1話 万年新米冒険者エルフ(117)

「まーたお前死んでるのか」


 危険な魔物が生息している森の中で物言わぬ死体に突き放す様に言い放つ。スライムの類いに殺されたのであろう体のあちこちが溶けていて粘液がベタついている。ファンタジー物の定番である長い耳に端正な顔をしたエルフの女性がやや漂う腐敗臭を醸し出しながら物言わず倒れている。


「はぁ……面倒だし頭だけでいいだろう、どうせコイツまた死ぬし」


 腰にかけた鉈を抜いて体重を乗せて首を切断する。スライムに消化されていたお陰で何時もより楽に切断出来た。この前のバジリスクに石化されて川に流れていたこのエルフを持って帰るのには凄く苦労したのを思い出す。


「よし、頭はバックに詰めてっと。残りは燃やすか魔物のエサになっても困るし――――『出でよ炎』」


 炎魔法を発動する一小節を魔力を込めて唱える。すると死体に向けてかざしていた手の平から小さな魔方陣が現れて火の玉が放たれる。ゆらゆらと軌道を描いて死体にぶつかると死体を覆うように燃えていく、全てが灰になったのを確認して町に戻る事にした。


「あっ、お帰りなさいコクトーさん。冒険者さんの回収はどうでしたか?」


「ただいまミカエラさん、今日は4人でしたね。3人はミカエラさんが言ってた新米組のパーティーで残りは常連のアイツです」


 町に戻り冒険者ギルドに行くと受付のハーフエルフ、ミカエラが駆け寄り話しかけてきた。大体いつもオレの仕事の対応をミカエラがやってくれている。仕事の内容が余り万人受けしないので仕方がないと言えば仕方がない。表面上とは言え、こうして話をし笑顔で相手をしてくれるのは正直助かる思いだ。


「あはは……またですかご苦労様です。ではバック預かりますね、査定が終わりましたらまたお呼びしますので」


「お願いします、適当にぶらついてますんで」


 生首四つが仲良く入ってるバックをミカエラに渡し彼女と別れる。査定終了までの暇な時間、掲示板に貼られたクエストを眺めて暇を潰す事にした。


『新米冒険者大歓迎 難易度☆オドの大森林入り口付近に出現するブルースライム討伐。一匹100リール』


『初心者でも安心安全 難易度☆ 始まりの町クエンティの下水道に生息しているビックラット ゴックローチの討伐一匹50リール』


『新米なら誰でも通る道 難易度☆☆ オドの大森林に生える各種薬草採集 グーリンハーブ ブルーハーブ レッドハーブ 各種50リール (要パーティー ソロでも可)』


『これをクリアしたら初心者卒業 難易度☆☆☆ オドの大森林に生息しているバジリスクの卵入手 一個500リール (レベル10以下受注禁止 パーティー必須)』


「相変わらず平和だな。一般クエストしか出てないのか」


 空いている席に座り物思いにふける。この異世界イースに連れて来られて半年が経った。初めは慣れない生活、環境に戸惑ったが人間何だかんだその場環境に慣れる生き物、それにオレを拉致した壺こと、ヤーフェがアレコレ教えてくれたお陰もある感謝はしていないけど。


(初めは欲を出して現代知識を応用して金持ちとか目指してたけど結局無理だと諦めたしたな。漫画の主人公とかだったらマヨネーズ辺りで一儲けしてるんだろうが、生憎卵がなぁ……現代の衛生環境って凄いんだな)


 次に目指したのは冒険者だった。この世界で手っ取り早く大金を稼ぐ職業の1つ、しかしオレに冒険者は合わなかった。そもそも平和な島国ジャパン育ちのオレがいきなりそんな魔物と切った張ったなんて出来る訳がない。他の職に就こうにも市民権も無ければ信用も無い、そんなオレが必死に頭を働かせて思い立ったのが今の仕事、死体回収デットマンに至る訳だ。


「そう言えば魔石のストック切れてたな、後で魔法道具屋に寄って買うか」


 魔石。魔物の体内で形成される魔力を帯びた石の名称、この魔石を日に何度かあのヤーフェに与えないといけない。しかしこの駆け出し冒険者が集まるこの町で手に入る魔石の魔力は微々たる物で奴と会話出来るのも週に1~2回程度位だ。


「まぁ今回は久しぶりに全滅パーティーを回収したし多少は財布も潤うか」


 今週はまだ一度も会話をしておらず、与えた魔石を考えれば今回の報酬でヤーフェと話せる事も可能だと思えた。


「コクトーさーん。あ、ここに居ましたか査定が終了しましたので受付に来てください」


「分かりました」


 ぶつぶと独り言を呟きながら考え事をしていた所にミカエラが小走りで報酬の報せを伝えに来た。彼女はそのまま受付のカウンターに入っていきオレと今回の仕事について話をし始めた。


