5話 豊穣の大鍋亭
「―――相変わらず賑やかだな」
目的の場所に到着し外からでも聞こえる賑やかな歓声に思わず呟く。久しぶりの外食、ここは豊穣の大鍋亭。この始まりの町クエンティで一番人気の食堂であり旅人や行商人そして冒険者が集まり食事をする所である。
「いらっしゃい~あっコクトーさんお久しぶりですね。奥が空いてますよ~」
「シュリさん久しぶり。奥……ああ、あそこか」
背中まで伸びた銀髪を紐で綺麗に束ねた女性が扉を開け中に入ったオレを出迎える。彼女の名前はシュリ、店主の一人娘で看板娘でもある、男冒険者達に人気があると何度か耳にした通り可愛らしい女性だと思う。勿論美人の類いだがやはり人気なのはその愛嬌の良さだろう、女性冒険者に嫉妬されるのも無理もない。
「今日のオススメはバジリスクの唐揚げですよ~もう少しで売り切れなのでコクトーさんどうですか!」
「バジリスク……ああ、ギィラ達か。じゃあオススメの唐揚げとナッツサラダ、それに石パンとビールで」
「最後の唐揚げご注文ありがとうございます!暫く待っていて下さいね~」
「最後かしっかりしているな」
買い取った食材が残らない様売りきる強かさも覗かさたシュリは厨房の方に消えていった。
「しかし、この会話の感覚も大分掴んできたかな」
自称魔女で壺に魂を封印されているヤーフェに教えて貰った魔法の1つ、
「持続時間と言葉の翻訳精度が上がってる感じだな」
この魔法の効果は簡単に言えば英語や中国語等の外国語をリアルタイムで自動翻訳してくれる魔法である意味現代にもあるスマホの機能と似ている。最初の一小節だけの時はカタコト言葉で返ってきたから返答に困ったが何とか会話は可能だった。この世界での魔法はどうやら言葉に魔力を込めないと発動しないらしい。一小節から十小節まであり、数字の桁が増えるにつれその魔法の効果は増大していく。しかし効果は増大していく反面魔力の消費や発動するまでの時間がかかると言うリスクもある。それを解消する演唱破棄とやらもあるみたいだが、一部の天才しか無理だそうだ。
「この年で中二病みたいな事をするとはな」
ヤーフェは攻撃系や精神系の魔法を教えたがるがオレが必要なのは生活系の魔法でたまに意見が合わなく、口論するが最後に折れるのはいつもヤーフェだ。この半年で覚えた魔法は炎系魔法『炎の弾』一小節、師匠(自称)ヤーフェ曰く弾速は遅いが一小節でもここらの魔物を倒せるだけの威力はあると言って教えたのだがもっぱら死体を燃やすの使っている。
他には強化系魔法『筋力増強』と『心眼』この2つ二小節までで前者は言葉の通り一時的に身体能力が向上する。後者の心眼は視覚強化で相手の動きや予測動作等を通常より早く察知出来るといった具合だ。戦闘で使えるのはこの3つ位で後は日常生活で使う様な魔法ばかりだ。一応もう1つ攻撃系魔法を覚えているが別の奴に教わったと知ったヤーフェが拗ねて暫く不貞寝していたので仕方なく封印と言う形で仲直りした。オレは納得していないが。
「お待たせしました~コクトーさん難しい顔してますね」
「いや、普通だけど」
「いやいや眉間にシワが集まってましたよ?そんなじゃ将来ハゲますよコクトーさん」
「ははは、面白い。張った押すぞ」
「きゃ~」
わざとらしい悲鳴を上げて離れていくシュリを見ながら、なるほどこの部分が異性に受けて同性に煙たがられるのかとぼんやり頭の中で思いながら運ばれた料理に口をつけた。
「―――旨い。でもなんか物足りないよな」
久しぶりに食べる文明的な食事に少しだけ物足りなさを感じながら出された料理を完食した。
「ふぅ……翻訳ではビールだったがこの飲み物ビールとは違う味わいだな。一番近い言葉で翻訳されているのか」
見た目はビールにそっくりな何かを飲み干し腹が満たされていくのを感じる。
「―――ん?なんだ」
