第319話:進化の先へ

 今と同じ手はもう簡単には通用しない。

 だが、紅月に全く効果がなかったわけじゃない。咄嗟に相殺されたが故に掠り傷程度だったが、直撃していれば多少はダメージにはなったはずだ。


「そこまでが限界か。意識して防御を展開すれば先の戦法は二度と通らない。次はどうする?」


 やはり、紅月はすぐに攻めてはこない。


「今、考えてるとこだよ。諦めるにはまだ早いからな」


「あまり時間はないぞ。アーク・紅切刃装ヴァーミリオン


 大剣型だった刃が細く、黄金の亀裂型の紋様が纏わり付く刃に変わる。

 恐らく盾による防御に守りは任せて大型の武装に変えていたのだろうが、これが紅月が扱い易い最適の形だ。

 つまり、紅月が全力で潰しにくる構えを見せたということ。


 少なくとも、防御に徹して様子を見て。



「―――のろいな」



 紅の光が見え、装甲を刃が掠めながらも辛うじて躱す。

 バキンと亀裂が入った装甲を一瞥するも、爪型の装甲を再度生成する。紅月の能力がアスタロトと似ていることを考えても、武装の変化は予想の範疇だった。


 それにしても速過ぎる。


 先程、覚えた違和感について考えている暇もない。

 今の鎧装解放を更に消化させた出力で反応がやっととは甘く見ていた。武装によって具現器の性能が変わるのは、紅月も同じだったということか。


 どうする、このままでは勝てない。


 少なくとも今の出力の紅月からの攻撃を完全に受け止めればチャンスはある。

 先程の一撃が防がれたのは、紅月が意識を守りに向けていたからだ。こちらを攻めようとした瞬間のクロスカウンター気味の反撃なら。


 生身で受ければ万が一があるからこそ、紅月は最初からアークを纏った。


「そうだ、俺に殺される前に考えるといい。そう猶予はないよ」


「どうして、最初から俺を全力で殺しにこなかった?」


 やろうと思えば出来たはずだ。

 紅の盾という能力を知らない状態でアークを全力で展開すれば、とっくに戦いは終わっていただろう。

 能力を徐々にしか紅月が展開していないから、辛うじて勝負らしくなった。


「黒の騎士を試す必要があったんだ。だから、手を貸した。始まりを数えるなら、お前達に都市伝説絡みの噂を流したのも俺だ」


「随分と色々、教えてくれるんだな」


「そういう気分の時もあるさ。ハイドリーフを作り、情報を操作して蒼葉市の変異者を動かすのも容易かった。お前が大災害に抗する力を持つように」


 やはり、街に流れていた都市伝説の内で紅月が流したものが存在する。

 白銀の騎士が学校に訪れたのは、街に流れる都市伝説があったからだ。そして、次第に共通の敵も生まれ、渡との共同戦線に持ち込める力を手にした。


 街に都市伝説がなければ、情報源がなければこうはならなかった。


「それじゃ、俺達が力をつけるのを待ってたってことか?」


「ああ、予想外の事態もあったがな。お前達には大災害を抑え込んでもらう役割があった。十二分に果たしてくれて感謝しているよ」


「大災害を……抑え込む?」


「話はここまでだ。言っただろう、時間が無い」


 身を僅かに沈めた紅月を見て思考が固まる。


 どんなに速かろうが動きは直線、紅月の初動はほとんど見えないが周囲に纏わりつく漆黒の風がわずかに震える。

 相手の動きを全て察知することは到底できないが、わずか一点。


 紅月が動く風の震えに絞れば、勘の補強程度にはなるだろう。


 刹那、楓人は真っすぐに槍を突き出した。


 無論のことアークの装甲の圧力に負けないように風で腕を補強し、槍を折らない為に対策は取っていた。

 一手を打ちながらも楓人は確信していた。

 こちらが策を練って辛うじて食らいついているが故に正面からは来ない。

 そして、運も絡んでギリギリで先ほどは致命打を避けたのを考えれば、背後に回って悠長に攻撃するのは避けるだろう。


 つまり、躱してすぐの―――真横からの薙ぎ払い。


 戦局眼では怜司には及ばず、組織を動かす判断力も渡には及ばない。

 だから、楓人にできることは最初から一つだった。


 カンナと協力し、反射の速度で具現器を操ることで他に思考を割く。


 対抗策を考えながら思考を回し、『今、絶対に負けないこと』だけ。

 紅の王は黒の騎士の力さえも上回るが、何らかの思惑で一気に命を奪いにこないおかげだとも理解している。


 それでも、だとしても。


 この場で膝を着くのはあり得ない。


「―――開放バースト


 過去の全てを出し尽くし、戦って敵から得た教訓も全てを活かせ。

 相手の初手は何とか見切ったが、今の紅月の攻撃を防ぐには装甲だけでは足りないのは明白だった。


 “カンナ、右からだ!!”

 

 “もう準備できてるから、へいきっ!”


 意志を交わしたのは紅月が動く直前。


 アスタロトの真髄は高い攻撃力も無論のこと、防御を両立できることだ。

 紅月だろうと今の出力から計算すれば防げないものなど存在しない。二人の意志は一つに重なり、今までになく強固に一点へと力を集結させる。


 過去の力では、カンナとの意思疎通が未熟なままでは成し得なかった。


 戦いの中で次なる可能性に手を伸ばし、黒の騎士は急速に進化している。



「―――黒生盾シールド



 紅月ほど器用には出来ないが、一点に力を集中すればアークにも対抗できる。

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