第9話 買い出し
オレはマリアを連れ、共に買い出しに出かけた。
「ご主人様自らが買い出しに行かれるなんて、なんだか不思議です」
「そうか? マリアが来る前は、1人でやっていたぞ?」
「ご主人様、すごいです! それで、今日は何をお求めなのですか?」
「食料品以外にも、必要なものがあるんだ」
買い出しで購入しなくちゃいけないものは、何も食料品だけではない。
代書人をしているオレには、商売道具ともいえる道具がいくつもある。それらの中には、消耗品として消費されていくものも数多くある。定期的に配達してもらうサービスも無いわけではないが、消耗品が消費される時期には波がある。食料品のように、いつも一定の数が消費されるわけではないのだ。
それに、定期的に配達してもらっていると、おカネも掛かる。オレのような個人経営の事務所では、経費を抑えるためにこうしたサービスを使っていないことが多い。
そうなると、どうやって消耗品を補充するか?
必然的に、自分の足で買いに行かなくてはならなくなる。
「マリア、まずは文具店に行くぞ!」
「はい、ご主人様!」
オレの決定に異を唱えることもなく、マリアは答えた。
オレとマリアがやってきたのは、ウェイト&ブロッグ文具店だ。
オレが独立してから、消耗品や文具など仕事で使う道具は、ほとんどをここで購入してきた。
「いらっしゃいませ。おや、シリウスさん」
「どうも、親父さん」
店主とは、もうすっかり顔なじみだ。時折、店主からも書類作成の依頼を受けることがある。
オレの跡に続く形で、マリアも店に入った。
「わぁ、すごい量の文房具です!」
マリアは棚などに並んでいる数多くの文房具に圧倒され、目を丸くしていた。
オレからすれば、見慣れたいつもの光景だ。しかしマリアの目には、初めて見た絶景に映っているのかもしれない。
「おや、そちらのメイドさんは……?」
マリアに気がついた店主に、オレが説明する。
「メイド禁止法直前に、うちで雇ったメイドです」
「へぇ、メイドを雇うなんて出世したもんだ! それで、今日は何をお求めで?」
「いつものインクをお願いします」
オレが告げると、店主はすぐに万年筆のインクを用意してくれた。
いつも少し多めに買っていくが、万年筆を使うことが多いためか、インクはすぐに無くなってしまう。仕事量を増やしてしまったためだろうか。
「インク以外に、何かご入用は?」
「そうだなぁ……」
他に何か、買っておくものがあるかもしれない。
オレは店内を見回し始めた。
しばらくして、オレはインク以外にいくつかの文具を持ってレジに向かっていた。
思ったよりも、買うものが多くあった。
まぁいいか。全て仕事で使うものだから、経費で落とすことができる。
そう思いながらレジに向かっていると、マリアが1本の万年筆を手にして見つめていた。
マリアは万年筆を食い入るように見つめている。見つめている万年筆は、オレも知っているメーカーのものだ。安価な製品を生産しているメーカーで、お世辞にも上質なものとはいえない。
オレのものよりも安いが、マリアが使うには十分な代物だろう。下手に高いものを与えると、きっと大事にしまい込んでしまい、ペンから活躍の場を奪ってしまうかもしれない。
ペンも、使ってもらったほうが喜ぶはずだ。
「マリア、欲しいのか?」
「ごっ、ご主人様!?」
マリアが突如として聞いてきたオレに驚いた様子になる。
「は……はい……」
「わかった」
オレはマリアの手から、ペンを受け取った。
そしてそのまま、オレはレジへと向かった。
会計時に店主に領収書を切ってもらい、オレの買い出しは終わった。
「はい、これ」
オレはマリアに、購入した万年筆を渡した。
「ご主人様、ありがとうございます!」
「それと、これも渡しておくよ」
さらにオレは、小さなメモ帳も手渡した。
メモ帳を受け取ったマリアは、目を丸くしてオレとメモ帳を交互に見つめる。
「ご主人様……?」
「万年筆だけじゃ、書けないからな。そのメモ帳はオレからのプレゼントだ」
「ご主人様……ありがとうございます!」
尻尾を左右にブンブンと振りながら、お礼をいうマリア。
万年筆とメモ帳を買っただけなのに、どうしてここまで喜んでくれるのだろう。
「さて、次の買い出しに行こうか」
「はい!」
次の買い出しに行ってからも、マリアはしばらくの間、尻尾を振り続けていた。
買い出しを終えたオレとマリアは、事務所兼自宅に向かっていた。
オレとマリアは、両手に荷物を持ち、並んで通りを歩いていく。
「ご主人様、けっこう買いましたね」
「うむ。ちょっと買いすぎたかな」
オレは文房具と重い食料品を運び、マリアは軽い食料品を中心に運んでいた。
最初は全てマリアが運ぼうとしていたが、とても1人で運べる量を上回っていた。
「マリア、重かったら遠慮なく云ってくれ。オレはもう少し、持てるから」
「ご主人様、大丈夫です!」
マリアが笑顔で、答えた。
「これくらい、救貧院での日々に比べたら全然平気です!」
笑顔でそう云うマリアだったが、オレは少しだけ心が痛んだ。
一体、マリアは救貧院でどんな扱いを受けてきたのだろう。
せめて、オレの所にいる間は、心の底から笑ってほしい。
オレはヒョイと、マリアの手からもう1つだけ荷物を取り上げた。
「ご主人様!? そんなに持っていただかなくても……」
「平気だ平気。さぁ、帰ったらティータイムにしよう」
「は……はいっ!」
歩き出したオレに、マリアはすぐについてくる。
そんなマリアをほほえましく思いながら、オレは事務所へと向かった。
そして事務所に戻るまでの間、オレはどこからか視線を向けられていることに気づいた。
建物の2階、路地裏、通りに停車してある車の中、ショーウィンドウの向こう側――。
いったい誰が、どんな目的で、オレを監視しているのか。
代書人協会だろうか?
それとも――。
オレは妙な胸騒ぎを覚えつつ、マリアと共に事務所兼自宅へ戻っていった。
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