「では、内訳を説明しますね。回収しました3人組パーティーとエルフのリリアさん、無事蘇生印セーブポイントで蘇生中です。所持品等から謝礼としてこちらを預かりましたので確認してください」


「どれどれ……」


 ミカエラが受付のカウンターに白い布で覆われた物を置いた、オレは紐を解き中身を改める。宝飾が施された鞘に銀製で作られた長剣が1つ、そして道中刈った魔物の魔石が納められた大瓶。他には初心者が持つには出費が痛いポーション等のマジックアイテムがいつくか、そして3人組が所有していたリールの半分が収まった革袋。


「遺品……じゃなくて謝礼をみるとあのパーティー随分と金に余裕があるのか、この剣の持ち主は貴族出身とかだったり?」


「命の恩人ですし……そうですね。この剣士さん、お名前がエリザさんなんですが、とある商人の娘さんらしいです。他のお二人はお付きだとか、他言はしないでくださいね?」


「しませんよ、する相手も居ませんし。でも遠からず噂にはなると思いますが」


 冒険者をやっている理由は人それぞれだが、少なくとも生活に余裕がある奴がやる様な仕事ではない。この手の金がある奴の冒険者動機は箔付けや吟遊詩人の冒険譚、冒険者の自伝本で夢を見たお花畑位だろう。特に装備が貧相な新米が集まるここで綺羅日かな装備をしていれば嫌でも噂になる、やっかみ含めて。


「あはは……まぁ冒険者さん同士の争いは禁則事項なので心配しなくても大丈夫ですよコクトーさん」


「だと良いですね。それにしても半分で2000リール、金貨だけでも相当な報酬だな。この剣も質屋に行く前に宝石屋に行って宝飾の買い取り相談でもするか」


 そんな事を独り言みたいにブツブツと呟く。そんなオレを見て微妙に苦笑いをしているミカエラがもう1つの小さな布切れを指でさしているが意図的に無視する。


「あの……コクトーさん。一応決まりなので確認をお願いしたいです」


「――――はぁ……どれどれ、はっ!3リールと木の実って子供の駄賃とおやつか」


 この粗末な遺品の持ち主は先刻あの3人組を見つけての次いでに発見したリリアの物だ。このエルフの死体を回収するのはこれで何回目だったか途中までは数えていたがアホらしくなってカウントを止めてしまったのが惜しい。


「ミカエラさん。今回でリリアは何回目のリスタートなんです?」


「えーと……確か、今回で117回目のリスタートですね。あ!」


「いきなり驚いてどうしたんです」


「凄いですよリリアさんの年齢と同じ数字です、ぶっちぎりでリスタートレコードホルダーですね」


 エリザの事で他言はしない様にと釘を刺したミカエラが興味もないリリアの年齢を興奮気味に暴露して話しかけてくる。正直どうでもいいので本題に入ろう。


「装備が無いですがアイツ魔法剣士辞めて格闘家にジョブチェンジしたんですか」


「凄い数字の偶然が重なったみたいで……えっと、おほん。流石にその……可哀想と言いますか、報酬としては充分だと思うので装備は許してあげても……ある意味長い付き合いですし」


「あ、大丈夫なんで装備見せてください」


「はい。これが……その……リリアさんの装備品です」


 悲しげに装備品をカウンターに置くミカエラをよそにオレは失笑混じりに苦笑いを溢す。置かれた物はその者の財政状況の切迫感を伝えてくる様だった。


「木の棍棒にこれは木の棒に魔法文字が刻まれているから……杖か。これ完全に自作じゃねえか売れるか!」


「ですよねコクトーさん。これ下げますね」


「いや待ってくれ、一応貰う。1リール位にはなるだろう」


「デーモンですかコクトーさん!リリアさんが可哀想ですよ」


「権利は権利だし、売れなかったら捨てれば良いかなって。それに装備品借りれるでしょ確か」


「確かに……新米冒険者の為に装備品貸し出し制度はあります。でも……リリアさんまた死んだらその装備品コクトーさんがゴニョゴニョ」


「まぁ権利は権利なんでこのガラクタも持って行きますね、はいサイン。じゃあ復活したリリアが怒鳴り込んで来る前にトンズラします」


 ギルドの装備品貸し出し制度が思わぬポンコツに破綻寸前と知り改正した方が良いのでは?と思ったが飯の種をわざわざ消すのは勿体無いと思いオレは涙目のミカエラに頭を下げギルドを後にした。

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