ふと離れた所で何やら口論しているのが耳に届いた。別段口論は珍しくない、酒の1つ2つ入っていれば普段溜まっている鬱憤の1つでも出てくるのは良く見る光景だ。ある意味酒場の定番とも言えるシチュエーションだろう。オレ以外の関係のない連中も関心があるのかその様子を見ているのが分かる。
「だーかーらあんた達のせいで私達が全滅したんじゃないの、お陰で恥かいたわ。どう責任取るつもりよ!」
「マジでお前頭おかしいんじゃねのか?責任にも何も全滅したのはお前達の腕の無さだろ、ブハハ」
「この声まさかエリザか?相手は……ああ、また面倒な奴だな」
口論に耳を傾けていると聞こえてきたのは夕方絡んできたエリザだと分かった。口喧嘩を何とか収めようと孤軍奮闘しているリザの声も聞こえるが両者の声が大きいせいでかき消されている。多分ミミも居るんだろうがご飯を黙々と食べているのであろう。
「あんた達が魔物を押し付けたんでしょ!それが無かったら余裕でクエストクリアだったんだから」
「んな事知らねーよ、証拠はあるのか。俺達がやったっていう確かな証拠がよおぉうぉん?」
「他でもない私が見ているのよそれが証拠よ!」
「ブッ。クククアハハ、完全な言いがかり。あれか?金持ちは皆そんな事言うのか?パパ、ママも。ええお嬢ちゃん?」
「――――侮辱したわね」
親に対する侮辱の言葉を聞いてエリザの雰囲気が鬼気迫る物に変わる。一触即発のムード、その場に居た人達それぞれがその光景に対して色々な感情を抱いた事だろう。あざけ笑った中年の男も察したのか自分の得物に手を伸ばしていた。
「はい、ストップ。エリザ様駄目ですよ約束をお忘れですか?」
「――――ふん!」
どちらかの血が撒き散らす展開。そのカウントダウンに待ったをかけたのは従者であるリザの一言だった。その言葉にどんな意味があるのかは2人しか知らないだろう、しかしリザの一言でエリザは冷静を取り戻した様だった。周りの空気も軽くなった、近くに居たシュリも肩をおろしてほっとしているのが分かる。
「ククク―――根性ねぇなあ、同じ冒険者の癖に」
良い具合で区切りがついたのにまだ煽り足りないのか嘲笑を止めない男。その仲間達も釣られて下卑た笑い声を上げる。
「く、この黙ってい――――」
「エリザ様」
プライドをコケにされて激昂を再開させ始めたエリザを冷静に諭すリザ。その光景を眺めているオレの視線に気づいたのか一瞬だけリザと目があった気がした。
「はぁ……居心地悪いな、っち」
夕方会話した時の第一印象は知的で自制が出来る、所謂大人の女性といった物を感じた。それは今のやり取りを見ても変わらない評価でリザはその時その時を感情で動く人では無いと分かる。だが、あの夕暮れで会話した時に感じた人としての柔らかさが今は感じられない。それは視線を交差した一瞬で確信出来た。
「何で罪悪感を感じるんだよ。面倒だな本当に」
別に助けを求められた訳でもない。別に正義感が突然芽生えた訳でもない。別にゲームの主人公じみた行いをしたい訳でもない。ただ、単純に気持ち悪いが悪いから。喉に引っ掛かったトゲが邪魔だからどうにかしたいだけ、その程度だ。だからあくまでこれは自分の為。
「―――ヒートアップしてるなエリザ?この調子で皆に絡むのか?」
久しぶりの外食を台無しにされたこの苛立ちをどう解消するか、取り敢えずテーブルひっくり返すか?いや、止めよう。やっぱりこの笑ってる男達を黙らせた方が面白そうだ。
「久しぶりだなクライブ、まだ冒険者やっていたんだな」
男の名前を呼び、コイツ等の悪事をどう暴こうか考える事にした。
異世界で死体回収業・デットマンクリーナー オルタナ @orutana555
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