第320話:具現超過

 今までには至らなかった可能性。


 黒の騎士は防御面では装甲を纏った時点で卓越しているし、風で強化すれば鉄壁を誇ってきた。

 高い出力と、防御を前提に変幻自在の攻撃を繰り出すのが最強の戦法だった。

 だが、実力で大きく劣る紅月には出力を集中させて対抗するしかない。


 漆黒の盾は黒の騎士の装甲と似た、鋼が折り重なった形状をしている。


 それは、紅の輝きさえも身を欠けながらも耐え抜く。

 ここから変形させてから振るいなおしていたら間に合わない。もっと速く、予測の速度で変動を可能にする。

 準備の時間さえも惜しんで、盾の形状のまま体重をかける。


 二人の互いの思考を読む能力、信頼関係は言葉をかわす必要もない。


 もっと速く、望むのなら。

 構えた盾が変形する瞬間に腕を伸ばして、そのまま紅月に突き入れる。


「ちっ……」


 わずかに顔を歪めるも、紅月は体を捻るとあっさりと躱す。予想だにしていないはずの手段で防がれた後のクロスカウンターを掠り傷さえ負わずに躱すか。


 だが、それくらいやるだろう。


 相手は最強の変異者、紅の盾も攻略し切ったわけじゃない。

 ならば、この体勢を崩した状態で……範囲で押し潰す。



「―――開放バースト黒嵐ストーム!!!!」



 鎧装強化状態で、装甲を構成する風をも攻撃に回して放った範囲を潰す嵐。

 炎にも似た黒い風が周囲を焼き尽くすように覆った。


 盾は全面を防御するわけじゃない。

 前面からの攻撃でも迎撃までは間に合わないし、アークの装甲といえどこれだけの破壊力を結集すれば貫ける。


 戦い続ける中で、これしかないと考えて実行した。


 確かな手応えがある中で、楓人は風を引き戻して再び装甲を結成する。

 アスタロトを使いこなしているおかげか、以前より消耗は比べ物にならないほど小さいが消耗ゼロというわけにもいかない。



「アーク、具現超過エヴォルシオン



 これでも、まだ、届かない。


「冗談、だろッ……」


 黄金の腕甲、肩の角状の装飾は更に大きく、体に黄金の装甲が増している。


「どうした、絶望には早いぞ。黒の騎士」


 右手が掴んだ槍が、瞬時に砕かれた。

 先程でも反応するのがやっとだったのに、目で追うのも許されない。恐らく紅月は今まで、アスタロトで言う所の鎧装解放を使っていなかった。

 何らかのリスクがあるのか、今になって全力で戦おうとしている。


 深翠の目に魅入られるだけで、理解してしまう。


 辛うじて喰らいついていたが故に感じる、明確な力の差を。


「……ッ、開放バースト黒槍ランス!!!」


 先程よりも早く、槍を生成すると叩き付ける。

 紅月は今度は避けもせず、盾を構成もしなかった。ただそこに立っているだけの男に漆黒の風は弾かれ霧散する。


「紅の盾は、消耗を抑える為に生み出したものだ。今の俺にそんなものは必要ない。俺を傷付けることは不可能だ」


 何も策が浮かんでこない、あの装甲を突破する術がない。


「まだ、少し時間があるな。話をしようか、その間に策を練るといい。それがお前に与える最後の機会だ」


「……何の、話だよ」


「変異薬の話でもしようか。お前はほぼ真実に辿り着いただろう」


「ああ、大体の推測はな」


「アレは俺の力を基に管理局が造った。アークを見てお前が感じたように、アークの能力は変革だ。それを特殊な方法で体内に注げば人は影響を受ける」


 アークを見ていた時に襲ってきた既視感。

 世界を塗り替えるような能力に何かを感じていたのも事実で、冷静に考える時間さえあれば掘り下げて考えられそうだった。


 やはり管理局は大災害と関連性があった。


 そして、恐らくは変異薬は人を変異者に変えられるかの実験だった。

 管理局が運営する研究所に紅月が出入りしていたのも、管理局にとって紅月が必要だったからだ。


 だが、だとするのなら。


 管理局も想定していない中で、大災害は起きた。

 変異薬の研究を続けたということは、求めた結果が得られなかったということ。要するに、起こそうとしていたものと違った形で起きたのだ。


 間違いなく、大災害はアークと関わりがある。


 マッド・ハッカーの烏間と紅月が一時的に手を組んでいた理由。前回の大災害のそもそもの原因は紅月と管理局のどちらにあるのか。

 もう少しで繋がりそうなのに、繋がらない。


「当初は殺すつもりだったが……これほどの力を付けたお前に敬意を表して聞こう。俺と共に来る気はないか?」


「決着をつけるしかないのはわかってんだろ。それにその申し出をするなら、お前の目的くらい明かすべきじゃないか?」


「腹を割って話そうか。お前が俺の求める域に達した以上、利害は一致している。俺はもう一度、変異者が築いた王国を作り直す」


 それは以前から紅月が謳っていた目的だ。

 変異者の罰を明らかにし、不要なものや従う意思のないものは全て排除する。

 思想としては渡と似通っている部分もあるが、紅月は渡のように従えない者に対しても多少の選択の余地は与えない。


 しかし、そこにある真意を楓人は聞いている。


「俺と来い、それが大災害を終わらせる道だ」


 大災害を起こした元凶が何も言い出すのか。

 楓人からすれば大災害の元凶は確定的で、これからも大量の人を殺すと宣言している上に誰も止められない危険な存在。

 死ぬ人間は数十に留まらない、大災害を止める為にも勝たねばならない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る