第316話:超常の頂上へ

 以前に紅月と戦った時は比べ物にならないほどの力の差があった。

 全力で放った一撃さえ、全力には程遠い彼の指先をわずかに傷付けただけだ。

 そして、唯ほどの変異者を容易く圧倒した紅月と、今の状態の楓人では力の差は明らかだが、最初から仕掛けるのはなしだ。

 以前と出力では大きく変わらないことを自然に認識させ、そこから出力を跳ね上げて傷を与える。


「俺は慢心も油断もしない。お前には、特にだ」


 紅月の右腕に紅の輝きが絡みつき、禍々しい紅の手甲が具現化される。

 これでもまだ力の一部で、恐らくは紅月の力は出力を前回にすれば全身を包む装甲になるであろうことは想像がつく。


「そいつは光栄だな……」


 軽口を叩きながらも、既に相手の強大さを意識する。

 しかし、恐れているわけにもいかないと、わずかに紅月の呼吸とずらして一歩を踏み込んだ。

 砂塵を舞わせて、瞬時に具現化した黒槍を振るうも紅の装甲どころか空いた左手さえ突破できずに止められてしまう。


 変異者は己の力に耐えられるよう、肉体が覚醒から段階を経て強化される。


 紅月の肉体強度はその進化の度合いがそもそも違うことを示す。

 不意を突くのは今の状況では卑怯とは思わない。両手で振るった槍を押し込むように柄との距離を詰める。


「力で押せば俺に勝てると思ったか?」


「ああ、そのつもりだよ」


 その、押す勢いをつけた一瞬。


「行け―――黒拳装型フォルム・フィスト!!!!」


 槍を握った手をそのまま、瞬時に変形させて押し出す。

 漆黒の風の一部が乗った鋼の拳が真っすぐに紅月を射抜く。


「なっ……!!」


 槍を押し出す動きに偽装して、しかも利き腕の逆の左による打突。

 驚異的な反応を見せて右手の装甲で防ぎはしたものの、余波は紅月の装甲で反射して頬を掠める。

 ほんの掠り傷だが、最初の傷を付けたのは黒の騎士。


「うそっ……」


 唯の呆然とした声が聞こえたのは、きっと今までに紅月を傷付けた者などいなかったからだろう。


「驚いたな。形態の変化が予測よりも数段速かった」


 カンナと楓人は己の気持ちをもう一度整理して、柳太郎の協力を得たおかげで自分の力を二人で扱えるように構築しなおした。

 今までと出力は大きく変わらないが、最も変化したのは形態変化の速度。


 楓人が想像したものをカンナが具現化していた以前と違い、楓人がイメージと同時に力の原型を構築し始める。


 ただの工程の差ではあるが、効率は段違いだ。

 これで紅月は楓人の攻撃に対して複数手段を想定しなければならなくなった。

 まずは選択肢を迫る、ここまでは想定通りだ。


「何も算段なく、お前と戦おうとするわけないだろ」


「どうやら、渡との戦いで新たな領域に足を踏み入れたようだ。やってみろ、俺に通じるかどうか」


 じっくりと紅月の様子を伺いながら戦うつもりだったが、お見通しか。

 紅月はまだ明らかに力を隠しており、今の状態なら恐らく出力で圧倒できる。対等な勝負を望む気持ちもあるが、大災害を止めるのが先決。


“行くぞ、話した通りだ。まずは―――”


“うん、わかってる!!”


 そして、最初の鍵を開こうとした時。



「―――踏破せよ、アーク」



 紅月には慢心も油断もない、言葉の通りだ。


 黒の騎士が力を温存した状態では及ばない域にまで、足を踏み入れたことを冷静に見極めて力の開放を選択した。

 空が更に赤く染まり、景色さえも侵食して赤く染める絶大な力。


「唯、お前は渡と合流して指示を聞いてくれ。あいつは恐らく、近くにいるだろうがここには来ない。場所がわからなければ燐花を頼れ」


「う、うん。わたしじゃ勝てなかった、どうやっても。だから……ごめん、戦いを終わらせて」


 リーダーを頼むと言おうとして、言葉を飲み込んだのはわかった。

 もう殺すしかないところまで来ているかもしれないと、本人なりに考えて単騎で戦いを挑んだのだろう。

 だから、どこまでやれるかはわからないが勝つだけだ。


「ああ、任せとけ―――鎧装解放アームドバースト


 前とは違う。カンナとの力の共有も、全てが変革された。


 前回のような未完成の姿ではない、双黒鎧装エクリプスに近い安定性と出力を同時制御する術を編み出した。

 以前は不完全が故に装甲そのものを燃やして力に変換していたが、今は装甲から漆黒の炎が燃え盛っている。


 装甲を保つのはカンナ中心、楓人が支える。


 力を解放したまま維持するのは楓人、カンナが補佐する。


 彼女が戦う姿の時の名はアスタロト、戦う時と日常の線引きをしたいと思っていたから装甲になった時はアスタロトの名を呼ぶことが多かった。

 だが、彼女は彼女で戦う姿だろうと雲雀カンナの熱はそこにある。


 黒の騎士が真の力を開放しきれなかった要因の一つはそこだ。


 役割を切り分け、区別していたが故に二人でアスタロトを動かすのを避けていた。だが、今は二人で時に命さえも奪って、二人で日常に戻る決意がある。



「さあ、受けてやろう」



紅の王が紅の世界に君臨する。



燃えるような紅の全身装甲、深緑色の目はどこかアスタロトに似ている。

両肩には左右に曲がる、月を思わせる刃が伸びて背には透き通ったヴェールのようなものが羽にも似て風に揺らめく。

紅の騎士、と呼ぶべき威容で真の力を解放した変異者の王は立つ。


漆黒の槍を生成する。


紅の片手で扱うにはわずかに余りあろう刃を持つ、大剣が生成される。



紛れもない、これが究極の変異者を決める戦いになろうことは明白だ。

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