び込んだとは考えにくい。
寝る直前に、本か何か持ち込んでしまっただろうか?
オレは恐る恐る、掛け布団をめくった。
「!!?」
膨らみの原因を見て、オレの眠気は吹き飛んだ。
そこにいたのは、マリアだった。
自分の部屋で寝ているはずのマリアが、丸くなってすやすやと眠っている。
すると、マリアが目を覚ました。
「……ん……朝ですね」
「おはよう、マリア」
起き上がったマリアに声をかけると、すぐにオレに気づいた。
「ご、ご主人様! おはようございます!」
「マリア、どうしてオレのベッドにいるんだ?」
「そ……その……」
マリアは顔を真っ赤にして、正直に話し始めた。
マリアの話を一通り聞いたオレは、そっと口を開いた。
「つまり、オレの近くにいると安心できるから、オレのベッドに忍び込んだということだったのか?」
「はい。大変申し訳ございませんでした!」
ベッドの上で、マリアはオレに向かって土下座をした。
「もう二度としません! ご主人様、どうかお許しを……!」
「まぁマリア、落ち着いて」
オレは落ち着いた声で、マリアに云う。
マリアはそっと、顔を上げてオレを見た。
「もう済んだことだ。それに、オレのベッドはツインベッドだから、もしまた一緒に寝たいのなら、構わず書斎に来ればいいよ」
「ご主人様……本当ですか!?」
「ただし、次からは一言ちゃんと伝えてからにしてくれ」
「はい……ありがとうございます!」
マリアは再び、オレに土下座をしてから、ベッドから降りた。
「着替えて、すぐに朝食の準備をしてきます!」
「マリア、今日の飲み物は紅茶で頼む」
オレがそう云うと、マリアは首をかしげた。
「コーヒーではなくて、紅茶ですか?」
「あぁ。マリアがベッドに居ることに驚いて、すっかり目が覚めたからな」
「わ……わかりました」
マリアは再び顔を赤らめ、逃げるように書斎を出ていく。
さて、オレも服を着替えるとするか。
服を着替えたオレは、マリアが待つ居間へと階段を下りていった。
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