第317話:黒と赤
二人の戦いは唯と紅月が戦っていた場所から、地上に近い場所に移った。
お互いに自らの有する破壊力を熟知しており、地下のままでは天井が崩れた場合に面倒なことになると察していた。
故に、来る途中で見えていた天窓が繰り抜かれた実験場へと楓人は誘導し、紅月も無言であえて追った。
コンクリートの床、岩壁に囲まれた広大な空間に二人はいた。
これなら天井が崩れようが関係ない。
差し込む光の中で、二人は申し合わせたかのように戦闘を開始した。
「場所を選ぶのは賢明だね、キミ……お前の案外頭が回る所は嫌いではないな」
「お前に褒められるとはな、そんじゃ……始めるぜ」
先手は楓人、漆黒の槍を叩き付ける。
今までの倍は早く、数倍は重い風を纏った一撃。
対する紅月は剣を横たえただけで、それを弾き返す。槍の形状の特長は速度とリーチを両立できること。
故に多少、弾かれたところで守りに回らせれば勝機は見える。
今までの攻撃であれば、紅月に得物すら出させられなかっただろうが今の力ならば素手では容易くは弾けまい。
しかし、懸念があるとすれば紅月も持っているはずだ。
漆黒の風と同様の、彼にしかない特殊能力が。
槍に漆黒の風を纏わせて、破壊力を結集させる。
まずはそれを引きずり出し、仕組みを暴かなければ勝利はない。出力で言えば変異者の頂点クラスに達したとはいえ、お互いに対等な条件で戦いを挑まなければ勝負にもなるまい。
漆黒の風を防ぎ止めたのは、紅き盾。
周囲の赤い空間から瞬時に結集した盾が、黒槍すらも止めて風を霧散させる。
これが具現器を完全に具現化していない状態でも、攻撃に対して鉄壁の防御力を誇っていた理由か。
紅月は周囲の空間さえも掌握し、そこから瞬時に結集させた力で形成した防御を展開できる。
その速度は敵が具現器の展開、力の発動、攻撃を出す段階より確実に速い。
「冗談きっついな……」
まだ、楓人側も出力を最大にしていないが、変異者である限り紅月の展開する紅の盾より速く攻撃を繰り出すことは難しい。
加えて、この防御力を突破するには全力でも足りないかもしれない。
誰も、勝てないわけだ。
最強の盾を展開し、展開速度でも硬度でも究極の域に達する。
紅月より速く、盾を貫通する威力の攻撃を放つなど不可能に近い。
「理解したか?お前ですら俺には届かない」
方向を、力の強度を変えても瞬時に展開される盾がほぼ自動で防いでいく。
だが、紅月が防ぎながら楓人を分析しているように、こちらも敵の防御を解析する貴重な時間だ。
舞い散る火花と共に楓人は確信した。
紅月はこちらの攻撃に合わせて、紅の力を結集させている。理論としては漆黒の風による防御の補強に近い。
それならば取るべき手段は限られる。紅月が攻めに転じる前に勝負をつけなければまずい。
「……
聞き取られないように呟き、表面上は槍の形を保つ。
紅月ほどの相手に槍を手放せば他の形態で戦うと言っているようなもので、必ず瞬時に対応策を練られる。
他の変異者はともかく、この男には一瞬でも判断を遅らせる必要があった。
槍を振るう寸前に、下から鎖を出現させて紅月を拘束しにいく。
速度、拘束力のどれもが以前とは比較にならない。
「見せかけの槍で誤魔化されるほど温くはないぞ」
バチンと鎖に合わせて二つの盾が展開され、ハリボテの槍はぐしゃりと紅の腕が握りつぶす。盾が二つ同時に展開できるのも最悪だが、盾を突破したところで紅月本人の防御も攻撃もできる状況にある。
相手の動きを読める頭脳、基礎能力、具現器の高い能力。
変異者としてはどれもが至高。
今の黒の騎士を以てしても及ばないが、盾を引き剥がせればまだわからない。
「盾さえなんとかすれば、という顔をしているな」
「真っ向勝負なら勝ち目が見えなくはないからな」
「確かにお前は強い、強くなった。だが、お前が俺に敵わない理由は防御を突破できないことだけじゃない」
紅の剣がバチリと紅色の放電を起こす。
すなわち起動の合図、破壊力での勝負を受けて立つという宣言。躊躇う必要はない、まずは相手と自分の力の差を正確に知ることからだ。
「―――
漆黒の風を紅の輝きが薙ぎ払う。
周囲の空間が軋む。強靭に作られた地下施設の岩壁が揺らぎ、瓦礫がわずかに剥がれる。
管理局が変異者の研究の為に作ったであろう施設だ、変異者の暴走さえも視野に入れている広大な空間でこれだ。
「ちっ……」
槍は霧散し、全身の装甲には所々亀裂が入っている。
暖かい液体が伝うのを感じ、力をぶつけ合ってなお装甲を突破されて傷付いたという事実だけが残る。
力でも明確に競り負けた。
紅月が加減したのを見ると、全開で攻撃を放っても結果は変わらないだろう。
防御を突破できない相手に破壊力でも速度でも負ける。
まともに戦ったら打つ手がない。
「どうした、顔が青いようだが」
仮面の奥で、紅月は皮肉を投げかける。
「お前は確かに俺とは別に力を発現させた。だから、ここまで抗えたとも言える。俺の力の劣化コピーでは呑み込まれるだけだったろう」
「劣化コピー……か。やっぱり、大災害はお前が原因なんだな」
「お前なら察しはついているだろう。変異者が大災害の日、急激に増加したのは俺の空間制圧能力の影響下にあったからだ」
「……何だと?」
紅月は楓人をここで殺すと決めているからか、淡々と話を続ける。
管理局が絡んでいるかもしれないこと、紅月の力が関わっていることは調べがついていたが薄々と感じていたものが繋がった。
変異薬やマッド・ハッカーとの関わりはまだ見えないが、大災害が起こった仕組みだけはここに見えた。
「赤く染まった空は俺の力の影響を示す。だから、適応する素養があった者は俺の力の断片を取り込んで覚醒した。最も、脳が耐えられずに失敗した者も多かったようだがな」
「それを、お前がやったのか?」
「そうだと言ったらどうする?殺すか?」
声に何の感情も浮かべないままで、紅の王は両手を広げる。
その時だったかもしれない、違和感に似たを覚えて止まなくなったのは。
紅月が大災害の一端に触れたことに意味があったとするのなら。
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