第321話:迫られた決断

「……なぜ、俺達が強くなるのを待った?」


「前提から話そう。変異者とは認識を介して法則を捻じ曲げる存在だ。つまり、異常を互いに認識・成立させる相手が必要だ。その本能が接した相手の覚醒を促し、素養のある者に感染するかのように広がった」


 認識とは人と人の間に発生するもの。

 つまり、変異者は無意識の内に仲間を求めて、異常な世界の法則を観測できる相手を無意識に探し続けた。そういえば、と思い至る。


 大災害後に変異者に覚醒した者はいても、新たに兆候が出始めた者はいない。


 つまり、大災害時に種は埋め込まれていたということ。

 あくまで変異者同士の感染に近い広がりは、素養が既に芽吹いていた人間を変異者に急速に近づける働きしかなかったはずだ。

 ゼロだった人間を変異者に強引に変える力はなかった。


「まさ、か……」


 それを、可能にする薬。管理局の思惑のズレ。


 大災害時に変異者達に種が埋め込まれたきっかけ。

 紅月が管理局を打倒しようとした理由は何か。


「責任を感じて当然……だな。お前も管理局に利用されたとはいえ、元凶と言えなくもないんだからな」


「何……?」


 楓人の中で次々と事実が繋がっていく。

 紅月は大災害を終わらせる方法と言った。そして、管理局が変異薬を生み出してまで変異者の誕生を研究したならば、紅月に狙われる理由も想像がつく。

 紅月が進んで起こした大災害なら、こんな行動は取らない。


 見える構図は管理局の研究に、紅月は利用された。


「アークを管理局は蒼葉市に拡大させた。変異者同士の拡大を利用したのか知らないが、結果は管理局の望むものじゃなかった。そうだろ?」


「……やはり、お前は人の上に立つ器か。力の差に動揺しながら、冷静に思考を回せるのは称賛に値する」


「正解と取っていいのか?」


「ああ、管理局は強力な変異者を十数名選んでアークの力を流す仲介役とした。彼らを利用して急速に変異者の因子は拡大された。卑劣なものだ、治療と称して時間をかけて薬で馴染ませたのだからな」


 わずかに顔を歪ませるも、紅月は淡々と話を続けた。

 元より全てを話すつもりだったか、楓人が投げかけた質問に全て答えていく。


「変異薬を管理局は未だに流し続けている、だからお前は管理局を潰すと決めた。いや、大災害の時から決めていたんだろ?」


「その通りだ。管理局は変異者達を収監し、有事に動ける駒も揃えていた。故に彼らを解放して管理局の体制を崩壊させたんだ」


「被害を出さない為の保険が俺達か」


「俺が目を付けたのは二人。お前と渡竜一、変異者達の王国に変化をもたらす人材だった。お前達が出会えば相手を屈服させようとするのは容易に想像できた。だから、梶浦を動かして接点を与えたんだ」


 大鎌で首を狩られる都市伝説をはじめ、変異者のネットワークを紅月は念入りにコントロールして噂を流した。

 楓人達がやろうとしたことを更に大きなスケールで、普通に考えれば計画の邪魔になるであろう楓人が力をつけるのをあえて待った。


 これだけの頭脳と力があれば、恐怖での支配も可能だっただろう。


 しかし、あえて見逃すことで変異者の世界を動かした。

 恐らくはマッド・ハッカーもそうだろう。彼らは変異者の負の部分が現れている集団だった。紅月は烏間の探求を見過ごし、いつかは潰すつもりだった。


「概ね想像がついたようだな。烏間は変異薬のルートと繋がっていたし、探求自体も大災害以降の変異者を知るのに役に立ったよ」


「そんなとこだろうな。管理局を潰した後にはどうするつもりだ?」


「理性を手放し、道を踏み外した人間は全て殺す。その兆候が見える者もだ。しかし、善良な者には選択肢を与えるつもりだ」


「選択肢……?」


「俺がなぜ、自分の力の一部に過ぎない変異薬にこだわったか。一つは無論、管理局を追い詰めるためだ。もう一つは―――」


 黒の騎士の説得に至った、紅月の言う基準が何かはわからない。


 察するに中途半端な力なら邪魔にしかならないということか。

 真意はわからなくても、紅月がこれから言おうとしていることは恐らく交渉になった時の切り札だ。



 ―――それは。



「全員ではないが、一部の変異者は人間に戻せる可能性がある」



 紅月は、告げた。


 この戦いを、楓人の今までさえも根底から覆すかもしれないことを。


「何、だって……?」


「アークの影響が薄く、自力で覚醒に辿り着いた者は管理局の研究を利用すれば人間に戻せる。人狼の変異者でも検証済みだ」


「それが、お前と組んだ時の見返りってわけか」


「そうだ、善良な者は俺の道を阻まなければ傷付けさえしない。俺が殺す者より、救われる命の方がはるかに多い」


 確かにそうかもしれない。


 紅月は上手くやるだろう。思惑があったとはいえ、街を動かして管理局を打倒できるだけの段取りを整えた。

 管理局をそのままにしておけば、研究の犠牲になる者も出ただろう。

 紅月と組めば蒼葉市の変異者ネットワークも絶大な後ろ盾も手に入る。


 提案を受け入れれば、全てが手に入る。


「…………」


「時間がない、お前の決断を聞こう」



 拒めば、強大な力が黒の騎士さえも打倒するだろう。

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